ブーツを買おう!

 新人のウォルトを迎え入れて2週間が過ぎた。採取組としてグループに入っているが、面倒を見ているビリーによると筋は悪くないという。ただ、雑な部分があるのでそこさえ直せば1人で作業できる日も近いとのことだ。


 ペアを組んでいるユウから見てもウォルトは当たりの人物だと感じている。自分のやり方を既に身に付けているが、教えられたことには素直に従う性格は得がたいものだ。戦い方に関してはケントが面倒を見ているが筋は良いらしい。


 ようやく安心して仕事に集中できると喜んだユウは、休息日に道具屋『小さな良心』へと向かった。先日ニックから受けた助言に従ったのだ。


 市場の東部側中央近くにあるかなり傷んだ木造の家屋にユウは入る。


「こんにちは」


「おや、松明たいまつの油は前に買ったはずだよね」


 小間物のような品物が積み上げられた狭い店内の奥からジェナのしゃがれた声が聞こえた。しわくちゃな顔をユウへと向ける。


 店内を見回したユウは近くに目当ての品物がないことを確認した。その上でジェナの座るカウンターに近寄る。


「今日はブーツを買いに来たんです。この前狩猟組に移ったんですけど、動きやすい方が絶対にいいってニックに勧められて」


「そりゃ結構なことだね。けど、ウチは靴屋じゃないよ?」


「知ってます。でも、ニックに買うならここがいいって聞いたんです」


 聞いたことをすべて言わずにユウは口を止めた。何をどこまで言って良いのかわからないので差し障りのないところまで話す。必要に応じて情報を小出しにするのだ。商店で雇用主から学んだことである。


 一方、ジェナはじっとユウを見つめた。特に表情を変えることなく黙っている。しばらくそのままだったが小さく息を吐いた。それから肩眉を上げる。


「ああそういや、お前さんは町の中の商店で働いてたんだっけねぇ」


「品物の管理をしていただけですよ」


「はっ、ただの倉庫番って言いたいのかい? 仕入れも任されてたんだろう?」


「任され始めたところで解雇されましたけど」


「なるほどねぇ、それで中途半端に商売人らしいのかい。で、そのニックからは他に何か聞いたんだろう?」


 再びジェナがユウをじっと見つめた。今度は目を細めている。


 雲行きが怪しくなってきたことを知ったユウは迷った。少しの間だけ黙った後、ため息をつく。


「あー、1足買ったら靴屋を紹介してくれるとは聞きました」


「あいつ余計なことを言いやがったね。商売の醍醐味が台無しじゃないか」


「醍醐味って何ですか?」


「駆け引きさ。どれだけうまく交渉できるかがあたしらの腕の見せどころだからね。失敗したときは悔しいが、成功したときはそりゃ嬉しいもんよ。それを取り上げられるなんて、あたしゃ面白くないねぇ」


 憮然とした表情のジェナが言い放った。顔を少し強ばらせる。


 初手を誤ったこと悟ったユウは顔をしかめた。軽い気持ちで声をかけたが、ジェナの大切な信条を損ねてしまったようである。


 口がうまければここから挽回できるのかもしれないが、ユウの舌はそこまで滑らかではない。素直に謝罪する。


「ごめんなさい。そこまで考えていませんでした。ただ、前に誰も彼もが武具ばっかりを買いたがってこっちには見向きもしないってジェナさんが言ってたから、ここで買えるなら買っておこうかなって思ったのも確かなんですよ」


「はっ、律儀なこったね。それで武具を買った残りの金で何か買おうってわけなのかい」


「武具はまだ買ってませんよ。しばらく買う予定もないですし」


「なんだって?」


 珍しい話を聞いたジェナは目を剥いた。どういうことなのかとユウにせっつく。


 話を求められたユウは、ニックから聞いた道具も大切だという話とホレスから聞いた身の丈に合った武具を買えという話を伝えた。


 すべてを聞き終えたジェナは顔をしかめる。


「あの2人からそんな話を聞いていたとはねぇ」


「僕自身、まだ冒険者になるとは決めかねているところがあるんで、武具よりも身の回りの道具の方がいいっていうのもあります」


「なんだそうだったのかい。だったら確かに武具よりも靴だねぇ。ああわかったよ。だったら売ってやろうじゃないか」


 ため息をついたジェナは椅子から立ち上がるとカウンターの奥にある部屋に姿を消した。待っていると3足の革のブーツを手に戻って来てカウンターに置く。


「1回履いてみて、どれが一番足に合うか確認しな」


「はい。それじゃ」


 勧められたユウは一番小さい革のブーツを履いてみた。足がきつい。次に一番大きな革のブーツを履いてみた。楽ではあるが余裕がありすぎる。最後に真ん中の革のブーツを履いてみた。ちょうど良い。


 3足をカウンターに戻したユウが報告する。


「この真ん中のブーツが一番しっくりときました」


「ならそれにしておきな。銅貨12枚さね」


「ええ? これですか?」


 他の2足がジェナによって持ち去られる間、ユウは残った革のブーツをじっと見つめた。小間物を扱っていた経験から、質はあまり良くないことがすぐにわかる。


 ニックは話の持って行き方次第でいい物を出してくれるかもしれないと言っていた。うまくやれと激励されたということは、失敗すると駄目な物を掴まされるという裏返しだったのかもしれないと今になって思う。


 奥からジェナが戻って来た。固まっているユウに眉をひそめる。


「お前さんも商売人の端くれだったんだ。このブーツの質が悪いことはすぐにわかったろう。けどね、これは何もさっきの意趣返しのために意地悪をしてるんじゃないんだよ。お前さんのためさね」


「僕のため? どういうことです?」


「まずはこのブーツを使い潰すんだよ。そのくらい使えば、次にどんなブーツがほしいか自分の意見が出てくる。今みたいに他人の意見じゃなく自分の考えがね。それまではそれなりの物を使っておくのがいいのさ」


「なるほど」


「それともう1つ。お前さんはまだ子供だ。恐らくこれからも体は大きくなるだろうね。だから、体の成長に合わせてブーツの大きさを変えなきゃいけなくなる。そのためにも、今は短期間だけ使うつもりで買いな。これは他のすべての道具や武具も同じだよ」


 予想以上に親身になって考えてくれていたことにユウは呆然とした。どれも考えもしなかったことばかりである。そして、知っておかなければならないことばかりだ。


 口を半開きにして自分を見るユウにジェナは渋い顔をする。


「ほら、早く金を出しな。銅貨12枚だよ」


「あ、はい。ちょっと待ってください」


「ならこれもついでに言っておいてやろうかね。ブーツでこの有様ってことは、他にも必要な物をこれから買うんだろう? だったらいずれもそこそこの物を買っておきな。少なくとも、一通り揃えるまではその方が堅実だよ」


「はい。あ、これお金です」


「確かにあるね。最後にもう1つ言っておいてやろう。一点豪華主義でいい物を買うときは気を付けな。それ以外の部分が疎かになってそこから破綻しやすいからね。あと、持ち物の質を上げるときはその順番なんかもよく考えるんだよ」


 カウンターに置かれた銅貨を数え終わったジェナがにやりと笑った。悪巧みを考えている顔にしか見えない。


 改めて革のブーツに履き替えたユウは今まで履いていた古い革の靴を手に立ち上がる。


「たくさん教えてもらってありがとうございます」


「いいんだよ。珍しく武具よりも道具を優先する子が来たんだ。優しくしておかないとねぇ? ひひひ」


「なるほど、道具を買うときはここで買えばいいわけですね」


「そういうことさ。ここにゃ上品質な物は確かにないけどね、そこそこの物なら何でもある。それを使って成長していきな」


「上質な物がほしくなったら他に行けということですか」


「金払いが良けりゃ、紹介してやらんこともないけどね。靴みたいにさ」


 言い終わるとジェナは面白そうに笑った。そして、思い出したようにユウへと問いかける。


「その靴は買い取らなくてもいいのかい?」


「手元に残しておけってニックに言われたんです。ブーツが破れたときに裸足で歩きたくないならって」


「いい判断だね」


「僕もそう思います。それじゃ、また来ますね」


「ああ、待っとるよ」


 買ったばかりの革のブーツを履いたユウはジェナの店を出た。


 単に靴を買い換えるだけだったはずが、思った以上に色々なことを教えてもらったことに気付く。出費はなかなか手痛いが、ジェナの助言を活かせるのなら安い授業料とも言える。何にせよ、すべては自分次第だ。


 日が高いことからまだ五の刻の鐘は鳴っていないとユウは推測する。まだ時間があるのならこのまま境界の川へ向かって靴を洗うことを思い付いた。そのついでに水浴びもすれば尚良い。


 これからの方針が決まったユウは一路北に向かった。

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