露呈する戦力不足
9月末の休息日の前日、ニック抜きで獣の森に向かう最初の日になった。グループの編成はあらかじめ決めていたように、狩猟組はケント、ユウ、ウォルト、採取組はビリー、マーク、パットになる。留守番組のアルフはまたもや街の仕事に参加だ。
一見すると問題ないように見えるが、実はウォルトの扱いが問題になった。なぜなら、狩猟組に今転向させるにはまだ力不足だからである。更には未だ武器を持っていないのが致命的だった。
実力不足はケントの指導を一層強化することで何とかするとして、問題は武器である。ウォルトも冒険者を目指している以上はいずれ武器を手に入れようと考えているが、肝心の貯金が足りない。かといって無理をして買うとろくなことにはならない。
この問題で皆が頭を痛めていると、ユウが1つ提案をする。
「僕が素振りで使ってる重い棍棒をウォルトに譲ろうか。体が大きいから扱えると思うよ」
「そんなの持ってるんすか。う~ん、理想は剣なんすけど、素手で獣とやり合うよりかはマシっすね。どんなのか見せてくれるっすか?」
その提案に全員が飛びついた。
室内の奥から重い棍棒を取り出したユウはウォルトに手渡す。
「このくらいの重さなら何とかいけるっすね。これもらえるんすか?」
「うん。素振りの回数を増やすなりして対応するといいよ」
「ありがとうっす!」
「今度から棍棒を使った戦い方を中心に教える。早く覚えられるように厳しく」
何度か素振りをして元気だったウォルトの顔がケントの言葉によって引きつった。しかし、これは耐えるしかない。
そんな一部の不安を抱えながらユウたちは獣の森へと出発した。森の手前で虫除けの水薬を塗りながらケントが指示を出す。
「これからペアを伝える。俺はビリーと、ユウはマークと、ウォルトはパットとという組み合わせにする」
「これってどういう組み合わせなんすか?」
「採取組はみんな慣れてるからあまり意味はない。それより、ウォルトは森に入っても俺が指導するから、ビリーとパットは近くで薬草を採ってほしい」
「ということは、獣の警戒もしないといけないんだね」
意図を察したビリーが確認するとケントはうなずいた。本来は採取組の警戒に全力を尽くすべきなのだが、ウォルトの技量ではそれを充分に果たせないための対策である。当分はこのままの体制になるのは仕方なかった。
獣の森に入って採取場所にたどり着くと各自作業に入る。その中でウォルトはケントの指導を受けた。もちろん本格的なものではないが、獣を警戒しながらなのでやりにくい。
4人が一塊になって作業をしている一方で、ユウはマークと共に別の場所にいた。この場を見る限りにおいては普段通りである。
薬草採取の作業は基本的に無言でするものだが、ペアのどちらもが慣れているとたまに会話することがあった。2人もたまに暇を紛らわせるために話すことがある。
「ユウ、ちょっと前に買ったそのブーツ、履き心地はどうななんです?」
「悪くないよ。何より前の靴よりかも戦うときに断然動きやすい」
「僕はどうしようかなぁ」
「薬草を採る分には必要ないから急がなくてもいいんじゃない?」
「でも、森の中を逃げるときはブーツの方が良さそうですよね。靴だと歩いてるときにたまに引っかかったりして脱げそうになって困るんですよ」
「あるある。それと、雨の日のぬかるんだ地面もね。僕はあっちの方が嫌だったなぁ」
「それ僕も嫌ですね。となると、やっぱりブーツを買った方がいいのかなぁ」
とりとめのない話が2人の間で交わされていった。ブーツの話が終わると別の道具の話へと移る。一時途切れるが、何時にまた再開された。
そうやってゆるりと時間が流れていく中、ユウは何かしらの違和感を捉える。
「マーク、準備して」
「わかった」
ユウの声色と態度で異常事態を察したマークがすぐに作業を中断した。手近な木へとゆっくり近づいていく。
そのとき、別の場所から「野犬!」というケントの小さくなった声が2人に聞こえてきた。続いてウォルトの雄叫びも耳に入る。
急いで木に登っていくマークを尻目にユウは周囲を警戒した。こちらへも襲撃してくる可能性は高い。
別の仲間が襲われていて自分のペアが無事な場合、まずは採取組のメンバーが木に登るのを確認するまでその場で留まるのが決まりだ。自分のペアを守るのが大原則なのである。
「こっちには来ない?」
木に登ったマークの姿が枝葉で見えなくなった後もユウは警戒を解かなかった。普通ならこの時点で仲間を助けに行くのだが、最初の違和感の正体がわからずに動けない。単なる勘違いであれば問題ないが証明できないのが難しかった。
だからといってこのままじっとしているわけにもいかない。見切りを付けたユウは最後に周囲を一瞥してからケントとウォルトが戦う場所へと向かった。
ビリーとパットが薬草を採取していた場所ではウォルトが野犬と戦っている。獣はその1匹だけでケントは野犬を牽制する役に徹していた。
状況が飲み込めずユウが足を止めると振り向いたケントと目が合う。わずかに首を振られた。ウォルトに戦わせたいらしい。
当のウォルトはあの重い棍棒を振り回している。素振りでよく使っていたユウはあの重さを知っているだけに、実戦であんなに振り回せていることに少し瞠目した。
横からケントが牽制しているため野犬は攻撃に移れないみたいだが、ウォルトの攻撃も当たらない。見ているだけで一撃の威力は想像できたがその威力を発揮できずにいた。
そのうちウォルトの動きが鈍ってくる。その限界を察したのはケントも同じで、棍棒を避けた野犬の胴を剣先で切り裂いた。悲鳴を上げて野犬が地面に倒れる。
「ここまでだ。これ以上は後の仕事がつかえる」
「はぁ、当たんないもんっすね」
「それは仕方ない。やはりしばらくはウォルトが牽制して俺が仕留める形で戦う」
「うっす。オレもそれがいいと思うっす」
話し終えたケントがユウへと顔を向けた。同時にウォルトも目で追って気付く。
それを機にユウが2人に近づいた。歩きながら声をかける。
「終わったみたいだね。何かうまくいってなさそうだったけど」
「そうなんすよ! やっぱ棍棒じゃやりにくくて」
「剣を買うまでは我慢してもらうしかないなぁ。いつ頃買えそう?」
「ビリーに計算してもらったら来年の春頃らしいっす。まだ半年も先っすよ」
悲しそうな表情を浮かべたウォルトが口を尖らせた。大きな体に似合わずかわいらしい。その姿にユウは苦笑いした。
剣を収めたケントがユウに尋ねる。
「そっちはどうだった?」
「襲われませんでした。ただ、こっちで戦いが始まる前に違和感がしましたけど、それの正体がわからずじまいですが」
「良くない。俺も行く。ウォルトこの場で待て。何かあったら大声で知らせるんだ」
「うっす! オレも行っちゃダメっすか?」
「ビリーとパットが木に登ったまま」
「あー、そうっしたね。わかりました。待つっす!」
自分の役割を理解したウォルトが笑顔でうなずいた。
合意が得られたところでユウはケントと一緒に元の採取場所へと向かう。元の場所には1匹の野犬がうろうろとしていた。2人に気付くと襲いかかってくる。
「ガゥ!」
飛びかかってきた野犬に向かってユウは棍棒を振るった。殺すためではなく噛み付きを避けるためだ。横っ面を殴られた野犬は悲鳴を上げて地面に倒れる。
横にいたケントはすぐに剣を抜いて野犬の首を突き刺した。短い悲鳴と共に痙攣した野犬はすぐに動かなくなる。
「すみません。見逃していました」
「仕方ない。こういうこともある。それよりもマークを呼ぼう」
肩を落としたユウはその言葉で気を取り直した。こういうときのために採取組は呼ばれるまで木に登り続けるのが大原則なのだ。ユウはたまに降りていたがあれは例外である。
「マーク、もう降りてもいいよ!」
「やっとだね。あれ、ケントもいるの?」
「心配して見に来た。一旦みんな集まろう」
「だったらちょっと待って。採った薬草を麻袋に入れるから」
集合の提案を聞いたマークが作業をしていた場所に踵を返した。大切な収入源なのでユウもケントも反対しない。特にユウは自分もよくやっていたことだ。
地面にしゃがんで手早く麻袋へ薬草を入れるマークを見ながらユウがケントに声をかける。
「ウォルトが慣れるまでこの状態が続きそうですね」
「少なくとも秋の間は」
頭数は揃っているが狩猟組の戦力に不安がある状態はしばらく続きそうだった。早急な対策がないだけにユウはもどかしく思う。ただ、その不安の中に自分も入って入るのは少し心苦しかった。
麻袋の口を閉じたマークが立ち上がる。それを合図にユウたちはウォルトたちの元へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます