基準の違い

 相変わらず暗い曇天模様の空だが、ユウたちのグループの心は晴れやかだった。無実を証明して濡れ衣を返上できたからである。


 獣の森の中、昼食中の一行は雑談にふけった。話題は先日の解体場の倉庫の件だ。


 その場にいたビリーが当時のことを語る。


「普通なら僕たちみたいな貧民の話なんて代行役人が聞くことなんてないし、相手は紹介状持ちだからああなったらもう罰せられるの待つだけじゃない。でも、そこでユウが待ったをかけたんだよ。いつも通りの調子で質問するようにね」


「そうそう。あのときは俺もダメかと思ったよ。話には聞いたことがあるけど、あんな一方的に決めつけられるなんてね。あの状況から覆るとは思わなかったな」


 干し肉を噛みながらニックも後に続いた。倉庫に一晩泊まったときのことも話す。


 それを聞く他の仲間の態度は様々だ。ケントはいつも通りで、マークは熱心に聞き、ユウは居心地悪そうにしている。そして、ダニーの態度は微妙だった。嫌というわけではないのだが、気が進まないという様子である。


 各人の態度については誰も気にしなかった。雑談の内容に興味があるかないかは人それぞれだからである。みんな気になる内容にだけ食いつけば良いのだ。


 昼休みが終わると再び作業に戻る。ペア単位で担当の場所に散って薬草採取が始まった。


 湿気の強い森の中でユウも薬草を採っている。今日は調子良く採れるので機嫌が良い。


 そんなユウに対して背中を向けたままのダニーが話しかけてくる。


「ユウ。ちょっといいか?」


「なに?」


「前にこの森の中で襲われたことがあったろ。あんとき、お前がオレの立場だったらどうしてた?」


 突然振られた話題に困惑したユウは手を止めてダニーへと顔を向けた。こちらを向いていないのでその顔は見えない。


「どうするって言われても、たぶんじっと待ってたんじゃないかなぁ」


「なんでだ? 相手がわりぃのにか?」


「相手が悪いとは僕も思うけど、ニックが何も言ってなかったし。元々戦うことは好きじゃないしね」


「ああ、そうだったな。やっぱテリーのときとは違うのかなぁ」


「状況の違いじゃないの? この前のときは抜いたらまずくて、去年のときは抜いた方がいいって」


「状況ってなんだよ?」


「そんなのわからないよ。判断するのは僕じゃなくて、ニックやテリーだもの。そういうことは教えてもらったことはないの?」


 作業を再開したユウはダニーの返答を待った。実のところ、ユウ自身は待つのが正しかったと思っている。理由はケントが剣を抜いていなかったからだ。自分よりも経験が豊富な人物が2人とも剣を抜いていないのならば、それは抜かないのが正解というわけである。


 次の行動が予想できなくても、周りの人を見て行動することはできるとユウは考えていた。しかし、今のやり取りでダニーは自分の考えを優先する性格だと知る。2つの考え方に良し悪しはない。ただ、好き嫌いはある。これをダニーが理解しているか不安だった。


 色々と考えはしつつもユウは仕事を続ける。日々の糧を得る作業はいつでも最優先事項なのだ。


 あれからお互いに言葉を交わすことなく本業に精を出していると、ダニーがユウに声をかける。


「何か来るぞ」


「わかった」


 いつものように薬草の採取を中断するとユウは近くの木に目を向けた。いつでも登れるように棍棒を持って近づく。木の根元にたどり着くとダニーが顔を向ける方へ目を向けた。


 じっと待っていると黒色と黄色の縞模様の大型動物が飛び出してくる。


「虎だ!」


 既に剣を抜いて構えていたダニーが叫んだ。2本足で立てば人間の大人よりも大きい成獣である。それが一直線にダニーへ突っ込んでいった。


 一方、ユウは武器から手を離して木を登ろうとする。棍棒でどうにかなる相手ではない。飛びついた木を半ばまで登る。そこでダニーの悲鳴を聞いた。


 驚いたユウが振り向くと、もう1体の虎がダニーの左肩に噛みついて放り投げるのを見る。人間1人が宙を飛ぶ姿を呆然と見続けた。しかし、悠長に見物はしていられない。落下地点の近くに別の虎がいるからだ。


 このままではダニーは死ぬと直感したユウは木から飛び降りた。そして、棍棒を左手で拾い上げると腰の悪臭玉を右手で掴む。


「うあああ!」


 叫びながらユウは奥にいるダニーに近い方の虎へと走った。その姿に気付いた虎2体はすぐさまユウへと振り向いて警戒する。手前の虎の前に悪臭玉を投げつけた。虎はそれ本体は避けたが、ハラシュ草の粉末の範囲へは逃げそびれてしまう。


「ギャン!?」


 鼻をひっかくようにしてもだえ苦しむ虎を無視したユウは、手で握れる程度の小石を右手で包んで警戒したままの虎へと突き進んだ。そして、それを横たわるダニーと虎の間に放り投げる。虎は大きく脇に飛んで避けた。


 その間にユウはダニーの元へと駆けつける。そして、脂汗を顔から流し、出血する左肩を押さえている脇に跪いた。右手で悪臭玉を腰から取りながら声をかける。


「ダニー!?」


「ちくしょう、もう1匹いやがったなんて!」


「しばらくじっとしてて。みんなが来るまで耐えるんだよ」


「なぁ、オレの剣はどこにある? いつの間にか手放しちまったんだ」


「後で探すよ! 今は後!」


 警戒しつつも近づいてくる虎をユウは右手の悪臭玉を見せつけながら牽制した。さすがに馬鹿ではないようですぐには突っ込んでこない。


 悪臭玉を喰らったもう1体がいつ復帰してくるかわからない中、ユウは目の前の虎に集中する。このまま時間を稼ぐべきか、それとも仕掛けるべきか判断がつかない。


 猛烈な勢いで精神が削れていくのを自覚したユウが焦っていると、ニックとケントが姿を現した。弓を手にしていたニックがすぐに構えると矢を放つ。だが、虎は巧みに避けた。


 この時点で己たちの不利を悟ったのだろう。虎は未だにもだえるもう1体を促して森の奥へと消えていった。しばらくしても戻って来る気配はない。


 脅威はこれで消えた。しかし、仲間の危機はまだ続いている。


 倒れているダニーの姿を見たニックはすぐにケントへと顔を向けた。そして、指示を下す。


「ビリーとマークを呼んでこい! ユウ、どうしてこうなったか知ってるか?」


「最初に1体だけ虎が襲ってきたからダニーが迎え撃ったんですけど、もう1体出てきて左肩を噛まれちゃったらしいんです。それで放り投げられてここに倒れました」


「虎が2体で狩りをするなんて普通はわからないからな。今は発情期だったのか」


「ニック、僕はダニーを乗せる台を作ります。マークが来たらこっちに寄越してください」


「わかった、頼む」


 許可を得たユウはすぐに周辺を見て回った。人を乗せる簡易台は既に何度か作っているので迷いはない。


 大小の枝を集めてはダニーの近くにまとめて置いていると、ケントに先導されてビリーとマークがやって来た。先に治療を始めていたニックにビリーが加わる。マークは簡易台の作成を手伝った。


 簡易台が完成すると、次いでケントに護衛してもらいながらユウとマークが採取した薬草と麻袋を取りに回る。緊急事態ではあるが、森の利用料を支払うためにもこの作業は避けられない。


 薬草をすべて回収したユウたちはニックの元へと戻って来た。治療は終わったようで呻くダニーは簡易台に乗せられて、ニックとビリーは立って待っている。


「ニック、薬草の回収は終わりました」


「よし、それじゃ今日は帰るか。ケント、ユウ、簡易台を持ってくれ」


「ま、待ってくれ。オレの剣を探してくれよ、あの辺りに落としたままなんだ」


 仲間に命じるニックに向かってダニーが声を震わせた。体は弱り切っているが、その目だけは力強く真剣である。


 その嘆願を受けたニックは一瞬言葉に詰まった。しかし、すぐに顔を上げる。


「ユウとビリーとマークで探してくれ。簡易台は俺とケントが持つ」


「わかりました。大体どの辺りかはわかっていますから、すぐに見つかると思いますよ」


 代表して答えたユウが他の2人を促した。踵を返して小走りに進む。


 目星を付けていた場所に着くとユウは範囲を指定して2人に探させた。尚、この辺りで悪臭玉を使ったことも伝える。2人は眉をひそめたが何も言わなかった。


 3人で手分けして探すと、ダニーの剣はすぐに見つかった。マークが拾って持ち上げる。


「よし、それじゃ帰るぞ。ビリーは帰ったらすぐに薬を買いに行ってくれ」


 ケントと共に簡易台を持ち上げたニックに声をかけられるとビリーはうなずいた。


 その隣でユウがダニーから鞘を受け取って剣を収める。それをダニーに渡すと表情が和らいだ。


 簡易台を持ったニックとケントが歩き始めるとユウたちもそれに続く。


 帰りに襲われる可能性も考えてユウは警戒しつつ棍棒を握りしめた。

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