祭事での幸運
降臨祭当日の夕食時は、何人か欠けた状態で食事をすることになった。エラは泥酔亭で働いているので仕方ないとして、この日はニックとダニーとビリーも姿を見せないままだ。
夕食も後半になって雑談が進むとそのことが話題に上がった。
最初はアルフがのんきに口にする。
「エラとニックはともかく、ダニーとビリーが食べに戻って来ないのは珍しいね」
「ニックはまだ酒場ですかね?」
「たぶんね。こういうときでないと思いきり飲めないから羽目を外しているんだろう。明日の仕事に影響がないのなら好きにさせておけばいいんじゃないかな」
木の匙で木の皿の中身をかき回すマークにアルフが答えた。行き先が酒場だけに帰りが遅くなることは不思議ではない。
木の皿を空にしたパットが次いで首をかしげる。
「でも、ダニーとビリーはどうして戻って来ない? どこに行ったんだっけ?」
「ビリーは薬師の集まりのはずだよ。去年も行ってたし、今年も行くって聞いたから間違いないと思うな」
「去年もこんなに遅かった?」
「夕食を一緒に食べた記憶があるから、去年はもっと早く帰って来ていたはず」
嬉しそうに話してくれたビリーの顔を思い出しながらユウはパットに答えた。そして、2人して首をかしげる。遅くなる理由がまったくわからない。
ようやく食事が一息ついたチャドが更に疑問を口にする。
「ダニーが遅いのも珍しい。ご飯のときに帰ってこないなんて初めて」
「そういえばそうだね。俺も記憶にない。どこかで変なことに巻き込まれてなければいいんだけど」
若干心配そうにアルフが眉をひそめた。何年も住む慣れた貧民街だが、それでも犯罪に巻き込まれる可能性はある。油断はできない。
みんなが不安な顔つきになろうとしたとき、家の扉が開いた。入ってきたのはビリーである。非常に機嫌が良い。
「ただいまー! いやぁ、つい話し込んじゃってさぁ、遅くなっちゃった」
「おかえり。まだ明るいから構わないけど、ずっと薬師の集まりっていうところにいたのかい?」
「六の刻の鐘が鳴った辺りまではね。それからは、1人の薬師と話し込んでいたんだ」
アルフの質問に答えながら、ビリーは手に抱え込んだ荷物を薬草の瓶などがある場所に置きに行った。そして、すぐに戻って来て丸椅子に座る。
「夜明けの森の薬草について調べに来た人でね、随分と博識な人なんだ。若いときに都会で修行して、更に各地を巡って薬草や毒草のことを調べてるんだって。さすがにいろんなところに行ってるだけあって話題が豊富でさ、いくら聞いても飽きないんだよ。やっぱりああいうのは憧れるよね。僕もいつかはああなりたいと思ってるけど、実際にそんな人に会ったら興奮するよ」
「薬草の話をしてて調子に乗ったときと似てるなぁ」
1人ひたすらしゃべるビリーに対して、マークが半ば呆然としながらつぶやいた。それを耳にしたユウがうなずく。最初の頃はそれで横道に逸れた話を元に戻すのに苦労したものだ。
最初に立ち直ったアルフがビリーに話しかける。
「話を聞いていると、その薬師の人と話して遅くなったのかい?」
「そうなんだ。お腹が空いている暇もなかったくらいだよ」
「まだ何も食べてないわけだ。それじゃスープは食べるんだね」
「もちろん! お腹がぺこぺこなんだ! あ、まだ残ってるね!」
立ち上がったビリーは嬉しそうに木の皿にスープをよそった。そして、何口か食べた後にまた話し始める。
「そうそう、その人しばらくここに滞在するそうなんだ。半年くらいって言ってたかな。それでね、手伝ってくれる人を探してるそうなんだよ」
「夜明けの森に1人で入るのは危険だもんね。冒険者パーティでも雇うのかな」
楽しそうに話すビリーに対してユウは思い付いたことを口にした。すると、ビリーが首を横に振る。
「森の中については確かにそうなんだけど、その人が言ってる手伝いの人ってのは別なんだ。言ってみれば助手みたいなものかな。そういう人がほしいんだって」
「だったら、今日の薬師の集まりで声をかければ良かったんじゃないの?」
「もちろんそうしたよ。僕にね」
「え?」
口をもごもごと動かしながらビリーがにやりと笑うのをユウは呆然と見た。理解するまでしばらくかかる。そして、ようやくビリーの言葉を認めると目を見開いた。
ユウは思わず叫ぶ。
「えっ、本当に!?」
「ああ本当さ。知識が豊富で文字も読める僕みたいなのは辺境だと珍しいんだって。しかもまだ子供ってことでまた驚いてたよ」
「ということは、ここを出ていって」
「さすがにそこまでじゃないよ。でも、相手の感触は良かったから、うまくいけば弟子入りできるかもしれない」
周りで話を聞いていた仲間もみんな一様に驚いていた。
その様子を見てビリーは更にしゃべる。
「こんな幸運は滅多にないからね。この誘いには飛びついたよ。やっと僕にも運が向いてきたんだ」
「それでビリー、その人の助手っていうのはどの程度するんだい?」
「しばらくは週に1度だって聞いてる。僕の休息日に合わせてもらったから、グループの調整は必要ないよ、アルフ」
「それを聞いて安心したよ。でも、うまくいけば近い将来に調整が必要なわけか。いい話なんだけど、なかなか難しいね」
複雑な表情を浮かべるアルフにビリーは肩をすくめてみせた。わずかな幸運をすぐにつかみ取る瞬発力は大切なのだ。
2人のやり取りを見ていたユウは気になる点があったのでビリーに尋ねてみる。
「休息日に薬師の人を手伝うって言ってたけど、それは丸1日なの? 朝から勉強会があるけどあれはどうするのかな?」
「それちょっと迷ったんだけどね、僕は勉強会から抜けることにしたよ。休息日の朝に薬草や薬のことをユウに教えていたけど、それができそうにないから」
「ということは、夕方のやつもってこと?」
「うん。突然で悪いけどね」
「いいよ。今までありがとう。かなり勉強になったよ」
残念な表情を浮かべつつもユウはビリーに礼を述べた。元々忙しくなったら終わる予定だったので、そのときが来たと思って納得する。今後はマークと2人で勉強会だ。
こうしてビリーの話でユウたちは盛り上がる。七の刻の鐘が鳴った後にニックとエラも帰ってきて騒ぎが大きくなった。明るい話はいつもみんなを喜ばせるものなのだ。
もうそろそろ日が沈み眠らないといけないという頃になって、ダニーがまだ帰って来ていないことをに全員が気付く。友人と会っているにしろ、いくら何でも遅すぎた。
不安になったニックとアレフが探しに行こうか迷い始めたとき、扉が勢いよく開く。そして、ダニーが姿を見せた。その顔は非常に機嫌が良い。
「今帰った! いやぁ、まさかこんな遅くなるとは思わなかったぜ!」
「ダニー、あんたどこに行ってたのよ?」
不機嫌そうな顔のエラがやや詰問調で尋ねた。ところが、ダニーはそのエラの表情には気付かないまま楽しそうにしゃべる。
「最初はダチと一緒に遊んでたんだけどよ、六の刻の鐘が鳴る前にダチと知り合いの冒険者とばったり出くわしちまったんだ。それで色々と話をして、一緒に酒場に行かねぇかって話になって、今まで一緒にメシを食ってたんだ」
「日が沈むまでに戻って来たからいいけど、それにしても七の刻の鐘が過ぎるっていうのは感心しないなぁ」
「悪かったってアルフ。けど、どうせこんなことって祭のときだけなんだし許してくれよ。普通の日だったらそもそもできねぇだろう」
「まぁ羽目を外してもいい日だしねぇ」
微妙な表情をしたアルフがうなった。少年とはいってもダニーはもうほとんど子供ではないだけに怒りにくい。
今度は1人上機嫌なダニーに近づいたチャドが鼻をひくつかせながら眉をひそめる。
「ダニー、もしかしてお酒を飲んだ?」
「1杯だけな。どーしても断り切れなくてよ。後は家にある薄いやつとおんなじやつばっかりだぜ。オレだって明日の仕事は気にしてるんだからな」
「それじゃ、いつもより明るいのはお酒のせい?」
「みんなと楽しく飲み食いしてたってのもあるぞ。何しろオレのダチ、その冒険者のパーティに荷物持ちとして入ることになったしな」
話を聞いていた仲間全員が驚いた。
思わずニックが問い返す。
「お前と同年代なんだろう? 武具は揃っているのか?」
「この前やっと剣を買ったって言ってたな。でも荷物持ちだぜ? 戦力扱いされてないんだからいいんじゃねぇ? むしろ早くパーティに馴染めるからアリだと思うんだが」
羨ましそうに答えるダニーを見てニックが困惑した。最終的に当人が決めることなので口出しできないが、端から見ると不安になる。しかし、せっかくの人の幸福にけちを付けるのもやりづらい。
1人浮かれるダニーを見て、ユウも何となく不安を感じた。
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