ユウの狩猟組入り

 近頃はすっかり文字を扱えるようになったビリーの薬草に関する知識は以前よりも磨きがかかっていた。その効果がダニーの治療に発揮できたのは不幸中の幸いだろう。しばらくは発熱などに苦しむことになるが、とりあえず一命を取り留めることができた。


 しかし、当面の間は獣の森で働けないことは明白である。そうなると、グループのメンバーを調整しないといけなかった。


 虎との戦いから戻って来た日の夜、ダニーの治療と夕食が終わってから負傷者以外が長机を囲む。話題が話題だけに室内の雰囲気が暗い。


 最初にアルフが切り出す。


「大変なことになったけど、とりあえずダニーが助かって良かった。けど、今度はその開いた穴をふさがないといけないんだが」


「前から決めていたとおりにするしかないよな。ユウが狩猟組に移って、パットが採取組に入る。これでグループの方は問題ない」


 言葉を引き継いだニックの発言にアルフがうなずいた。予定通りなので反対する理由はない。ただ、留守番組の外の仕事がきつくなる。正確には足の悪いアルフの負担が増えるのだ。


 そのアルフが困ったような諦めたかのような表情を浮かべる。


「こっちの負担は高くなるけど仕方ないね。もう1人迎えられたら楽なんだけど、渡せる報酬の額にも限りがあるからねぇ」


「でも、これでもうちはかなり恵まれた方なんでしょ? 他のグループだとかなりきっついってよく聞くわ」


 難しい顔をしたエラが他のグループと比較するとチャドとパットがうなずいた。


 そもそもグループの6名の稼ぎで10人を養えるなど、平均的なグループを大きく上回っている。留守番組が補助的な仕事をしてある程度まかなっているとしてもだ。そして、負傷者が出るとすぐに人を補えるのも非常に恵まれている。


 ただそうは言っても、この体制の中だけを見れば留守番組が苦しいのは確かだ。アルフは右足が悪く、チャドとエラは丸1日働けない。やはりあと1人欲しかった。


 小さく息を吐いたアルフが締めの言葉を告げる。


「まぁ仕方がない当面は俺も頑張るよ。みんなも頑張ってくれ」


 すべてが完璧にできるわけではない以上、欠けた部分はどうにかして補う必要があった。そして、アレフたちはまだ補える余力がある。だから後は頑張るだけだった。




 棍棒を持ったユウは獣の森の中で立っていた。季節は春の終わりで夏が近い。雨こそ降っていないが森の中の湿気は最高潮だった。


 立っているだけで汗が噴き出る環境だったが、今のユウを苦しめているのは湿気ではない。暇である。何もやることがないのだ。


 採取組だと森に入れば歩くか薬草を採るかと何かしているのに対して、狩猟組はペアの保護が目的なので何もなければじっとしているだけである。もちろん周囲に気を配っているので厳密には何かしているのだが、手持ち無沙汰なのはどうしようもない。


「ダニーが素振りをしたがる理由がちょっとわかっちゃったな」


 当時のことを思い出したユウはため息をついた。あのときは真面目に護衛をするべきだと思ったものだったが、いざ自分がやってみると立っているだけというのはなかなかつらい。


 背後からはペアのパットが薬草を採る作業の音が聞こえてきた。あれはあれで体が凝るので厄介だが、この暇と比べるとユウにとってはまだ耐えられる苦痛である。


 かなり本気で薬草採取の作業をさせてくれとニックに直訴したくなるが、もちろんそんな意見が通らないことは百も承知だ。悶々と不満が溜まる一方である。


 どうやって暇を潰そうかとユウが考えていると、奥の草木の向こうから何か聞こえた。一気に体を緊張させる。


「パット、何か来る」


 声をかけられたパットの様子が変化したのをユウは理解した。直接見てはいないが薬草採取の作業を中断したのを感じ取る。


 背後のパットに気を配りながら、ユウは何か聞こえた草木の辺りを正面に据えた。もちろん他の方角にも目だけを向ける。慣れないこともあってかなり難しい。


 腰を落として棍棒を構えていると、背後のパットが木に登っていく音が聞こえた。そして、それが終わらないうちに草むらの向こうから野犬が二匹飛び出してくる。


 すぐにユウは左手で悪臭玉を取り出すと、自分と野犬の中央辺りに放り投げた。全速力の野犬が通りかかる頃にその悪臭玉がはじける。


「ギャワン!?」


「ギャイン!」


 まともにハラシュ草の粉末を吸い込んだ2匹の野犬は、勢いのまま身もだえながらユウの前まで転がり込むように滑ってきた。嗅覚が敏感な犬だけに苦しみも大きい。


 既にユウどころではなくなっている野犬に対して、ユウは一頭ずつ棍棒で頭を殴って殺していく。最近は腕力が強くなってきたせいか殴る回数がかなり減った。


 何度か叩くとユウは動きを止める。野犬2匹を倒すのにほとんど時間はかからなかった。


 周囲に再び気を向けたが反応はない。とはいっても、ユウの場合は目に見える範囲でしかまだ異変を察知できなかった。なので実際は周囲の様子を探っているふりをしているというのに近い。


 それでもしばらくじっとして変化がないことを確認すると、ニックとケントを探した。すぐにこちらへ来なかったということは向こうでも何かあった可能性が高い。


 予想通り、2人とも野犬と戦った後だった。既に襲ってきた野犬は死んでおり、どちらも剣を鞘に収めている。


「僕のところは2匹来ましたけど、そちらはどうでした?」


「俺のところは1匹だったな。ナイフと悪臭玉を使ったから少し時間がかかったが」


「俺は1匹だった」


「たぶんもう来ないですよね?」


「しばらくはな。血の臭いに誘われて他のが来るかもしれないから、移動しないといけないけどな。それにしても、やるじゃないか」


「え?」


 パットを呼びに行こうとしたユウは足を止めた。ニックが何のことを言っているのかわからずに首をかしげる。心当たりがない。


 その表情を見たニックが意外そうに笑う。


「その様子だと、2匹の野犬を手際よく片付けたんだろう? 立派な狩猟組じゃないか」


「あれは悪臭玉に2匹が1度に引っかかってくれたからですよ。ダニーみたいに横から不意打ちされたら危なかったです」


「ああいった不幸なんて誰にでもあるものさ。そんな避けられない不運なんて持ち出したら何も言えなくなっちまう」


「ニックの言う通りだ。ユウはこの1年くらいの努力がきちんと身についている。それが実った証拠だ」


 真面目な顔をして評価するケントに少し目を丸くしたユウは黙った。自己評価よりもずっと高く評価されただけにむずがゆい。


 そんなユウに対してニックが言葉をかける。


「これだったら冒険者を目指してもいいんじゃないか? 前の襲撃者と戦ったときは、確か2人を相手に1人倒したんだろう? いけると思うんだけどな」


「ユウは練習したことを実戦でしっかりと発揮できる。これはとても大切なこと。あと、できることとできないことを判断できるのは大事」


「だよなぁ。判断間違って死ぬこともあるしな。そういうのは才能だと思うぞ」


「派手に戦う必要はない。できることを確実にやればいい」


「そ、そうですか」


 何か裏があるのではと勘ぐってしまいそうになるユウだったが、この2人にそんな裏がないことをすぐに思い出した。


 ただ、最近思うことはある。貧民街の各店の店主を見るにつれて、自分ではやっていけなさそうだと強く感じるようになったのだ。だから今では、マークのような行商を目指そうとはしていない。


 それでは誰かに雇われて働くのはどうかとも考えていたが、前の雇用主のように相手の都合で簡単に解雇されてしまうのも不安だった。何かあったら自分の努力とは無関係なところで決まってしまうからだ。


 こうなるといよいよ冒険者が視野に入ってくるのだが、今までは戦うことに自信が持てなかった。精神的な面だけでなく、戦闘技術の面でも不安が大きかったのである。しかし、意外にも慣れてきたらしく、最近は戦うことにあまり拒絶感が湧かない。


「うーん、できるのかなぁ」


「というか、今日もやったじゃないか。まぁ、今すぐ目指さなくても、そっちの才能もありそうだって覚えておけばいい。他にやれることがなかったら選べばいいんだからな」


 独りごちたユウのつぶやきにニックが反応した。ケントも大きくうなずいている。


 そこまで言われると、さすがにユウもそうなのかなと思えてきた。何しろ1年かけて色々と努力しているのだ。それが評価されて嬉しくないはずがない。


 それなら1つ本格的に検討してみようかとユウは考えるようになった。それで駄目だとわかったら別の仕事を検討すればいい。中途半端にしておくよりもいっそのことはっきりとさせればすっきりとする。


 方針が決まったユウは2人にうなずき返した。

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