幸運は待ってくれない
降臨祭が終わると本格的に夏となる。この時期だけは青空が広がるので強い日差しを遮るものがない。慣れない暑さにアドヴェントの人々の顔には倦怠感が浮かぶ。
獣の森で仕事をしている薬草採取のグループは日差しこそ森の枝葉で防げるが、代わりにむせ返るような湿気で滝のような汗を流した。冬よりも夏を嫌う作業者が多い理由の1つである。
そんな中、ユウたちのグループでは1人ダニーがやたらと機嫌が良かった。降臨祭が終わった後すぐにパットと交代で復帰すると嬉々として働く。
採取組に戻ってダニーとペアに戻ったユウもその喜びは強く感じているが、浮かれているようにも見えた。しかし、以前よりも狩猟組としての仕事をきちんとこなすようになったので表立っては何も言えない。
今も襲ってきた野犬を撃退したところだった。剣を鞘に収めたダニーが木から降りてきたユウに声をかける。
「終わったぜ。もう大丈夫だ」
「他のみんなはどうかな?」
「獣の声はしねぇから平気だろ。ほら、来た来た。おーい!」
草木の陰からニックとケントを先頭にビリーとマークが姿を現した。全員が合流すると各自の状況を連絡し合う。全員無事だった。
問題ないことがわかるとニックが肩の力を抜く。
「それじゃ次の採取場所に行こうか。それにしても、最近調子がいいみたいじゃないか、ダニー」
「俺もそう思う。一皮むけた感じだ」
「へへ、やっぱりそう思うか? 実はオレもそう感じてるんだ。前よりも体が動くようになった感じなんだよな。これだったら前みたいに虎に遅れは取らないぜ」
珍しくニックとケントから褒められたダニーは嬉しそうに答えた。2人の評価にビリーとマークもうなずいている。
そうして夏の前半のユウたちは調子良く仕事ができた。狩猟組はニックの遠距離攻撃にケントとダニーの近接攻撃と組み合わせが良く、採取組は作業に慣れた3人が薬草を大量に採取する。後から振り返れば、ユウにとってこのときがグループとして最盛期だった。
8月も後半に入った。夏真っ盛りでひたすら暑い。この時季の境界の川は涼を求める貧民の姿をよく見かける。
その中にユウもいた。ビリーが勉強会を抜けてからマークに文字と算術を教えているが、休息日は午前中いっぱい教えている。そして、午後はもっぱら境界の川で服ごと入って涼んでいた。
五の刻の鐘が鳴ると川から上がって一旦脱いだ服を搾り、また着て自分の体ごと日干しにする。服が早く乾くのでそよ風であっても大歓迎だ。
仲間に顔をしかめられない程度に服が乾くとユウは家路につく。帰宅後は夕食までのんびりと雑談だ。
その間に1人、また1人と外出していた仲間が戻ってくる。夕食までにエラとダニー以外が揃った。
先程帰って来たばかりのビリーが長机の周囲に頭を巡らせてから口を開く。
「エラはともかく、ダニーもいないんだ。まだ友達と遊んでるのかな」
「みたいだね。降臨祭以降だと晩ご飯までに戻って来てるから、もうすぐなんじゃないかな」
対して気にしていない様子のアルフが台所から答えた。チャドと鍋の様子を見ている。最近のダニーは調子が良い上に問題も起こしていないので誰も心配していなかった。
そろそろ鍋の中が煮立ってきたという頃に、ダニーが室内に入ってくる。その様子はいつになく機嫌が良い。
「帰って来たぜ! くくく」
「おかえり。えらく嬉しそうじゃないか。何かいいことがあったのかい?」
「へへ、よくぞ聞いてくれました! 実はオレ、冒険者パーティに入れてもらえることになったんだよ!」
「ええっ!?」
鼻息荒く告げたダニーにアルフは目を見開いた。他の仲間も同様で呆然としている。
そんな周囲の様子を見てますます機嫌を良くしたダニーは胸を反らした。そして、嬉しそうにしゃべる。
「降臨祭のときにダチの知り合い繋がりで冒険者の人と酒場で飲み食いしたって話したろ? あの人の冒険者パーティのところへ荷物持ちとして入れてもらえることになったんだ。まさかこんなに早く約束が実現するとは思わなかったぜ」
「約束っていうのは一体?」
「前にダチが入れてもらったときに羨ましがったら、次はオレを入れてくれるって約束してもらったんだよ。来年辺りかなぁなんて思ってたけどよ、意外に早くてツイてるぜ」
かろうじて質問したアルフにダニーは陽気に返答した。そこへチャドが首をかしげて疑問の形で告げる。
「ダニー、おめでとう?」
「おう、ありがとな! っつーか、なんで疑問形なんだよ?」
「それよりダニー、降臨祭からまだ1月半くらいしか経ってないが、そのパーティはまた荷物持ちを雇うのか?」
「元々荷物持ちは2人雇ってるらしいんだ。ダチんときは1人抜けるからその代わりに入って、オレんときは怪我で動けなくなったからその代わりだって聞いてるぜ」
心配した様子のニックに何の疑問もないという態度のダニーが説明した。それを聞いていたケントがわずかに眉を寄せる。
「冒険者パーティも6人の制限があったはず。荷物持ちが2人もいると戦える人数が4人に減る。それでやっていけるのか?」
「やっていけるんだな、それが! もう何年も活動してるんだぜ、その人ら!」
返答に納得しきれていないケントがニックに顔を向けた。しかし、ニックは首を横に振る。代わりにアルフが理解したかのようにうなずいた。そのままつぶやくように口を開く。
「夜明けの森で薬草採取をしてるのかもしれないね。そういう冒険者パーティがいるって聞いたことがあるよ」
「さっすがアルフ! 知ってたんだ! そうそう、それなんだよ! 今度オレが入るパーティはかなり手慣れたパーティなんだぜ! ちなみに、オレが入れてもらえたのは、薬草を採るんならかなり慣れてるって売り込んだからでもあるんだ」
「ダニーがかい?」
今度はアルフがビリーに顔を向けた。無言で尋ねられたビリーが困惑する。
「そりゃまぁ何年もやってるって意味では慣れてるけど、ちょっと雑っぽいところがあるから得意って売り込むのはどうかなぁ」
「細けぇこというなよ、ビリー! お前に比べたらみんな雑になっちまうだろ。それに、こーゆーのはその場の勢いってのがあるからな。言ったもん勝ちなのさ」
「まぁそれでうまくいくんならいいけど」
得意そうに反論するダニーの勢いに押されたビリーが黙った。
それらの様子を見ていたユウが次いで問いかける。
「ダニーってまだ防具は買えてないよね。さすがに剣1本じゃ危なくない? たぶんみんなそこを一番心配していると思うんだけど」
「あーそれを言われるとちょっと弱いんだよなぁ。オレも一応気にしてるんだぜ? ただよ、ダチにパーティ入ってからの稼ぎを聞かせてもらったんだ。すると、いくらだと思う? 鉄貨70枚から80枚らしいんだぜ!?」
「え、そんなに?」
「そーなんだよ! しかも1日平均にしてだ。報酬額が一段低い荷物持ちでこれさ。だったら、一気にガッて稼いで防具を買った方がいいだろ?」
頭の中でユウは素早く暗算した。グループの報酬額が鉄貨15枚なので大体5倍の収入になる。しかし、生活費を自分で支払うとなると単純に期間が5分の1にはならない。
ただ、問題なのはその間の危険性だ。ユウの経験では、獣の襲撃直後は狩猟組と採取組のどちらも等しく危険である。夜明けの森でもこの考え方は同じに思えた。現にダニーの前任者は負傷してパーティから離れている。
思い切って言ってしまおうかとユウは一瞬思った。しかし、幸運は都合良くやって来ない。準備不足のまま飛び込むことが大抵だ。商店で働いていたときにも何度かあった。それならば、ここは素直にダニーの幸運を喜ぶべきなのかもしれない。
何と言い返そうかユウが悩んでいると、脇からパットが小さな声で祝福する。
「おめでとう。ダニーは夢を掴んだんだ。いいことだと思う」
「だろ! みんなももっと祝ってくれていいんだぜ!」
「僕もいいことだと思う。多少の準備不足は後で何とかすればいいと思うんだ。完璧に用意できても幸運が逃げた後じゃ遅いからね」
「そーなんだよ、さすがマークわかってんじゃねぇか!」
ようやく賛同してくれる仲間が現れてダニーがはしゃいだ。これを機に疑問を投げかける言葉はなくなり、誰もが祝うようになる。
冒険者パーティへとダニーが移るのは来月からとのことなので、月末までグループで働くことになった。そして、ニックとアルフは欠員を埋めるべく動く。
獣の森で仕事をしている間、ユウはダニーから今後の夢について色々と聞いた。余程嬉しいらしく語る言葉が尽きない。
そうして8月最終日、ダニーは笑顔でユウたちの元を去った。見ていて羨ましくなるくらい喜んだままである。
あんな風に自分も旅立てたらいいなとユウは思った。
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