先輩冒険者との再会

 最後にテリーと会ったのはまだニックがいた頃だった。あのときはアルフの家までやって来てみんなと話をしたものだ。


 会う約束をした当日、ユウは少しばかり緊張していた。相談することはあるが、それ以外の共通の話題が思いのほかない。せいぜい近況と昔話くらいである。


 五の刻の鐘が鳴るとエラが家を出た。ユウが向かうのは六の刻の鐘が鳴る頃だ。近頃は七の刻あたりが日没なのでまだ明るい。


 待ちきれなくなったユウは家を出ることにした。貧民街を北上して安酒場街へと入る。傷んだところの多い店舗が見えてきた。


 泥酔亭の中に入ると既に盛況だ。テーブルはほぼすべて埋まり、2人の給仕はひっきりなしに歩き回っている。


 その給仕の1人であるエラがユウに気付いた。空の食器をを手に近づいてくる。


「いらっしゃい。テリーなら来てるわよ。あそこ」


 指さされた先をユウは目で追うと小さめのテーブルの1つを占めているテリーの姿があった。ちょうどこちらへと顔を向けて気付いたらしく、手を上げてくる。


 手を上げ返したユウはエラと別れてテリーの元へ向かった。今日は武装しておらず普段着である。


「やぁ久しぶりだね。元気そうじゃないか」


「去年以来ですね。テリーの話はたまに聞きますけど」


「俺の話を? どんな?」


「ニックが狩人の募集を探しているときに手伝っていたことや、最近ですとこの店に仲間と飲み食いしに来たってエラから聞きましたよ」


「なるほどね。冒険者としての話じゃないんだ。ああ、そっちに座ってくれ」


 テーブルを挟んで反対側の椅子を勧められたユウは座った。木製のテーブルの上には既に料理が置いてある。薄切りの豚肉を焼いたもの、鶏肉の固まりを火で炙ったもの、火で炙った腸詰めウィンナーと厚切りハムなど、肉一色だ。


 それらの料理に目を見張るユウを見てテリーは微笑む。


「どうだい、すごいだろう? 冒険者になったらこんなごちそうが食べられるようになるんだ」


「儲かるって聞いていましたけど、本当みたいですね」


「まぁね。危険に見合った報酬がないとやってられない商売だけどね」


「は~い、エール2つ、持ってきたわよ~」


 肉料理を挟んで話をしているユウとテリーにエラが割り込んできた。2人の前に木製のジョッキを置く。


「ユウ、今晩は俺のおごりだから好きなだけ食べてくれ。それと、水代わりの薄いエールじゃなくて本物のエールって飲んだことあるかい?」


「まだありません」


「そうか。なら飲んでみるといいよ」


「ユウも欲しい物があったら何でも言ってね! 財布が別にあるときは頼まなきゃ損よ!」


 機嫌良く助言するとエラは別のテーブルへと向かった。


 2人ともその後ろ姿を見送ると会話を再開する。


「さて、まずは再会を祝して乾杯しようか」


「はい!」


 木製のジョッキをテリーのものと軽くぶつけるとユウはエールを口に含んだ。いつもは水に味が付いただけの代物を飲んでいたが、同じ味でも濃さがまったく違う。不思議と酔いは回らない。目を見開いたまま木製のジョッキを口から放す。


「何て言うか、いつものよりもずっと味が濃いですね」


「水で薄めてないからね。こっちが本来のエールなんだよ。次はこれをどうだい」


 突き出されたのは肉料理だった。どれも食欲をそそる匂いがする。


 最初にユウが手で摘まんだのは薄切りの豚肉を焼いたものだ。温かいそれを口の中にいれる。油の固まりが口の中で溶ける感触がたまらない。次に腸詰めウィンナーを手に取ってかじりつく。弾力のあるそれは噛むと油が口の中に広がった。


 幸せそうな顔で肉を頬張るユウを見ながらテリーは木製のジョッキを傾ける。


「最近、そっちのグループはどんな感じなんだい? 去年ニックに聞いてからまた色々と面子が変わってるんだろう?」


「かなり安定してきましたよ。狩猟組で剣を持っているのがケントだけなのは問題ですけど、僕ともう1人も一応戦えるようになりましたから」


「ユウともう1人はどんな武器を使ってるんだい?」


「どっちも棍棒です。お金がなくて買えなくて」


「あーそれは大変だなぁ」


 鶏肉の固まりを火で炙ったものをナイフで切りながらテリーは感想を漏らした。それをエールで流し込むと別の話をユウに振る。


「俺が抜けてからメンバーは結構入れ替わったんだよね。ニックとダニーの話は知ってるけど、他は?」


「チャドが去年の年末に出ていきました。スコットっていうスープ屋をしている人のところへ弟子入りしたんです。後はこの春にビリーがアドヴェントの町から旅立ちましたよ。薬師の師匠と旅に出たんです」


「へぇ、2人とも夢を叶えたってわけだ。結構なことだね。それと、スコットのスープ屋って、あの何が入ってるかわからないけど旨いってスープのことかな?」


「そうです。僕も何度か食べたことありますよ。確かにおいしかったです。何が入って入るか全然わからないですけど」


 どちらもテーブル上の肉料理をちらりと見てお互いに視線を交わした。そして、軽くうなずくと話題を変える。


「さて、それじゃそろそろ本題といこうか。ユウは何を相談したいんだい?」


「えっとですね、冒険者が実際どんなことをしているのかっていうことを知りたいんです。というのも、色々考えて周りの人の意見も聞いて冒険者を目指しつつあるんですけど、本当に僕がやっていけるのか知りたいんで、聞いてから決めようかと思ってるんです」


「なるほど。危険な商売だっていうことは知ってるんだよね?」


「はい。でも、何がどう危険なのか具体的なことはわからないんで」


「んー、普通は憧れて格好のいいところばかり話を聞きたがるから、ユウは珍しいね」


「たぶん、憧れて冒険者を目指しているわけじゃないからだと思います。僕にとってはたくさんある仕事の1つですから」


「面と向かってそう言われると何とも言えない気持ちになるね」


 苦笑いしながらテリーは厚切りハムを1枚手にして囓った。しばらく考えながら噛んで口の中の物を飲み込む。


「具体的に魔物と戦うときの怖さを話すことはできるけど、たぶん、ユウが知りたいのはそういうことじゃないと思うんだ」


「そうなんですか?」


「実のところね、夜明けの森の魔物にだって強い奴や弱い奴がいて、なんなら獣の森の獣の方が強いってことも普通にあるんだ」


「え?」


「意外だろう? 冒険者ギルドじゃ夜明けの森は本当に危ないって盛んに宣伝してるからね。でも、こと魔物との戦いに限ってみれば狩猟組の延長線上で考えてもいいと思う」


「それは知りませんでした」


「実際に夜明けの森に入らないとわからないことだし仕方ないよ。だから、魔物と戦えるかどうかで心配してるんならあんまり気にしなくてもいい。狩猟組でやっていけてるんなら大丈夫だ」


「棍棒でも大丈夫ですか?」


「うーん、それはちょっと」


 手にした厚切りハムのかけらを口に放り込んだテリーが苦笑いした。続いて薄切りの豚肉を焼いたものを摘まむ。


「俺の見立てだと、ユウは冒険者としてやっていけると思う。突き抜けた何かがあるわけじゃないけど、慎重に物事を進める性格はいいと思うな」


「ニックとケントにも同じことを言われました」


「だろうね。それと、僕は直接見てないけど、ニックからうまく戦える素質があるとは聞いているよ。獣を倒すときに生き物を殺す忌避感もないんだったら考えてもいいと思う」


「そうですか。なら、このまま冒険者を目指してもいいのかな」


「他にやりたいことがないならいいと思う。そうだ、どうせなら次に俺が他の冒険者と飲む機会があったら誘おうか?」


「いいんですか?」


「構わないよ。ユウならたぶん気に入ってもらえるだろうからね」


 木製のジョッキを傾けたテリーがちょっと考えながら答えた。


 鶏肉の固まりを先の欠けたナイフで切ったユウが礼を述べる。そして、切り取った鶏肉を口に入れた。


 幸せそうに肉を噛むユウにテリーが目を向ける。


「冒険者になるかどうかの話は今のでいいだろう。で、他にも相談することはあるかい?」


「えっと、冒険者の人とどうやって知り合ったらいいのか教えてほしいんですけど」


「おいおい、俺の職業はなんなんだ?」


「ですよね。その繋がりを広げるっていうのも、さっきの約束がきっかけになるでしょうし」


「ユウはたまに必要のないところで悩むことがあるんだな。でも、他の人と繋がろうとするのはいいことだぞ。どんなに強い奴でも1人じゃ大したことはできないからな」


 そう言うとテリーは木製のジョッキを空にした。近くを通ったエラにお代わりを注文する。エラは喜んでユウの分も運んできた。


 この後は緩やかな雰囲気で雑談に移っていく。いずれも楽しい話ばかりだ。それは、テーブル上の肉料理がきれいになくなるまで続いた。

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