移っていく軸足

 9月末日、ユウたちにとっての休息日の朝、ニックが旅立った。数年来の念願が叶ったこともあって笑顔の出発である。


 幸いにして前日にニックが抜けたグループの状況は確認できていたので、ユウたちは心に余裕を持って送り出せた。しかし、それは問題を把握しているというだけでしかない。


 三の刻の鐘が鳴る前までにユウとケントは冒険者ギルド城外支所へと向かった。新しい人材を確保するために建物内の南側の壁辺りに立つ。


「ニックがいなくなった影響は、こういうところにも出てきますね」


「慣れるしかない」


 良い人物はいないかと周囲を見るユウだがよくわからなかった。一方、ケントは無口なので声をかけづらいという性格に難がある。声をかける前から自分たちに問題があることを痛感する2人だった。


 朝の間は思うように勧誘できずにユウとケントは家に戻る。この日の昼食は2人の他にビリーとチャドを除いた面々が揃っていた。


 昼からどうしようかとユウが内心悩んでいると、アルフがケントに話しかける。


「そっちの調子はどうかな?」


「うまく行っていない。人がいないというより、俺とユウがうまく勧誘できていない」


「ということは、あまり期待できなさそうってことかな?」


「保証はできない」


「となると、俺の方でも探しておくべきなんだろうね」


 木の匙を置いて話すアルフにケントはうなずいた。今の状態が長く続くと右足の悪いアルフの負担が軽くならない。だから、アルフが新人を探すことは悪いことではなかった。


 ただし、たまたまケントとアルフが同時に人を連れてきたときにどうするのかという問題はある。現時点でこの家には9人いるが、果たして11人目を迎え入れられるのか。生活費については知らないユウは首をかしげた。


 そんなことをユウが考えていると、アルフが言葉を続ける。


「ケントはケントで引き続きグループに入れる人を探しておいてくれ。俺の方も留守番組専属の新人を探しておくよ」


「2人同時に入れても大丈夫なのか?」


「今の稼ぎを維持できるという前提だけど何とかなるよ。それに、チャドとエラを見てると、いつここを出ていくかわからないからね。そろそろその準備をしておかないと」


 少し寂しそうな顔をして話すアルフの言葉を聞いて、全員がエラへと顔を向けた。それまで黙って食べていたエラが仲間を一瞥する。


「アルフの言う通りね。いつになるかはわかんないけど、あたしはそのうちここを出ていくことになるわよ。タビサさんに気に入られてるし、サリーとも仲がいいもの」


「だそうだ。先日チャドも含めて話を聞いてね。腰を上げることにしたんだ」


 疑問が解消したケントはうなずいた。そうなると、確かに2人は新人を入れないと現状を維持できない。


 続けてアルフがしゃべる。


「ということで、俺は昼から人捜しをしてくるよ。春頃から目をかけていた子がいてね、1度話をしてくる」


「そうなると昼からの仕事は無理?」


「まぁね。悪いけど」


「マーク、アルフの代わりに手伝って」


「あーはい。わかりました。文字の復習は夕方からかぁ」


 昼からの予定を組み立て直したパットがマークに声をかけた。割り込み作業が発生したことにマークが肩を落とす。


 街の仕事の問題が片付くのを見ていたユウはケントに声をかけられた。何事かと顔を向ける。


「昼からはやり方を変えよう。俺が良さそうな人を見つけて、ユウが声をかける。相手と話すときはユウが中心で俺も一緒にしゃべる」


「無言で近づいて警戒されたことがありましたもんね。端から見て威圧しに行った見たいに見えましたもん」


「あれは失敗した。だからユウに声かけは任せる」


「いいですけど、自分で声をかけられるようにならないと駄目なんじゃないですか?」


「努力する」


 真面目な顔つきで答えられたユウはそれ以上何も言えなくなった。つくづくニックの抜けた穴の大きさを思い知る。


 昼からはケントの方針に沿って冒険者ギルド城外支所での勧誘を再開した。とりあえず声かけまではうまくいくものの、条件のすりあわせで物別れになることが続く。五の刻の鐘が鳴るまではさっぱりだった。


 今日はもう無理かなとユウが諦めかけたそのとき、ようやく待望の新人と出会う。


「ティムです! 冒険者になってガンガン稼ぎたいです! すばしっこさなら誰にも負けません!」


 やや細めの目に細い体の少年はそう言うと、その場で宙返りをしてみせた。獣の森で薬草採取をしていたが、仲間の半分が一斉に引き抜かれたことにより解散になったという。一応何度か獣と戦った経験はあると主張していた。


 ユウが顔色を窺うとケントがうなずく。ティムで決まった瞬間だ。ようやく終わったと全身の力を抜いた。


 貧民街の自宅にティムを招いたユウとケントはアルフともう1人の子だけが室内にいることに気付く。その小さい体の幼い少年は丸椅子に座っていた。


 室内の2人を見たユウが目を見開きながら尋ねる。


「もしかして、もう新しい人を連れてきたんですか?」


「そうだよ。前から目をかけてたって言ったろう。この子はロイ、この街にいる子供の集団に所属していた子なんだ。けど、その集団が争いに負けて解散してね、うちで拾うことにしたんだよ」


「ロ、ロイです。よろしくお願いします」


「少し体が弱いせいか引っ込み思案なところがあるけど仲良くしてやってくれ」


 不安そうにユウたち3人を見つめるロイの頭にアルフが手を乗せた。少し安心したのかロイの表情が和らぐ。


 一方、ユウとケントもティムをアルフたちに紹介した。元気にティムが自己紹介する。ロイとは違って物怖じしない。


 六の刻の鐘が迫るにつれて外出していた仲間が戻ってきた。チャド、ウォルト、パットとマーク、そしてビリーが続く。その度にティムとロイが仲間に自己紹介をした。


 これで働きに出ているエラと台所で夕食の準備をしているチャドとマークを除き、他は長机を囲む。ようやく落ち着いてきた。


 しかし、新人を2人も迎えて皆が明るく話す中、ビリーが申し訳なさそうに声を上げる。


「みんな、ちょっと話があるんだ。僕が薬師のところに通っているのは知っているだろう? 今まで休息日に通ってたけど、来月から休息日以外にも週3日通うことになったんだ」


「ええ!?」


 真っ先に驚いたのはアルフだった。他の面々も目を剥いている。


 最初に立ち直ったのはユウだった。小首をかしげてビリーに尋ねる。


「手伝いが忙しくなったの?」


「そうなんだ。それに、薬草や薬のことをもっと教えてもらえることになってね。とても1日じゃ足りなくなったんだ」


「それじゃ仕方ないけど、獣の森での仕事は週3日かぁ」


 しゃべりながらユウはパットの顔を見た。この穴を埋めるのはパットになる。完全に振り回されている状態だが、当人の顔色に変化はない。


 長机を囲む仲間を見ながらユウはゆっくりとしゃべる。


「となると、グループの狩猟組は今まで通りとして、採取組はマークとティムが専属でビリーとパットが3日間ずつか。アルフ、街の仕事は大丈夫なのかな?」


「頭数だけなら充分なんだよね。当面は俺も入って、チャド、エラ、パットの4人でロイの面倒を見るよ。1ヵ月くらいで一人前になってくれたら嬉しいね」


「が、がんばります」


「そう緊張しなくてもいいよ。ロイもすぐに慣れる」


「パットはそれでいいんすか?」


「構わない。何かあったらどっちにも入って仕事をするのが役目だから」


「大変っすねぇ」


 いつも通りと言わんばかりの態度にウォルトは感心した。


 留守番組はどうにかなると聞いて安心したユウは1つ大切なことを思い出してケントに話しかける。


「ケントは今ウォルトの面倒を見ていますよね。ティムはどうします?」


「ユウは、そうか、マークの面倒を見ていたな。なら仕方ない。今年中にウォルトを仕込んで来年から俺が面倒を見る」


「きつくないっすか!?」


「大体みんな半年くらいだから普通だ。後は自分で何とかするもの」


 思わず悲鳴を上げたウォルトにケントが無表情に断言した。


 それを脇で見ながらユウはマークに声をかける。


「それじゃ、マーク、ティムに薬草の採り方を教えてあげて。一通り知ってるみたいだけど、うちでやっていけるくらいにね」


「マーク、よろしくお願いします!」


「うん、こっちこそよろしく」


 少々ティムの勢いに押されながらもマークは台所から挨拶を返した。顔にわずかな不安が浮かんでいる。


 こうして、ニックの旅立ちから始まってビリーの出勤調整までの一連の混乱はとりあえず落ち着きを見せた。もちろん上辺だけなのでこれから中身を伴わせる必要があるが、それは毎度のことなので何とかするしかない。


 そのうちチャドが台所からやって来て、夕食の支度ができたことを告げた。

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