身元を証明せよ(後)

 強盗殺人の容疑がかかった翌日、ユウはビリーと2人で三の刻の鐘が鳴る前に解体場の倉庫へと向かった。本来なら副代表的な立場のケントが同行するのが筋だが、弁がまったく立たないことからビリーとなる。


 昨日と同じ倉庫には昨日とは違う職員2人が出入り口の前で立っていた。どんよりとした曇り空と同じく不機嫌そうな表情である。


 そんな職員にユウは名乗ると中に通された。中にはニックとダニーが地面に座っていたが、入ってきたユウとビリーを見て立ち上がる。


「やっと来たかおめーら! あいつらひどいんだぜ、メシすら喰わせてくれねーんだ」


「罪人の扱いはひどいって聞いたことがあるが、確かに噂通りみたいだな」


「ひどいことはされませんでしたか?」


「一晩床に転がされたくらいかな。ダニーの言う通り、飯すら喰わせてもらえないくらい何もされなかったよ。このひどい臭いの中じゃ喰う気にもなれないけどな」


 割と元気そうな様子を見てユウは安心した。ダニーなどは顔に青あざがあるものの元気そうなので、隣のビリーも胸をなで下ろしている。


 しばらく雑談をしていると三の刻の鐘が鳴った。いつもなら獣の森に入って作業をしている時間である。


 更に待つことしばし、数人の男たちが入ってきた。あの背の高い代行役人と部下らしい代行役人2人、他の職員2人、そして獣の森で襲ってきたグループの代表者1人である。


 その相手の代表者の姿を見たニックは顔を強ばらせ、ダニーは今にも噛みつかんばかりだ。しかし、入ってきた職員に手早く両手を縛られてしまって何もできない。


 代表者の男とユウたちを室内の左右に分け、代行役人と職員の1人ずつが男の脇につく。一方、ユウたちにはもう1人の代行役人と出入り口に立っていた者を含めた職員3人がその脇に立つ。


「これより、先日獣の森で発生した強盗殺人の件について取り調べを行う。訴訟人ラッセ、貴様が以前訴えた内容は、このニックのグループに採取した薬草を奪われそうになって抵抗して2人を倒され、後に1人が死亡したということで間違いないか」


「はい、ありません」


 いきなり始まった裁判のような取り調べにユウは目を見開いた。レセップが来ないうちに始まるとは思っていなかったのである。


 ところが、ユウの思惑とは関係なく状況は進んだ。自信満々に肯定したラッセから目を離すと、背の高い代行役人はニックへと顔を向ける。


「被訴訟人ニック、貴様はこのラッセの訴えた内容を認めるか?」


「認めない。それより、ユウの身元を確認するのが先じゃないのか?」


「今からやるところだったのだ。ユウ、貴様は自分の人身売買契約書を持ってきたか?」


「これです」


 渋い表情をした背の高い代行役人はユウから直接羊皮紙を受け取った。開いて中を見ると更に険しくなる。


「証明印は本物か。念のために確認しよう。おい、これの内容を役所で突き合わせてこい」


 職員の1人が羊皮紙を受け取るとすぐに外へと去った。


 それを見送ると背の高い代行役人はユウを見据える。


「とりあえず、貴様が発言することは認めよう。役所での確認の結果によっては取り消すことになるがな」


「あーここか? おっといやがったな、ユウ。なーに面倒なことに巻き込んでくれてんだ」


 さてこれからというところで、倉庫に1人の男が入ってきた。体格は良いものの、気だるそうな顔からやる気のない声を出している。


 新たな人物の登場に倉庫内の者たちは様々な表情を浮かべた。背の高い代行役人を始めとした職員は眉をひそめ、ニックやラッセは不思議そうな顔をし、ユウは笑顔になる。


「レセップさん!」


「で、こりゃ一体なんの騒ぎなんだ? とりあえず来いって言われたから来たけどよ」


「騒ぎではない。強盗殺人の容疑を取り調べている」


 背の高い代行役人が不機嫌そうな顔でレセップに事情を説明した。面倒そうな顔のまま最後まで聞き終えたレセップはラッセへと顔を向ける。


「なるほどね。で、お前がラッセか。いつ町から出てきて薬草を採り始めたんだ?」


「え、オ、オレ? なんでそんなこと」


 困惑するラッセが背の高い代行役人へと目を向けた。しかし、うなずき返されるだけである。その態度を見てわずかに目を見開いて不満を露わにしたが何も変わらない。


 仕方なくラッセは返答する。


「先月、5月からっすよ。それがどうしたんすか?」


「それで、1日あたりどのくらいの薬草を採ってるんだ? 多いときと少ないときでどの程度か答えてみろ。鉄貨換算でいいから」


「は? そりゃ色々としか」


「んなことはわかってる。具体的にいくらなのかと聞いてるんだ」


「そんなの今かんけーねぇだろ?」


「大ありなんだよ。そこにいるユウってヤツは去年の春から獣の森で薬草を採ってるんだが、鉄貨をほぼ毎週銅貨に両替してんだ。それで去年の末までに銀貨2枚稼いでる。1年もしないうちにな」


「な、銀貨2枚?」


 真正面から見据えられたラッセは呆然とした。


 その顔をじっと見ているレセップがうなずく。


「てめーも何度か獣の森で薬草を採ったことがあるんなら、これが大したことだってわかるだろ? それをこいつは今もずっとやってんだ。先週も両替しにきてたな。つまりだ、ユウがいるこのグループはそれだけ毎日稼いでるってことになる。自分たちでだ。そんな奴らが、なんで自分より稼げないグループを襲わなきゃなんねぇんだろうな?」


 動揺するラッセから背の高い代行役人へと顔を向けたレセップが問いかけた。険しい顔になりつつあるその代行役人からの返答はない。


「俺としちゃ、1年以上安定して稼いでるグループがよそを襲う理由が見当たらねぇ。更に、毎日しっかり稼いでくれるグループがいてくれる方がギルドのためになると思ってる。少なくとも、いくら稼いでるかわかんねぇ奴らよりはな。お前さんはどう思うよ?」


「ギルドに貢献する者を認めることは当然だと、私も思うが」


「だろ? 大体、調査員はユウたちの話をまとめた報告書を上げたんじゃねぇか? なのになんで話が逆になってやがる」


「双方の意見を聞き取ることは重要だろう。その両者の話を検討した結果だ」


「このラッセの言い分を全面的に聞き入れた根拠は? 総合的に考えて、なんて逃げ口上はなしだぜ? 具体的にどの点が決め手になったんだ? まさか紹介状があるからってだけで信用したってわけじゃねぇよな?」


 悔しそうな表情のまま背の高い代行役人は黙った。そのとき、脇からラッセが口を挟む。


「おい、あんた、何の恨みがあってオレの言い分にケチを付けるんだ!?」


「さっき初めて見るようなお前に恨みなんてねぇよ。俺はただおかしいと思ったことを口にしてるだけだ」


「あの、ちょっといいですか?」


 3人が話をしているところに更にユウが割り込んできた。全員が注目する。


「獣の森で会ったときのことを思いだしていたんですけど、その人たちって薬草を採るための道具って持ってなかったですよね? スコップとか麻袋とか。今までどうやって薬草を採ってたんですか?」


「そんなことどーだっていいだろ!?」


「よくないですよ。奪える薬草を持ってないグループを襲う人なんてないですから」


 その場にいた全員が沈黙した。確かにないものは奪えない。


 ユウの言葉を聞いたレセップが大笑いする。


「ははは、そりゃそうだ! おい、そのラッセと仲間の所持品を調べたらどうだ?」


「薬草って根っこもきれいに取り出さないと減額されるんで、採るときは結構気を遣うんですよ。ですから、しっかりとした道具がないとうまくいかないんです」


「だとさ」


 笑いながら声をかけてきたレセップを睨んでいた背の高い代行役人は、顔を蒼白にしたラッセに目を向けた。


 そのとき、倉庫内に先程出かけた職員が戻ってくる。


「この人身売買契約書ですが、確かに去年町の役所で完済証明印を押したそうです。向こうの記録と一致しました」


「ということは、ユウの話も信用できるものとして扱えるわけだ。ま、誰にだって騙される経験はあるもんさ。問題は自分の間違いを認められるかってことなんだが、お前さんならその辺は大丈夫だろ?」


「もういい! お前たち3人は釈放してやる! おい、このラッセの残りの仲間を全員引っ捕らえてこい! 今すぐにだ! 貴様、よくも騙してくれたな! 偽証罪も含めて徹底的に追及してやるぞ! 覚悟しておけ!」


「そ、そんなバカな!」


 怒りの爆発した背の高い代行役人に追い詰められたラッセは震え上がった。もう逃れることはできない。


 まるで追い出されるようにして倉庫を出たユウたち3人は無罪放免になったことを喜んだ。そして、助けてくれた礼を言おうとレセップの姿を探す。しかし、どこにも見当たらない。


 今度両替するときに礼を述べようとユウは誓った。

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