出戻りグループ
空に広がる雲が鉛色になる季節がやって来た。他の時季よりも雨が降りやすいので誰からも嫌われる期間である。
そんな憂鬱なときにもユウたちは薬草採取のために獣の森へ入らなければならない。今日も虫除けの水薬をたっぷり塗ってから森で作業をする。
ユウたちのグループは最近安定して作業ができていた。ウォルトも前より危なげなく戦えるようになり、ジョナスも薬草採取を1人でできる。
安心して作業に打ち込めることは良いことだ。ユウのペアであるティムも一生懸命薬草を採っている。嫌な顔をせずに仕事をしているのは見ていて気持ちよかった。
付近の薬草を採り終わったティムが麻袋にそれらを入れて立ち上がる。
「終わりました! 次行きましょう!」
「最近仕事が速いね。何かコツでも教えてもらったの?」
「根元の掘り出し方をちょっと工夫してるんですよ! こうぎりぎりを見極めて掘り出すっていうか」
「最近少し根っこの短い薬草が増えたってマークが言ってたけど、ティムが原因だったんだ」
「まずかったですか?」
「そんなことないよ。買取金額に変化はないからそのままでいいんじゃないかな」
「やった! それじゃ行きましょう」
やり方を認められたティムが嬉しそうに歩き始めた。見ている周りも楽しくなる態度である。
それを見ていたユウは穏やかな表情を浮かべていたが、進む先に人影を見つけて真剣な顔つきになった。
人数は4人で全員が年季の入った革の鎧を着た青年ばかりである。大人でも薬草採取をしている人々はいるので年齢は気にならないが、武器はちぐはぐだ。ダガーやナイフだけしか持っていなかったり武装していなかったりしている。
通常、冒険者に憧れる者たちならば剣から買うのが一般的だ。防具をしっかり身を固めて、尚かつ
そして何より、4人の雰囲気が薬草採取のグループとは違った。貧しい暗さとはまた異なる、落ち込んでいるかのような感じがするのだ。
先程まで明るかったティムも4人の姿に驚いて笑顔を引っ込めていた。ユウへと不安そうな顔を向けてくる。
相手側もユウとティムに気付いていた。1人が立ち上がってユウに声をかける。
「ここで先に薬草を採ってるのは俺たちだから、他を当たってくれ」
「あ、はい」
「お前たち、2人だけなのか?」
「いえ、仲間があと4人います」
「だったらその仲間にも伝えておいてくれ。余計な面倒事を起こしたくないんでな」
獣の森の習慣に従ってユウはうなずいてから踵を返した。ティムも促して来た道を戻る。
しばらく2人は黙って歩いていた。しかし、ティムが我慢できずにユウへ話しかける。
「あの人たちって何者なんですか? なんかオレたちと感じが違って見えたんですけど」
「僕にもわからない。他のみんなと合流してから聞いてみようと思う」
今まで会ったどのグループとも違うのでユウは気になった。落ち着いた様子で理性的に話しかけてきたので危ない者たちではないことは理解できる。
最初に出会ったのはケントとジョナスのペアだった。突然現れたユウとティムにどちらも目を見開く。
「ケント、僕たちが薬草を採ってた更に奥の場所は別のグループがいたんだ。でも、そのグループのことでちょっと気になったことがあって相談しにきたんだよ」
「気になること?」
興味を引かれたケントにユウは先程のグループについて説明した。防具はしっかり装備しているのに武器がほとんどないこと、雰囲気が薬草採取のグループとは異なることなどをである。
話を聞き終えたケントは無表情で黙ったままだった。少し目を閉じてまた開いた後に返事をする。
「たぶん、出戻りグループだ」
「なんですかそれ?」
「夜明けの森で活動してる冒険者が何らかの失敗をして、仲間と装備を失うことがある。そういったパーティは再起を図るために獣の森で薬草採取をすることがあるんだ」
「武器がなかったら戦えませんものね」
「その通り。とりあえず武器を買って最低限の装備を調えてからまた夜明けの森で稼ぐ。出戻りグループはそういった者たちのことだ」
ようやくユウはあのグループの雰囲気を納得できた。
その後、ユウはウォルトとマークのペアにも事の次第を告げに行く。この場所からだとケントとジョナスのいる場所を挟んだ向こう側なのでまず会うことはない。しかし、情報を共有だけでもしておいた。
干し肉と薄いエールで昼食を済ませると、ユウたちは昼からの作業を始める。朝とは別の場所で森の外に近い。
相変わらずティムは軽快に薬草を採っている。手つきの速さについてはユウ以上だ。
そんなティムを頼もしく思いながら周囲を警戒していると、何かが近づいてくる音が森の奥からしてきた。
棍棒を持って身構える。
「ティム、何かが来たから注意して」
「あ、はい!」
作業を中断したティムが近くの木の根元に走り寄った。いつもの明るい表情ではなく油断のない顔つきである。
近づくにつれて足音だけなく話し声も聞こえてきた。つまり、獣ではなく人間ということになる。朝のやり取りを思い出したユウは顔をしかめた。話し合いで穏便に済ませられることを祈る。
姿を現したのは4人の男だった。そして、一目見てそれが朝に遭遇した出戻りグループだとユウはすぐに気付く。
「あ、皆さんは朝の」
「こりゃ奇遇だな。まさか違う場所で鉢合わせになるとは」
「この辺りにはよく来るんですか?」
「ずっと昔はよく来てたな。最近またこの森で稼ぎ始めたんで昔の場所を回ってるんだが、こりゃ色々と考え直さなきゃいかんかぁ」
代表者らしい男がため息をついた。獣の森での場所取りは原則として早い者勝ちなので、特定の場所を自分の場所と言うことはできない。しかし、人間は慣れてくると行動パターンが決まってくる。昔を思い出しながら作業するのなら尚更だ。
男がユウに問いかける。
「お前たちはここでよく薬草を採るのか?」
「いつもってわけじゃないですよ。森の北側から入ったり西側から入ったりしてますから」
「なるほどなぁ。俺たちもそうした方がいいのかもしれん」
「ともかく、今は僕たちが先に作業してるんで他を当たってください」
「わかった。じゃぁな。おい、行くぞ」
肩をすくめた男は仲間3人を促すと別の場所へと去って行った。
また2人だけになるとティムがユウに近づいて話しかける。
「もう大丈夫ですよね? あの人たち、戻って来ませんよね?」
「うん。真っ当な人たちみたいだから変なことにはならないと思う。作業に戻って」
「これってケントにすぐ知らせなくていいんですか?」
「この場所で薬草を採り終えてからでいいと思う。何事もなかったし」
安心したティムは顔を笑顔に戻して作業を再開した。もう先程のことは気になっていないようである。
警護している間、あの4人についてユウは考えていた。夜明けの森で稼げないほどの失敗とは何であるか気になる。しかし、知っていることがほとんどないため何も思い浮かばない。
やがて、この日の作業が終わった。採取組の3人は膨れ上がった麻袋を手に持っている。今日もしっかりと稼げたようだ。
この春から、買取担当者との交渉はマークに任せている。これは学んだ算術を身に付けるための復習であり、行商人としての修行の一環でもあった。なので、獣の森での仕事が終わるとユウは帰るだけである。
グループが一塊になって森の中を進んでいた。その途中でユウはふと気になったことをケントに尋ねる。
「ケント、さっきの出戻りグループなんだけど、装備をなくして戦う手段がほとんどないんだったら、もっと高価な薬草がある夜明けの森で薬草採取をした方が良くないかな?」
「俺は夜明けの森について詳しくしらないから何とも言えん」
「獣だって襲われたら武器なしだと厳しいのにね」
「それは冒険者に聞かないとわからないだろうな」
「何の話っすか?」
興味を引かれたらしいウォルトが割って入ってきた。ユウは1から説明する。
どんな話か理解したウォルトがうなずいた。そして、ユウとケントの2人と話をする。
「オレが冒険者から聞いた話ですと、夜明けの森は迷うことがあるって言ってたっすね」
「迷う? えっとどういうこと?」
「文字通り道に迷うってことっすよ。どんな力が働いているかわかんないっすけど」
「ということは、迷わない方法がないと危ない?」
「そうっすよ。魔物よりもそっちの方がずっとヤバいってその人も言ってたっすね」
その後、ユウは更に詳しく話を聞こうとしたが、ウォルトはそれ以上のことは知らなかった。肝心なことがわからないともどかしく思うユウだったがこのときは諦める。
森の外に出た。今にも雨が降りそうな雲行きである。ユウたちは足早にその場を立ち去った。
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