降って湧いた機会
革のブーツを買ってからのユウの評価は表面上変化なかった。以前から悪臭玉を投げて混乱させてから棍棒で殴るという戦い方だったので、目立った変化ではなかったからだ。
しかし、ユウ自身はその違いを身にしみて感じていた。靴のことをまったく気にかけずに戦えるからである。不安要素が1つ減ることの素晴らしさを思い知った。
なので、ユウは機嫌良く獣の森で働けている。ウォルトもすっかりグループに馴染んだので問題はないはずだった。ところが、近頃ニックの様子がおかしいことに気付く。家にいるときは落ち着かなかったり考え込んだりしているのだ。
いつからこんな風になったのかとユウが思い返すと心当たりにぶつかる。前にテリーと飲みに行ったとき以来だ。
とある日の夕方、獣の森から戻ってからユウがマークに文字を教えていると、ニックが外に出て行くのを見かける。最初は気にならなかったが、夕食時になっても戻って来ないので首をかしげた。鍋を待っている間にアルフへ問いかける。
「外に出て行ったっきりニックが戻って来ていないけど、どこに行ったの?」
「テリーに会いに行くって聞いているよ」
「休息日でもないのに? 珍しいね。テリーとの予定が合わなかったのかな」
首をかしげているユウをよそに、ケントとウォルトが鍋を長机に置いた。いつもの香りが食欲をそそる。
疑問は一旦脇に置いて、ユウは木の皿にスープをよそった。獣との戦いこそなかったが1日のほとんどを立って過ごしたので腹ぺこなのである。
しばらくの間全員が食事に集中し、ある程度空腹を満たしたところで雑談が始まった。
最初に口を開いたのはマークである。
「最近ニックの様子がおかしくないですか? 何か悩んでいるみたいなんですけど」
「それは僕も思う。ため息はついていないから深刻な問題じゃないと思うんだけどね」
話に乗ってきたのはビリーだった。不思議そうに首を傾ける。それでもすぐに木の匙を動かし始めた。
鍋から自分の木の皿へスープを移したウォルトがマークに顔を向ける。
「仕事中に何か様子がおかしいことってなかったっすか?」
「どうだろう。薬草を採ってるからほとんど見ないけど、知る限りではいつも通りなんですよねぇ。ケントは何か知ってますか?」
「知らない」
いつもの調子でスープを食べていたケントは端的に返答した。隣ではチャドがひたすらスープを食べている。関心がないようだった。
木の皿のスープを食べきったパットが鍋のスープをよそいながらつぶやく。
「本人に聞くのが一番早いと思う」
「誰か聞いたことあるっすか?」
口の中の物を飲み込んだウォルトが仲間に聞いた。しかし、反応はない。再びマークへと顔を向ける。
「この後帰って来たらでもいいと思うんすけど、仕事先でなら休憩中にでも聞いたらどうっす? マークはニックとペアっしょ?」
「そうなんだけどね。ごく個人的なことっぽいから聞きづらいかなぁって思っちゃって」
尻切れとんぼなマークの回答を聞きながらウォルトは食事を続けていた。あまり興味がないのかそのまま顔を下けて木の皿に集中する。
こうして話題は別のものへと移っていき、ニックの話はそれきりとなった。
結局、ニックが戻って来たのは日が暮れてしばらくだった。
翌朝、二の刻の鐘が鳴っていつものように全員が起床した。一時期とは違ってまだ日の出前なので
春以来、各人の仕事の都合上、全員が一堂に会するのは朝食だけである。その後仕事に向けて少し慌ただしいことになるが、何かを知らせるのならばこの時しかない。
朝食が一段落した後、それまでいつも通りだったニックが表情を改める。
「みんな、ちょっと聞いてほしいことがあるんだ」
その一言で全員がニックへと注目した。そろそろ空が白み始めて室内が薄明るくなってくる。ケントが蝋燭へちらりと目を向けた。
仲間の視線を受けたニックが口を開く。
「昨日、テリーに会ってきた。それまでも何度か会っていたんだが、前から頼んでいた件がついに実現したからみんなに話すことにする。とある村で狩人を募集していてそれに応じることにしたんだ」
「ということは、狩人になれるのかい?」
「そうなんだ、アルフ。実は昨日その村の人とも会ってね。ぜひ来てほしいってさ」
「良かったじゃないか!」
話を聞いたアルフは手放しで喜んだ。何年も待っていたことを知っているだけに我が事のように受け止めている。
次いで反応したのはケントだ。落ち着いた様子で祝福する。
「おめでとう。やっとだな。結構待ったと記憶しているけど」
「ありがとう! そうなんだよ、一時は諦めかけたけど、我慢した甲斐があったよ」
「よかったじゃない! あたしも嬉しいわ! これで夢を掴めたってわけね!」
「そうなんだ。いや本当に嬉しいよ」
この中では付き合いの長い方であるエラも笑顔だった。
その様子を見ていたユウも笑顔になるが、ふと気になることを尋ねてみる。
「あれ、それじゃ今まで悩んでいたそぶりを見せていたのはなんだったの?」
「あれはだな。最初テリーから話があったときにあんまり期待するなって言われて不安だったんだよ。何しろこんな機会なんて滅多にないし、これでダメだったら次はいつになるか分からないだろう?」
「なんだ、それじゃ悩んでたんじゃなくて、不安に思っていただけだったんだ」
「おいおい、だけってことはないだろう。自分じゃどうにもならないのに待つしかないって心細いんだぞ」
傷付いたという表情を一瞬したニックだったがそれでも喜びが溢れてくるらしく、すぐに笑顔に戻った。
そのニックに対して、チャド、パット、マーク、ウォルトも次々に祝福する。パットなどは少し羨ましそうな表情を浮かべていたくらいだ。
最後にビリーが声をかける。
「それで、いつここを出ていくの?」
「次の休息日だ。ちょうど月末だっていうのと、冬になるまでに村に慣れてほしいから早く来てくれって言われてるんだ」
「三日後かぁ。結構急だね」
「まぁな。俺ももう少し余裕があると思ってたんだけど、相手の都合もあるしな」
難しい顔をしたニックが少し言いにくそうにした。半月くらいは余裕があると思っていたと漏らす。
「せめて世話になった人にだけでも挨拶に行きたいと思ってるんだが、この調子じゃなぁ」
「休息日の前日くらいなら抜けてもいいと思う」
「ケント、しかしそれじゃ」
「どうせ来月からはいないから、1日前倒しでいなくなっても同じだ。そこは遠慮しなくてもいい。またパットに入ってもらうことになるが」
「構わない。僕の役割は元々そういうものだから。できれば次の休息日に誰か連れてきてくれたなら文句はない」
ケントとパットの提案を聞いたニックは一瞬言葉を失った。静かに感動している。
「ありがとう。それじゃ休息日の前日から抜けさせてもらうよ」
「ところで、ニックの行く村ってどこにあるのよ?」
「トレジャー辺境伯領の北の端だって聞いてる。ここから境界の街道を北に向かうそうだ」
聞いたことを思い出すようにニックがエラに返答した。それを聞いたマークが呻く。
「うわ、町の入場料と渡し船の船賃がいるじゃないですか。あれ結構するんですよ」
「俺も知ってる。けど大丈夫だ。村の人が負担してくれるらしい。昨日会った人と一緒に行くから道中の旅費だけでいいそうだ」
「うわ、いいなぁ。関所と船場をタダで通れるなんて。よっぽど期待されてるんですね」
「みたいだな。しっかり応えないと」
羨ましそうに見られてニックははにかんだ。慣れていないのか弱っている。
今までひたすら食べていたウォルト一息ついたらしい。木の匙を木の皿に置くとニックに声をかける。
「思った以上にここって温かいっすね。もっとあっさりしたもんかと思ってました」
「そうらしいな。俺も知り合いから聞いたことがある。喧嘩別れも珍しくないって」
「そうなんすよ。入るときはいいんすけどねぇ。まぁでも、こーゆーのを見てると、オレも安心して働けるっす!」
「俺の代わりに頑張ってくれ」
「はは、まずはケントに認めてもらわないとダメっすね。結構厳しいんすよ、あの人」
「あー容赦ないところは確かにあるな。それも含めて頑張ってくれ」
「筋はいい。後は鍛えるだけ」
「うへぇ。仕事に差し支えない程度にお願いするっすよ」
横から口を挟んできたケントにウォルトは情けない声を上げた。それを見た全員が笑う。
「さて、それじゃそろそろ行こうか。仕事の時間だ」
話に区切りを付けたニックが立ち上がった。残り数日だけだが、それでも今はグループのまとめ役である。
その声を聞いた仲間はうなずいて立ち上がった。
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