先輩からの助言

 グループの採取組であっても獣に襲撃されたら危険だとわかってから、ユウは戦えるように自分を鍛えていた。最初は体を鍛えるところから始め、今では1年以上続けている。


 もちろん体を鍛えることで身体能力を底上げすれば素早く動けるようになるが、上手に体を動かせたなら更に効果的なのは明らかだ。そこで、今年からニックに戦い方を教えてもらっている。対獣、対人、素手、ナイフ、棍棒、あと興味があったので弓もだ。


 次第に真夏の暑さから残暑へと移るとある日にも、家の前でユウはニックに教えてもらっていた。そして、六の刻の鐘が鳴ると動かしていた体を止める。


「ここまでだな」


「ありがとうございます。やっぱり簡単にはいかないなぁ」


「そりゃそうだ。教えてすぐに使いこなされたら俺の立場がないだろう」


「確かにそうですね。明日からこれを繰り返し練習しなきゃ」


「ユウ、この手ほどきだけどな、今日で終わりにする」


「え、どうしてですか?」


 明日からの訓練の予定を考えていたユウが目を見開いた。いずれそのときが来るにしても、まだずっと先の話だと思っていたからだ。


 意外そうな目を向けてくるユウに対してニックが肩をすくめる。


「もう教えることがないんだよ。本当は長くても半年くらいのつもりだったが、さすがに9ヵ月もやってるとネタ切れになる」


「あーそうですかぁ」


「後は繰り返し練習をして身に付けてくれ。実際に使ってみるのが一番だが」


「獣はともかく、人には嫌だなぁ」


「俺たちみたいなのは常に危険と隣り合わせだからな。そうも言ってられないさ」


「でも、弓だけは練習できないですね。僕は持ってないですし」


「あれはおまけだよ。本当は自分の武器を他人に触らせるのは好きじゃないんだ。これは誰にだって言えることだからな。注意しておけよ」


「わかりました。今までありがとうございます」


 教えてくれたことに対してユウはニックに礼を述べた。特に春以降役に立つ場面もあったので感謝の念は強い。


 袖で汗を拭いながらユウはこれからのことを考える。ニックに教えてもらったことを今後も練習していくとして、他にも学ぶことはあるはずだ。では、どこから何を学べば良いのか。多すぎて困る点ではあるものの、ぱっと思い付くものは1つある。


「そろそろ冒険者ギルドの戦闘講習を受けるべきなのかなぁ」


「あーそれなぁ。本当なら勧めるべきなんだろうが、ユウの場合はちょっとなぁ」


「え、どういうことです?」


「いや、お前の武器って棍棒だろう。それだとあんまり意味がない。というか、あっちも困るんじゃないかな。せめて棒だったら棒術ってのはあるが、棍棒術はさすがに」


「あれ? 戦闘講習なんですよね? 確かに武器も重要だとは思いますけど、戦うことについて教えてくれるんじゃないんですか?」


「まったくその通りなんだけどな、実情はちょっと違うんだ。戦い方を教えてくれるのは間違いないんだが、実際には武器の使い方を教えてくれるんだよ」


 難しい顔をしつつも苦笑いをするニックが歯切れ悪く説明した。意外そうな顔をするユウに対して更に話す。


「受講者の希望する武器の使い方とその戦い方を教えるっていうのが正確かな。自前の武器を持ち込むこともできるんだ」


「なるほど。それはいい講習そうですね。ただそうなると、棍棒だと」


「俺なんて弓を持ち込んだら教えられないって言われて文句を言ったな。そのときは担当の人を替えてもらったけど」


「そんなこともしてもらえるんですね」


「カネを払ってるからな。それに教えてもらえないと困るのは俺なんだから必死さ」


「確かに」


「ともかく、正直なところ、棍棒ならこれまで俺が教えたことで充分だと思う。1回受講するのに銅貨3枚かかるんだ。そこまでして棍棒の扱い方を学ぶ必要はないと思うな」


「それじゃ受講するのは新しい武器を買ってからの方がいいわけですね」


「だな。受講する奴はみんなそうしてる。大抵はカネがなくて受講できずに我流になっちまうが」


「でも、今の僕だと棍棒を使って戦うのに慣れちゃってるんですよね。このまま薬草採取を続けるのなら充分ってところが何とも」


 最近は将来のことも考えながらどう戦うべきか考えているユウは首をかしげた。現状が安定するほど未来に対する変化に手を出しづらくなる。その点が悩ましかった。


 悩むユウに対してニックが気軽に答える。


「ユウの場合は急ぐ必要ないと思う。お前は自分で考えて動けるから、必要になったときに受講しても遅くないさ。それよりも、他のことにも目を向けたらどうだ?」


「他のこと? 何かあります?」


「武具以外にも色々と道具を使っているだろ。その辺でカネをかけたらもっと良くなるものもあるんじゃないか?」


「でもいきなり言われてもぱっとは思い付かないですね」


「例えば、そうだな、今のユウに一番必要なのはブーツだな。ただの靴だと森の中じゃ脱げそうになることもあるが、ブーツだとそれがない。だから安心して脚を動かせる。これはでかい。今後狩猟組としてやっていくには必須だな。武器より大切だぞ」


「ブーツですか、なるほど」


 新しい視点を与えられたユウは感心した。言われてみればその通りで、確かに前から動きにくいと思うときがあったのだ。しかし、靴とはこんなものと思い込んでそれ以上は考えなかったのである。盲点だった。


 両手を腰に当てたニックが更に話す。


「俺もそうだが、ケントも革のブーツを履いているだろう。これは動きやすさを考えてのことなんだ。武器を急いで買う必要がないなら、まずはこっちからにしたらどうだ?」


「いいですね。今履いている靴を下取りしたら少し安くなりますしね」


「1足くらいは予備で持っておいた方がいいぞ。ブーツが破れたときに裸足になっちまう。元が裸足だったから平気だっていうんなら別だが」


「あー、そっか。それじゃ残しておこうかな」


「他にも、ここに来たときに貸してもらった備品も買い揃えておかないと出ていくときに困るぞ。巾着袋、虫除けの水薬の小瓶、水袋、悪臭玉や縄もかな」


「ビリーからあげるって言われたから、てっきり自分のものになったとばかり思ってましたよ!」


「はは、危ないなぁ。でも、今気付いて良かったじゃないか。どんな形でここを旅立つにせよ、必要な道具は自分で揃えておくんだぞ」


「はい」


 指摘されてユウは大きく口を開けた。考えてみれば当たり前の話で、いくら安いとは言っても無料ではない。それを新人が来る度に与えていたら生活費がいくらあっても足りないだろう。先日ウォルトに与えられていた道具も使い古したものだった。


 ある意味武器よりも重要な話を聞いたユウの顔が引き締まる。知っていると知らないとでは準備の質に大きな差が出るのは間違いない。


 真剣な表情をするユウを眺めながらニックがわずかに寂しそうな顔をする。


「この辺りの話をもっとダニーにもしておくべきだったんだろうがなぁ。あいつ剣1本で出て行きやがった。夢を追いかけるのは大切なんだが、準備不足が過ぎると命取りになりかねないのにな」


「あ」


「まぁ案外うまくやっていくかもしれないけどな。ただ、お前はできるだけ足場を固めておけよ。武具だけじゃなくて道具にも気を遣え。それができていたら、何も考えずに目の前の幸運を掴んでも大抵はどうにかなる」


「はい。今度ジェナさんのところに行って見てきます」


「あそこな。話の持って行き方次第でいい物を出してくれることがあるから、うまくやれよ。あと、最初のブーツはあそこで買うといい」


「え、靴屋じゃないんですか?」


「靴屋にもピンからキリまであるだろう。そのいいところを紹介してもらうためさ。それに、あの婆さんの口利きがあると靴屋で話を通しやすいんだ」


「へぇ、知らなかったです」


 意外な情報を教えてもらったユウは目を丸くした。その様子を見てニックがにやりと笑う。


 家の前の路地で話し込んでいた2人は声をかけられた。そちらへと顔を向けるとテリーが手を上げて近づいてくる。


「外で話をしてるなんて珍しいね」


「テリーか。さっきまでユウを仕込んでたんだよ」


「へぇ、そうだったんだ。ところで、これから飲みにいかないか? 例の件でちょっと会わせたい人がいるんだ」


「マジか! よしわかった、行くよ。ユウ、晩飯はいらないってみんなに伝えておいてくれないか」


「あ、うん、わかったよ」


「それじゃいこうか、テリー」


「ユウ、また今度ね」


 いきなりやって来たかと思うとニックを連れて去ったテリーをユウは呆然と見送った。例の件が何であるかにせよ、ニックの様子からすれば良い話なのはわかる。


 しばらく2人が去った路地の先を見ていたユウは、首をかしげながらも家の中に入って扉を閉めた。

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