認められるということ

 冬になった。1年で最後の月である13月は何かにつけて忙しくなる。


 それはユウたちも同じだった。しかし、大抵はアルフを中心とした留守番組が対処してくれるので、獣の森での仕事をするグループにはあまり影響はない。


 夏の後半に人の出入りが頻繁にあったせいでなかなかメンバーが安定しなかったが、秋以降に新人を鍛えることでようやくそれぞれが落ち着いてくる。


 今年に入った新人の中では最古参のウォルトはケントの指導を一通り受け終えた。後は経験を積むしかないということで自主訓練に切り替わる。棍棒との相性は悪くないようで、悪臭玉と組み合わせた戦い方をこれから研究するということだった。


 次にティムだが、元々薬草採取をしていただけあってすぐにマークの指導を卒業する。そして、手の空いたケントの下で今月から戦うための訓練を開始した。冒険者を目指す当人は喜んでいる。


 最後にロイはとりあえず一通りの仕事は覚えた。体が強くないせいかときどき不安になることがあるものの、街の仕事では中心になりつつある。当人にとっては安定して働ける上に報酬までもらえるのでご満悦だ。


 こうして今ではすっかり安定して仕事をすることができるようになっている。誰もが満足していた。


 そんなある日の朝、いつものように誰もが準備を済ませて朝食を食べる。冬は日の出の時間が遅いので朝は蝋燭ろうそくが欠かせない。


 食事のときに毎回一心不乱に食べている人物は大体決まっている。食いしん坊のチャドと巨漢のウォルトだ。2人のどちらかが朝の鍋底をへつる。


 ところが、この朝のチャドは様子が少しおかしかった。いつものような勢いで食べないのだ。


 いつも食べることで密かに争っているウォルトが心配そうな顔を向ける。


「チャド、どうしたっすか? 体のどこかでも悪いとか」


「違う、そういうのじゃない」


「それじゃ、なんか悩みごとっすか?」


 指摘されたチャドはじっとウォルトを見つめた。当たりを引いたらしいウォルトも黙る。


 その様子を見ていた周囲の仲間は何事かと2人に注目した。


 しばらく黙っていたチャドだったが、ようやく口を開く。


「えっと、昨日スコットさんから店を継がないかって言われた」


「まじっすか!? すごいじゃないっすか!」


「ちゃんと弟子になって僕が一人前になったら、スコットさんは引退するって」


「おおー、認められたってわけっすね!」


 明るく言い返してきたウォルトにチャドはうなずいた。


 事情を知った周囲の仲間は一斉に安心した表情を浮かべる。てっきり悪いことなのかと疑ったのだ。


 次いで反応したのがエラである。


「やったじゃない! 食べ物関係の仕事ができるんでしょ? なんでそんな深刻な顔してんのよ? もっと喜びなさいよ」


「なんか言いづらかった」


「もー水くさいわねー。そんなのでいじめるわけないでしょ? 他のみんなは明るく送り出したじゃない」


「うん、そうだね。ごめん」


「はいはい辛気くさいのはおしまい。笑って!」


 エラに急かされるように求められたチャドはぎこちなく笑った。それを見た周囲も笑顔になる。家の中の雰囲気は明るくなった。


 その中にあって若干意外そうにしているパットがチャドに尋ねる。


「チャドくらいだと弟子ってちょっと早くない?」


「僕もそう思った。けど、熱心に働いてくれるからって言ってくれた。それと、最近冷えてきて鍋や瓶を持つのがつらくなってきたんだって」


「体が動かなくなってきてるんだ。確かにそれは急いじゃうよね」


「朝の仕込みも夕方の片付けも買い物も、段々つらくなってきたって言ってた」


「なるほど。それで、ここはいつ出るつもりなの?」


「今年いっぱいここにいて、年が明けてから出る」


 顔の緊張が解けてきて自然な笑顔になったチャドが答えた。嬉しそうに木の匙を咥える。ようやく食欲が戻ってきたようだ。


 そこへ目を輝かせたティムが声をかける。


「夢を叶えたんですね! いいなぁ」


「まだこれから何年も修行しないといけない」


「それはそうなんでしょうけど、夢に手をかけてるじゃないですか! 俺なんてまだ冒険者になってないんですよ?」


「そのうちなれる。ここにいたら、大体みんな何かになるから」


「本当ですか? そっかぁ。でもあと何年かかるかなぁ」


 ひたすら羨むティムが遠い目を天井近くに向けた。とにかく貯金に時間がかかるので基本的に近道はない。誰もがもどかしく思う点だ。


 仲間から祝福されているチャドを見てアルフが顔をほころばせる。


「こうやってチャドを見てると、やっぱりちゃんと成長してるんだなって思えるよ。初めてここに来たときは、俺の背中に隠れてばかりいたからね」


「その話はやめて」


「ほんとねー! あたしが強引に話しかけたら泣いちゃってたし!」


「本当にその話はやめて」


 突然自分の昔話が始まったことにチャドは震え上がった。もうほとんどの人が知らないことを今更暴露されてはたまらない。必死になって首を横に振っていた。


 そうしてチャドの話で盛り上がっていると、ビリーがぽつりと漏らす。


「まさかチャドに先を越されるとは思わなかったなぁ。どっちかって言うとエラが先だと思ってたよ」


「それは僕も思ってた」


「僕も来年あたりに弟子入りできそうだから、先にここを離れると思ってたよ」


 何気なく話をしたビリーの言葉に他の全員が目を剥いた。室内が静まる。


 その様子に気付いたビリーが目を見開いた。そして、苦笑いする。


「そっか、まだ言ってなかったよね。僕が通ってる薬師の先生が来年の春くらいまでここにいるそうなんだ。それで、ここを離れるときに一緒に来ないかって誘われたんだよ」


「ビリーも隠してないでさっさと言いなさいよ! 驚いたじゃないの!」


「待って落ち着いて、エラ。別に隠してなんてないよ。まだ何ヵ月も先の話だから急ぐことはないって思ってたんだ」


「すごいっす! ビリーも自分の夢を掴んだんっすね!」


 思わぬ反応を引き起こしたビリーはエラとウォルトに気圧されて少し引いていた。そして、2人をきっかけに仲間が一斉に騒ぎ出す。続けて良い話を聞けて大喜びだ。


 そんな中でユウは気付いたことを口にする。


「そうなると、グループの採取組ではマークがまとめ役になるんだね」


「え、僕がですか? あれ?」


「そっか、ユウは狩猟組に転向したもんね。そうなると僕の後はマークに任せることになるんだ。いやぁ、頼んだよ!」


「まだ早いでしょう!? 春まで3ヵ月以上あるじゃないですか!」


 降って湧いた役にマークがうろたえた。しかし、在籍年数や実績で言えば妥当である。全員がよってたかってはやし立てた。


 その脇でアルフがエラに顔を向けて話をしてる。


「いいことが重なって嬉しいよ。エラは来年辺りかな?」


「んーどうかしらね。結局タビサさん次第だし。何かきっかけが必要なのかも」


「そうか。でも、チャドがここを巣立つんなら、エラもそう遠くはないだろうね」


「たぶんね。あたしは別に急いでないから、もう少し今のままでもいいし」


 余裕の表情のエラがアルフに答えた。将来が約束されているので焦りがないのだ。この辺りは他の仲間と事情が少し違う。


 長机の別の場所ではユウがチャドを祝福していた。自分よりも年が若いながらも、この生活集団では先輩格である。街の仕事については色々と教えてもらった。感謝の念はもちろんある。


「チャド、おめでとう。スコットさんのスープはおいしかったから、また今度行くね」


「うん、来てほしい。そしてたくさん食べてほしい」


「そうだね。ああでも、何年かしたらチャドのスープになるのかな?」


「もっとおいしくなってるから期待していてほしい」


「すごい自信だね!」


 珍しくチャドが抱負を語っているのを見てユウは笑顔になった。スコットの店を手伝うようになってから会話が積極的になってきている。良い傾向だった。


 そんなユウに対して今度はチャドが尋ね返す。


「ユウは結局、冒険者になるの?」


「僕? うーん、どうなんだろう。狩猟組をやっていて戦うことには慣れてきて、あんまり違和感がなくなってきたのは確かだけど」


「何となく目指してる?」


「今はそんな感じかな。途中で他のこともできるようにって考えて、買う物も決めているし」


「そっか。でも、ユウなら冒険者でやっていけるんじゃないかな」


「どうしてそう思うの?」


「だって慎重に準備してるから。お店に来る冒険者の人を見てると、ちゃんと準備してる人はうまくいっていることが多そうだったし」


 やって来る客の分類から推測したチャドの意見にユウは少し感心した。まだ幼いにもかかわらず、しっかりと周りを見ている。そう言われると、ユウもその気になりそうだ。


 結局、この日の朝は驚きの話が出てきて話し込んでしまい、全員が家を出るのが遅れた。

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