身元を証明せよ(中)

 身の上話を交えたユウの話を聞いた背の高い代行役人はうなった。まだ証明されたわけではないが、ここまで言い切られるとまったく無視することもできない。


 考え込んだ代行役人に対してユウは更に切り込む。


「僕たちに襲われたって主張している相手の人は、町から出てきた人なんですよね。それを証明する物を持っていたんですか?」


「持っていたが、それがどうした?」


「それは本物だったんですか?」


「グループの代表者が解雇された店からの紹介状を持っていた。その店があることも確認している。そんなことを聞いてどうするつもりなんだ?」


「僕の人身売買契約書には町の完済証明印がありますけど、それとその人の紹介状ってどっちがより重要視されるんです?」


「もちろん紹介状だ」


 尋ねられた代行役人は断言した。


 一般的に身分を証明する場合は地位ある人物の保証が必要となる。紹介状はその後ろ盾があって初めて有効になるのだ。


 なので、通常いくら町の証明印があったところで売買契約書では太刀打ちできない。形式さえ整えば誰でも発行でき、しかもサインする人物も後ろ盾になれる人物であるとは限らないからだ。そして、そもそも売買契約書は身分を保障するためのものではない。


 現時点では、相手のグループ代表者は冒険者ギルドに登録している所属者であり、なおかつ紹介状を持っている。一方、ユウはギルドに登録していない付属者であり、売買契約書を持っているだけだ。


 言い切った後に代行役人は何かに気付いた顔になり、ユウに話しかける。


「残念だったな。立場も身元を証明する手段も相手の方が上だ。今のままでは、対等な舞台に上がって対決できても勝てる見込みは低い。もっとも、まずは貴様の人身売買契約書とやらを見せてもらわないと始まらんが」


「ということは、他に積み上げるものがあれば勝負できるんですね?」


「どういうことだ?」


「僕たちの味方をしてくれる人を連れてくればどうにかなると思うんですけど」


「ふん、貧民の味方をする奴などいるものか」


「利用価値があると認めてくれたら、味方になってくれるかもしれないでしょう?」


「その物好きな奴は、どこの誰なんだ?」


「冒険者ギルドの城外支所にいる受付係の人です。レセップっていう人なんですけど」


「レセップ? あいつが!?」


 いつも文句を言いながら両替をしてくれる受付係の名前を聞いた背の高い代行役人が叫んだ。他の代行役人と職員も驚いている。反対にニックたちは怪訝な表情を浮かべていた。


 予想以上の反応にユウは若干困惑する。


「あの、レセップさんがどうかしたんですか?」


「レセップがどうかしたといよりも、貴様本当にあいつと知り合いなのか?」


「いつも両替をしてくれる人なんですよ。あの人の受付カウンターの前だけ誰もいないから、待たなくていいなって思って通ってたんですけど」


「あいつ仕事をしてたのか」


「本当にやる気がなさそうな態度なんで大丈夫なのかなっていつも思うんですけど、最近は言ったらちゃんとやることはやってくれるんですよ。態度はあれですけど」


「そうか」


 今度は背の高い代行役人が困惑した。同僚である代行役人と職員が顔を向けてくる。明らかに嫌そうな表情を浮かべていた。


 しばらく考えていた背の高い代行役人は仕方なさそうに職員の1人に命じる。


「レセップを呼んでこい」


「あいつ、六の刻の鐘を聞いたらすぐに帰ってしまうんで、もうギルドにはいませんよ」


「なんだと、どこにいるんだ?」


「知りませんよ、どこかで飲んでるんじゃないですか?」


「ああもう!」


 心底苦り切った表情になった背の高い代行役人が悪態をついた。天井に顔を向けて大きなため息をつく。同時に両手を腰に当てた。そして、ニックに顔を向ける。


「おい、貴様。先に剣を抜いた奴と斬りかかった奴は、この中の誰だ?」


「オレだぜ!」


「ダニー、お前!」


「オレはなんにも悪くねぇ。やましいことなんざしちゃいねぇんだ!」


「いい度胸だ。なら、所属者の貴様と主犯の貴様は今晩ここで拘留する。残りは帰ってよし。そして、そこの貴様、明日の三の刻の鐘が鳴るまでにここに来い。人身売買契約書を持ってな。以上」


 言い切った背の高い代行役人は他の誰かが口を開く前に倉庫内から出て行った。残された代行役人と職員は顔を見合わせた後、全員の縄をほどく。


 程なくして、ニックとダニーの2人以外は解放された。しかし、まだ何も解決していない。ユウたちの足取りは重たかった。




 七の刻の鐘が鳴る前にユウたちは帰宅した。夏になるにつれて日照時間は長くなるが、この時季だとまだ日没していない。


 迎えてくれたアルフたちは心配そうに4人を家の中へ迎え入れてくれた。丸椅子に座ってから年長者のアルフが優しく声をかける。


「大丈夫だったかい? あの代行役人がやって来たときは強盗殺人の容疑だと聞いていたんだが」


「容疑なんかじゃなくて、最初から僕たちが犯人だって決めつけてたよ、あいつら」


 代表してビリーが答えた。解体場の倉庫で何があったのかも続いて説明する。その一方的な話に留守番組の反応は様々だった。


 一番元気なのはエラで誰よりも怒っている。


「ひどいわね! 税金だって言ってお金をむしり取っていくだけじゃなくて、こっちの話を全然聞かないなんて!」


「別に不思議じゃない。僕たち貧民の扱いなんてそんなもの」


 不満そうな表情を見せるパットだったが口調には諦めが混じっていた。関わらないのが一番だが、向こうからやって来た場合はどうにもならない。貧民にとっては災害だった。


 しかし、チャドがわずかに希望を抱いた目をユウに向ける。


「でも、ニックとダニーが危ないところをユウが助けてくれた」


「実はまだ助かったって決まったわけじゃないんだ。アルフさん、僕の人身売買契約書を出してくれますか」


「わかった。すぐに出すよ」


 一旦部屋の奥に向かったアルフがしばらくして羊皮紙を手に戻ってきた。それをユウへと手渡す。


「これであの2人は明日釈放されるんだね」


「まだわからないです。相手は冒険者ギルドに登録している所属者で僕は付属者ですし、相手の持っている紹介状の方が価値がありますから」


「けれど、ギルドの職員が味方になってくれるんだろう?」


「わからないです。その可能性がある人の名前を僕が勝手に挙げただけですから。まだ本人に何も言っていないんです」


「ええ!? 話すら通していないのかい?」


「いきなり逮捕されて弁解もできないまま処罰されかかった状況だったんです。事前に準備なんてできるわけないでしょう」


「そう言われると確かにそうなんだけど」


 あまりの行き当たりばったりさにアルフが目を丸くした。しかし、反論できずにそのまま黙る。


 一方、マークはユウの手にする人身売買契約書に興味ありげな目を向けていた。それから独りごちる。


「売買契約書にあんな使い方があっただなんて知らなかったなぁ。身元の証明なんて紹介状とか身分証明書とかでないとできないと思ってた」


「町の証明印がなかったら相手にされなかっただろうけどね」


「それですよ! よくその契約書に証明印を押してもらおうと思いましたよね。普通僕たちみたいな使用人はそんなこと思わないですよ」


「思い付いたのは僕じゃなくて前の雇用主なんだ。あのときは銅貨10枚も取られるなんてって思ってたけど、こんな状況になるとむしろ安いよね」


 あの費用を支払ったせいで去年の春にギルドホールで仕事を探せなかったが、今は首の皮一枚で状況を維持してくれているのだから何が幸いするかわかったものではなかった。


 感心しているマークの隣からビリーが話しかけてくる。


「ところで、ユウがあのとき言ってたレセップっていう人、僕たちに協力してくれるかな? あんまりいい噂を聞かないんだけど」


「噂ってどんなものなの?」


「態度が悪い、仕事をしない、頼んでも何もしてくれない、とかかな。割と有名だよ。知ってる人は、今じゃ誰もあの人に何かしてもらおうなんてしないし」


「だからあの人の前だけ行列がなかったんだ」


「でも、ユウは両替をしてもらってるんだよね。どうやって頼んだの?」


「どうやってって言われても、両替してくださいって言ったらやってくれたよ。態度はひどいけど」


「おかしいな。いくら言っても相手にしてくれないって聞いてたんだけど」


 しきりに首をかしげているビリーを見てユウは顔を引きつらせた。初めて出会ったときの態度がビリーの話す噂に近かったことを思い出す。指摘されて初めて自分が相手をしてもらっていることにユウも首をかしげた。


 ただし、今はレセップの勤務態度が問題なのではない。協力してくれるのかどうかが重要なのだ。不安を感じながらユウは当日を迎えた。

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