冒険者ギルドの戦闘講習
手を付けたいがなかなか手を出せない問題というものが世の中にはある。その事情は個々によって様々だが、ユウの場合は金銭面が主な事情だった。年末にほぼ素寒貧になって以来、ひたすら稼いだ報酬を貯め込む。
その貯金という作業はこれからも続くが、とりあえず一息つけるくらいにはユウの懐は暖まった。武具を買わない限りは大きく目減りしないだろう。
春うららかなとある休息日、金銭という障害を取り除いたユウは冒険者ギルド城外支所へと向かった。いよいよ年末以来の懸案事項を払拭するときが来たのだ。
昼下がりの建物内に入ったユウは一目散にレセップの前までやって来る。
「お、両替か?」
「今日は違いますよ。ここの戦闘講習を受けに来たんです」
「戦闘講習? なんだ、いきなりやる気を出してきたな。仲間から小突かれたのか?」
「勧めてはもらいましたけど、小突かれたわけじゃありませんよ」
「で、どの武器について習いたいんだ?」
「ダガーです」
「また渋いところを突いてきたな。
「そっちはいいです。棍棒ですし」
「お前さんの戦い方がさっぱりわかんねぇ。棍棒とダガー? 普通は剣とダガーだろ」
「僕にだって事情があるんですよ、主に懐具合の」
「まぁいいや。ダガーの講習だな。わかった。ちょっと待ってろ」
微妙な表情を浮かべたままのレセップが席から立つと奥へと姿を消した。そのまま結構な時間を待たされる。
こんなに待つとはユウには予想外だった。いつまで待つのかなと思っていると背後からレセップに声をかけられる。
「おい、講師を連れてきたぞ」
驚いたユウが振り向くと、レセップの他に焦げ茶色の短髪に引き締まった顔をした体格の良い体をした男が立っていた。
目を白黒とさせているユウに向かってレセップが説明する。
「こいつは今回の講習の講師ケヴィンだ。剣が得意で他にも槍が使える。だったよな?」
「ええ、そうっすよ! この子がダガーの使い方を習いたいんっすね」
「そうだ。名前は、あー」
「ユウです。獣の森で薬草採取をしています」
「貧民にしちゃ礼儀正しいっすね! ちょっと堅苦しそうっすけど、いいんじゃないっすか?」
「何がいいんだ。ともかく、お前はこいつにダガーの使い方を教えろ。それとユウ、この講習は1回銅貨3枚だ。それで鐘1回分の講習が受けられる。まぁ時間については適当なところがあるから、あんまり厳密に考えなくてもいいけどな。しっかりやれよ」
ユウとケヴィンの引き合わせが終わると、レセップは北側の壁にある出入り口から外に出た。席に受付係が座っていない受付カウンターの前に2人だけが残される。
「それじゃ行こうか。その腰にぶら下げてるやつを今回使うんだね?」
「はい」
「っとその前に、受講料をもらおうか。銅貨3枚だよ」
差し出された手のひらにユウは用意していた銅貨を乗せた。
数を確認してからそれを懐にしまったケヴィンは踵を返して歩き出す。案内された場所は冒険者ギルド城外支所の建物の北側だ。かつて初心者講習を受けた町の城壁と水堀が見える場所である。
適当な所で立ち止まって振り返ったケヴィンはユウへと顔を向けた。表情は会ったときから笑顔のままである。
「さて、ダガーの使い方を希望ということだけど、まずはキミの持ってるものを見せてもらえるかい? それによって教える内容が変わってくるから」
「これです」
「刃渡りが大体30イテックか。なるほどね。元々どういう使い方をしていたのかな?」
「棍棒で叩いた獣にとどめを刺すのに使ってます」
「棍棒? そりゃまた面白い戦い方をしてるじゃないか。けど、とどめを刺すだけなら、もっと刃渡りが短くても良かったんじゃないかな?」
「僕もそれは考えたんですけど、棍棒だと叩いて獣を弱らせるのに時間がかかるんで、ダガーを使って戦えないかなって思ってるんです」
「だったら普通は剣を買うよね?」
「当時はお金がなかったんですよ。他にもいくつか理由があって」
まるで叱られているみたいにユウは元気がなくなっていった。言われてみると確かにその通りの質問ばかりである。
そんなユウを見てケヴィンは苦笑いした。ダガーを返しながら説明する。
「別に責めてるわけじゃないんだ。武器の持ち主の考え方っていうのも重要でね、その武器を使う理由や背景なんかも知ることで、適切に武器の使い方を教えるようにしてるんだよ」
「そうだったんですか」
「個人的な事情をオレが考えなしに責めることなんてできないよ」
理由を聞いたユウは体の緊張を解いた。そして、良い講師を選んでくれたレセップに感謝する。今日は学べるだけ学んでやろうと改めて決意した。
やる気のみなぎっていたユウを見たケヴィンがうなずく。
「ユウの希望では棍棒に代えてダガーで戦うことを視野に入れていることはわかった。その上で話をしよう。まず、ダガーは基本的に
「え?」
「ダガーっていうのは元々そういう武器なんだ。ちなみに、そのダガーは
「それは」
かつてホレスと交わした会話をユウは思い浮かべた。元々はナイフの代わりに買ったのだ。そして、ユウ自身は可能なら戦えるものをと考えていた。それに対して、ホレスは本格的に戦うのなら剣の方がいいと助言してくれていた。
今になってユウは自分の知識と経験の不足に気付く。完全に思い違いをしていた。恐らく、ホレスはあくまでも
黙るユウにケヴィンが言葉を続ける。
「たぶん、ナイフよりももっと強力な武器がほしくて、できればそれだけで戦えるものって思ってたかい?」
「どうしてわかったんですか?」
「駆け出しの冒険者がよく勘違いするのさ。気持ちはわかるけど、武器の性質上難しいね」
「そうですか」
「講習を受ける前提条件が崩れてしまったかな? けど、だったら今日はダガーの基本的な戦い方を覚えて帰ったらいいよ。主に対人戦の技術だから魔物や獣にはあんまり意味ないけど、襲ってくるのがそれだけだとは限らないしね」
にこやかに話すケヴィンの顔を見てユウはうなずいた。当ては外れてしまったが、得られるものは何でも得ようと気持ちを入れ替える。
「お、やる気になってきたようだね。それじゃ、講習を始めようか。まずダガーそのものについてだけど、元々はナイフの一種で」
受講生の態度を気に入ったケヴィンが嬉しそうに講義を始めた。最初に広く概要から説明を始めて、次第に細かい話に移っていく。ホレスの話とも一部重なっているので理解が早い。
「説明ばっかりじゃつまんないよね。それじゃ実践といこうか。まず、ダガーの持ち方には2種類ある。剣のように持つ順手とそれを逆にした逆手だ。理想を言えば常に順手で戦えたら一番なんだけど、実際は逆手のときの方が多い。というのも」
具体的な話になるにつれて、ユウは自分のダガーを使ってケヴィンの指示通りに動いた。どんな状況で有利あるいは不利なのか、あるいはやって良いこと悪いことを教わる。
「次に型を教えよう。順手なら剣とそんなに変わらない。一方、逆手だと上段に構えるんだ。ダガーの威力は弱いからね。思い切り突き刺さないと効果が薄いんだよ」
「そういえば、獣にとどめを刺すときはいつも逆手でした」
「大体使い慣れてくるとみんなそこに行き着くんだ。ということは、結構使ってるんだね」
褒められるともちろんユウは喜んだ。乗せられているという気持ちは若干あるものの、悪い気はしない。
たまに痛い目に遭いながらもユウは楽しく受講していく。
「次に、素手でダガーに対抗する方法を教えよう。ダガーの講習なのにって不思議な顔をしてるね。みんな最初はそうだった。でも、話を聞くと納得できるよ。早い話、ダガーは小さくて持ち運びに便利だから暗殺や喧嘩によく使われるんだ」
「え、暗殺だけじゃなくて?」
「そうなんだ。血の気の多いバカが酔っ払って揉めたときに抜くことがあるのさ。ホントいい迷惑だよね」
「でも素手で対抗っていうのは?」
「ダガーで襲いかかられるときって、こっちが武器を持っていないとき、あるいは武器を抜く暇がないときが多いからだよ。だから、何としても素手で初撃を躱して時間を稼ぐ必要がある」
「自分が使う武器と同じ物で襲われたときの対処も必要ということですか」
「その通り! ダガーは取り回しがいいからね、思わぬところで使われるから気を付けよう!」
こうして、ケヴィンの熱のこもった指導は六の刻の鐘近くまで続いた。時間を超過したことをユウが詫びると笑顔で首を横に振る。
以後、ユウの毎日の日課にダガーの訓練が加わった。
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