貧民の納税
『生きるためには税金が必要だ』という皮肉がある。地方によっては『息をするだけで税金がかかる』という場合もあるが内容は同じだ。生まれた瞬間に誕生税で歓迎されるのを皮切りに、死んで死亡税がかかるまで人々は様々な税金を支払わされる。
当初は町の中に住む町民や村に住む村民だけが対象だった。理由は簡単で、身元がはっきりとしていて逃げられないからである。家屋にかかる建築税、商売に対する許可税、結婚税、移住税など思い付く限り様々なところに課税された。
町にも村にも住んでいない貧民は最初そんな税金とは無縁だった。扱いは大変ひどいものであったが、実体を把握できなかったので課税できなかったというのが正確なところである。そのため、町の周辺にある貧民街は何でもありの楽園であり地獄でもあった。
潮の目が変わったのは冒険者ギルドができてしばらくしてからである。最初は魔物を狩る者たちをまとめるための組織として発足した。いくら町の外は無法とは言え、その周辺で無秩序に武器を振り回して魔物の死体を散らかされてはたまらないからだ。
しかし、冒険者ギルドが冒険者たちをある程度まとめることができるのを見た支配者たちはあることに気付いた。その多くが貧民上がりの冒険者は貧民のことを熟知しているので、取り込めば貧民街を管理できるのではないかと。
その推測は正しかった。ある程度の地位と名誉を保証し、体制側に取り込むことで貧民街の管理が可能になったのである。つまり、徴税ができるようになったのだ。以来、町民と村民のように貧民にもあらゆる課税がなされた。
また、これは貧民の分断という副産物を支配者にもたらす。貧民上がりの冒険者と職員を治安維持と徴税の代行に使うことで、支配者への不満を逸らすことができたのだ。このように、現在では体制側にとって冒険者ギルドはすっかりなくてはならない組織となる。
そんな冒険者ギルドは、町の中にギルド本部を、町の外に城外支所を置くのが一般的だ。本部は冒険者ギルド全体の運営をしており、大半が町の貴族や官僚である。一方、城外支所は実務を担当しており、ほぼ全員が貧民上がりの職員や冒険者などであった。
この中で、貧民街の治安維持と徴税を担当するのが城外支所の代行役人と呼ばれる職員である。治安維持を担当する性質上腕力が強く、それを背景に徴税をする
冬が差し迫ったある日、ユウは両替を済ませて帰宅する途中だった。夏ならこの後境界の川へと向かうが、さすがに晩秋の近頃になるとその頻度は下がる。
この日はユウにとって休息日なので昼下がりの今は特に予定はない。帰ってから素振りでもしようかとぼんやり考えながら家路を進む。
すると、誰かが争う声が奥から聞こえてきた。貧民街で喧嘩は珍しくない。近づくと争う内容が聞き取れるようになる。
「だからもうちょっと待ってくれって言ってるだろ! 誰も払わねぇなんて言ってねぇよ! 後で払うから!」
「そんな言い訳が通用するか。貴様、市場での商売税だけでなく、他にも払ってないだろう。稼いだ金はどこにある」
「んなもんあったら払ってるよ!」
「だったら俺様が直々に探してやろう」
「おい!? ちょっと、入ってくんなよ!」
路地に面する家の一角で、代行役人と貧民の男が言い争っていた。税金の支払いで問答している。埒があかないとみた代行役人が貧民の男の家へ強引に入ろうとしていた。
その家を通り過ぎてしばらく歩くと、今度は代行役人と貧民の中年女が口論している。かろうじて死亡税という言葉が聞き取れたが、あまりにも口汚いので判別できない。
もはや日常風景ともいえるその場を過ぎて更に進むと我が家に着く。中に入ると、剣の手入れをするケント、椅子に座ってぐったりしているアルフ、文字の復習をしているマークがいた。
長机まで進んだユウは背伸びをして丸椅子に座る。
「ただいま。アルフ、どうしたんです?」
「さっき代行役人が来てね、税金を払ったところなんだ」
「今日は何の税金を支払ったんですか?」
「汲み取り税だよ。毎月この頃になると来るだろう? 今回は新しい担当に代わってたせいで疲れたよ」
「うちは支払えますよね? ごねてないのになんで疲れるんです?」
「ユウは知らないのかい? 代行役人の中にはね、徴税を理由に家の中に押し入って金目の物を取り上げようとする輩がいるんだ」
「ええ!?」
初めて聞く話にユウは目を剥いた。滞納しているのならまだしも、窃盗目的で家探しするとは理解の範疇外である。
「でも、その様子だと中には入れなかったんですよね。説得できるなんてさすがですよ」
「ケントがいたからだよ。戦える人がいるってわかったら渋々金を受け取って立ち去ったんだ。これからしばらくはちょっと油断できないね」
税金を支払うだけでこんなに苦労するなんてユウは考えたこともなかった。町の中の商店で働いていたときには考えられないことである。
文字の復習が一段落したらしいマークが長机のところへと寄ってきた。丸椅子に座ると話に加わる。
「僕も初めて貧民街に来たときは本当に驚きましたよ。町の中と全然取り立て方が違うんですよね。荒っぽいのなんのって」
「それは僕も同じだよ。でも、きちんと支払ってる家にまで押し込もうとする代行役人がいるなんて。しかもそれが自分の家だと思うと怖いな」
「真っ当に生きていても、上からこんな理不尽な目に遭わされるんじゃ、やってられないですよね。あ~あ、僕が行商したときはどうなるんだろうなぁ」
「行商は大変そうだよね。特に関所なんて有名じゃないか。賄賂を取られることもあるって聞いたことあるよ」
「渡し船も危ないって聞きますよ。川の真ん中で船を停めて、追加料金を払わないと突き落とすぞって脅されるって!」
「いやだなぁ」
話が盛り上がるにつれて徴税の恐ろしい話がユウとマークから出てきた。町の中で商売をする店で働いていただけあってその手の話はよく知っている。
五の刻の鐘の音が町の中から聞こえた。最近は日没時間が早いので、もうすぐすると日が赤くなる。
鐘の音がしてしばらくすると、泣きそうな顔のチャドが家に帰ってきた。よく見れば右腕の袖をまくっており、肘をすりむいている。
その様子を見てユウたちは立ち上がった。真っ先にアルフが駆け寄る。
「チャド! どうしたんだい!?」
「喧嘩に巻き込まれた」
「どこで?」
「市場。スコットさんの店の近くで税金を払う払わないって言い合いが始まって、そのうち喧嘩になった。最初はその店の前だけで喧嘩してたんだけど、だんだん騒ぎが大きくなって僕も巻き込まれた」
「となると、今の市場は大変なことになってるんじゃないかい?」
「うん。なってる。だからスコットさんは急いで店を閉めた。今はあっちに行かない方がいい」
訥々と話をするチャドをアレフは呆然と見た。この時期ならあり得る話である。ケントとマークはチャドの話を聞き入っていた。
その間、ユウはビリーの持ち物の中から傷薬を取り出す。薬師のところへ通い始めたビリーが作った薬だ。次いで水で洗ったきれいな布を手にする。
それらを長机に置いたユウはチャドを手招きした。そして、傷口を確認する。
「今から治療するから、痛んでも我慢してね」
「うん。けどその薬は?」
「ビリーが作ったやつだよ。こういうときに使っていいって言われていたんだ」
説明しながらユウはきれいな布で傷口を優しく拭った。顔をしかめるチャドをあえて無視して傷薬を塗る。
「はい、これでもう大丈夫だよ」
「ありがとう」
「それにしてもひどいことしますよね。こっちは生きるだけで精一杯なんですから、無理に取り上げなくてもいいでしょうに」
チャドの様子を見て安心したマークが憤った。ユウもその意見にうなずく。ケントは無表情に見えるがわずかに不機嫌そうだ。
ため息をついたアルフが独りごちる。
「先月は3軒隣の家族が夜逃げしたし、もっと加減してくれないものかねぇ」
「あれで冒険者ギルドの職員だっていうんですから、そりゃギルドも恨まれますよね」
「けど、冒険者に憧れる人は多いからこれからも人は集まるんだろう」
「ほんっと、人を支配することに関しては天才的ですよね、貴族様って」
「あんまり滅多なことはいうんじゃないよ。今度は侮辱罪で罰金を取られるかもしれない」
「うわやだなぁ」
珍しく怒っていたマークだったが、アルフにたしなめられて顔をしかめた。密告して事実だった場合は報奨金が出ることもあるので、貧民街といえどもおいそれと悪口は言えない。
こうしてユウたちの1日は過ぎていく。貧民の生活はこんなものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます