たまに見かける元仲間
すっかり働きに出ることが定着したエラも含めて全員が食事の席に着くときは、朝のみである。そのため、何か全員に連絡をすることがある場合はこの食事時に連絡するのが普通だ。
とはいっても、大体毎日同じことの繰り返しが多い日常では全員への連絡など滅多にない。ただ、みんなに話を聞いてもらう分には都合が良かった。
4月はまだ二の刻を過ぎてもかなりの間真っ暗なので
その日によって話題は違うことが多いが傾向はあった。ウォルト、ティム、ジョナスの3人は冒険者を目指しているだけあってその手の話題が多い。マークとアルフは最近の街の景気について意見を交わすことがある。パットはロイの話し相手になるのが常だった。
一番仲の良かったビリーが抜けたことで、ユウは近頃雑談をあまりしていない。もちろん声をかけられたら話はするものの、長続きしないことが多かった。ちなみに、ケントは終始無言である。
この日はパットとロイが台所で鍋の火加減を見ており、エラは丸椅子に座っていた。しかし、チャドが抜けて以来あまり話をする相手がいない。そのため、たまにユウが相手になることがある。
今やユウも古参の部類に入るので話しやすいせいか大抵はエラから話しかけてきた。この日も隣に座ってユウへと顔を向ける。
「ユウ、昨日の夜ね、お店にテリーが来たのよ」
「テリーが? 珍しいっていうか、もしかして初めてじゃない?」
「そうなのよ! しかも自分のところの仲間を連れてきてくれたから、結構な入りになったの。テリーも入れて6人もよ!」
「良かったじゃない。団体さんで飲み食いしてくれるとなると結構なお金になるよね」
「うん! たくさん食べて飲んでくれたから、サリーもタビサさんも喜んでくれたわ。よく呼び込んでくれたってね」
「呼び込んだ?」
「ほら、まだテリーがここにいたときに、あたしのいる店に来てくれるっていう約束をしてくれたじゃない。あれを覚えてくれていたの」
目を輝かせて語るエラを見ながら、ユウはそんな話があったか思い出そうとしていた。しかし、あったとしても雑談の1つでしかなかったはずなのでまったく記憶にない。なので、曖昧に相づちを打つしかなかった。
その後もユウの態度を気にしないままエラが延々と何を注文していただの、どんな話をしていたのかなどをしゃべり続ける。それは鍋が長机に移されるまで続いた。
この日は休息日なのでユウは昼から自由である。昼食後、アルフ以外は仕事だの遊びだので次々と家の外に出て行った。こうなると自分も外に出ないと損した気分になるのは間違いなく気のせいだろう。しかし、一旦その気になってしまうと気になって仕方ない。
そこでユウは鉄貨を銅貨に両替することを思い付いた。アルフに預けていた革袋がちょうど膨らんでいるのを思い出したのである。早速革袋を返してもらい、家を出た。
外はいつも通り白い雲が一面に広がっている。しかし、白っぽいので雨が降ることはない。なので安心して外を歩ける。
両替ができる冒険者ギルド城外支所へ行くには貧民街から西へ向かうのだが、街から貧者の道へ直接向かう経路と市場を経由して貧者の道に出る経路があった。市場に用事がない場合は普通前者を選ぶ。
しかし、今回は何となくという気分で市場を通ることにした。最近寄っていない武具屋と道具屋に顔を出したいと思ったのだ。買う物がなくても話くらいはできるし、何より忘れていないことを示す必要がある。
そうして結構な時間が潰れた後、ユウは改めて冒険者ギルド城外支所を目指した。急ぐ必要もないのでのんびりと歩く。すると、市場の東西の境目にあるスープの出店が目に入った。店頭に大きな鍋を出して客にスープを振る舞っている。スコットのスープ屋だ。
今日は結構な人だかりができている。そういえば五の刻の鐘がさっき鳴っていた。
一般的に平民と貧民は二の刻に朝食、四の刻に昼食、六の刻に夕食を取る。しかし、肉体労働者は更に三の刻と五の刻に休憩して小腹を満たすのだ。でないと体が保たない。それは薬草採取のグループも同じで、よく小休止して干し肉をかじっている。
つまり、今は肉体労働者の休憩の時間なのだ。
群がる客の向こうにチャドの姿を見かける。荷車から降ろされた水瓶の隣で使い終わった木の皿と木の匙を洗っていた。
立ち止まって声をかけようと思ったユウだったが思いとどまる。少なくとも客足が落ち着いてからにしないと邪魔にしかならない。
しばらく様子を見てたユウは再び歩き始めた。
冒険者ギルド城外支所は相変わらず人の出入りが激しかった。その風貌は千差万別ではあったが薄汚れているという点だけは共通しており、それが出入りする者たちの立場を現している。
その中に完全に溶け込んでいるユウは目立つことなく受付カウンターへと向かった。相変わらず誰も並んでいない受付係の前に立つ。
「レセップさん、両替してください」
「おうよ。いいぞ」
もはや慣れたものでどちらも流れるように両替作業を進めた。鉄貨100枚を受け取ったレセップは受付カウンターの奥へと向かう。
その間手持ち無沙汰になるユウは振り向いて建物内を眺めた。
別の受付係の前に並ぶ冒険者や薬草採取のグループ関係者らしき者たち、北側の壁の端に立っている初心者講習の講師レクトと受講者らしき面々、南側の壁辺りに集まっている人員募集中のグループ関係者と参加希望者の貧民など、様々な人々がいる。
その中に見知った顔があってユウは目を見開いた。ダニーである。去年、剣1本でアレフの共同生活集団から飛び出して以来だ。革の鎧もしっかり装備して一端の冒険者に見える。
「ちゃんとやっていけているんだ」
何となく不安に思いながら送り出した元仲間を見てユウは安心した。仲間らしき2人の人物と話をしながら室内の南側の壁辺りで立っている。楽しく会話をしているところを見るとうまくやっているようだ。
ぼんやりと元仲間を眺めているの背中にレセップの声がかけれらる。
「ほら、銅貨だぞ。って、何見てんだ?」
「あ、去年まで一緒だった仲間の姿を見かけたんで見ていたんですよ。ちょっと暗めの茶髪をした革の鎧を着ている男の人です」
「あの生意気そうな顔をしたガキか?」
「僕よりも年上らしいですから、子供じゃないと思いますけど」
「10代なんぞみんなガキだよ。一応一通り装備は揃えてんだな」
「僕たちのところから離れたときは剣1本だったんですけどね。うまくやっているみたいです」
「うまくねぇ」
銅貨を受け取ったユウは含みのある言葉を漏らしたレセップの顔を見た。気になったので尋ねてみる。
「何かあるんですか?」
「その前に確認するが、お前の知り合いがグループを離れたのはいつなんだ?」
「確か、去年の夏頃だったはずです」
「そうすると、仮に8月に離れたとしたら大体8ヵ月しか経ってないわけだ。あの革の鎧一式を手に入れるには少し早すぎるな」
「それだけ無茶をしたってことですか?」
「普通はな。冒険者の稼ぎがいいっつっても、生活費や装備の維持費や消耗品の購入費で結構物入りなんだよ。その中からあの鎧を買うだけの費用をひねり出すのはなかなかきつい」
去年一年間の稼ぎがほぼ武器と道具の購入費で消えたユウは目を見開いた。特に武具の値段はちょっとしたものでも高い。それを思い出した上で改めてダニーを見る。
「荷物持ちとして冒険者パーティに入ったって聞いていますから、その分安全じゃないんですか?」
「んなわけねぇだろ。魔物はそんな区別することなく襲ってきやがるぞ。それとも、獣の森で獣が武器しか持ってねぇ人間しか襲わなかったか?」
「ですよね。となると、やっぱりダニーは危ない橋を渡ったんだ」
「あの様子じゃ幸いその橋を渡り切れたんだろうな。けど、そうなると少し面倒なことになるかもしれん」
「どういうことですか?」
「調子に乗っちまうってことだよ。魔物なんて楽勝と思うか自分なら平気と思うかは知らねぇが、夜明けの森を舐めてかかるかもしれん。そうならないように周りの連中が指導してやれば問題ねぇんだが」
「大丈夫かなぁ」
「結局は本人次第だ。こっちは見てるしかねぇよ」
徐々に不安になってきたユウが尚も眺めていると、ダニーは仲間と共に建物の外へと去った。しばらくその出入り口をぼんやりと眺める。
やがてレセップに急かされてユウは受付カウンターから離れた。その間もダニーのことを気にかける。しかし、そのままうまくやっていけるようにと祈る以外は何もできなかった。
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