身元を証明せよ(前)

 獣の森で町から出てきた者たちに襲われてから数日が過ぎた。あれから何事もなく過ごす。逃げた襲撃犯が捕まることは誰も期待していなかった。しょせんはグループ同士の争いで、町や冒険者ギルドの権益を脅かす事件ではないからである。


 こうして日常が戻って来たのだが、ダニーに関しては少し事情が違った。相手の挑発に簡単に乗ってしまい、剣を抜いて戦ってしまったからである。もちろん相手が悪いのだが、挑発に乗ること自体は駄目なのでニックが注意した。


 この叱責に対してダニーが完全には納得していない。あくまでも相手が悪いという考えのままだ。そのため、ニックに対してわだかまりが残ってしまう。良くない傾向だった。


 そんなある日、仕事を終えて帰宅すると、見知らぬ者3人が扉の前で立っているのに気付く。外套の胸元には首縄と錫杖の紋様があしらわれていた。それを見てニックが呻く。


「代行役人!? なんでここに?」


 冒険者ギルドの職員で貧民街の治安維持と租税徴収を行う者の総称だ。職務の性質上だけでなく、横柄な態度からも貧民には嫌われている。


 一行を認めた最も背の高い代行役人がニックに顔を向けた。一瞥した後にニックへと宣言する。


「お前がニックか? 貴様とその仲間を殺人の容疑で逮捕する」


「殺人!? 一体なんのことです?」


「先日、獣の森で薬草採取のグループを襲って薬草を奪おうとしたときに相手を殺したという件だ」


「逆です! 俺たちが襲われたんだ! そうじゃなきゃ、襲ってきた奴をわざわざギルドへ運びませんよ! そのときにそっちの調査員がいましたから聞いてください!」


「弁明は後で聞く。おい」


 こちらの話を聞く気がないらしい代行役人は仲間2人を促した。すると、持っていた縄でユウたちの両手を縛ろうとする。


 その様子を周囲の人々は眺めていたが何もしなかった。自宅の扉から出てきたチャドやエラたちも呆然とするばかりである。


 唯一アルフだけは抗議したが代行役人に突き倒されて終わった。パットとマークが慌てて起こす。


 6人の中で最も抵抗したのはダニーだった。無実を訴えるものの、最終的には殴られながら取り押さえられてしまう。


 六の刻の鐘が鳴る頃に、ユウたちは冒険者ギルドへと連行された。




 冒険者ギルド城外支所の西隣には解体場がある。その北側には持ち込まれた物を保管するための倉庫が並んでいた。しかし、この倉庫はもう1つ役割がある。犯罪者や容疑者を閉じ込めておくという役目だ。


 代行役人に捕らえられたユウたちは解体場にある倉庫の1つに押し込められる。3人で一塊の形で6人は縄につなげられたままだ。


 倉庫の中は広くない。扉側の隅には机と椅子があるものの、使われていなかった。


 憤る者や不安がる者の視線を受けて、最も背の高い代行役人と他2人も中に入ってくる。その間に新たに2人の職員が入ってきて、ユウたちの装備はすべて取り上げられて室内の片隅にまとめられた。


 不穏な雰囲気の中、最も背の高い代行役人が口を開く。


「さて、改めて説明しよう。5日前、獣の森にて薬草採取をしていたグループが別のグループに出会った。最初は採った薬草を寄越せと言っていたが、それを拒否すると突然襲ってきて仲間2人を倒した。これは敵わないとみたそのグループはとっさに逃げたというものだ。そして、今回は薬草を採取していたグループの代表者が冒険者ギルドに訴えかけ、この襲ってきた別グループであるお前たちを我々が捕らえた」


「逆だ! 俺たちの方が襲われたんだ!」


 断定口調で話す代行役人に対してニックが叫んだ。


 しかし、それを無視して代行役人はニックに問いかける。


「相手が話を拒否した後、先に剣を抜いたのはお前かその仲間なのは間違いないな?」


「いきなり薬草を寄越せって言うのはムシなのかよ!」


「おい、そいつを黙らせろ」


「てめぇ、何しや、がはっ!」


 横から口を挟んできたダニーに職員が殴りかかった。ダニーは抵抗しようとするが、両手を縛られている上に2人がかりで襲われてはどうにもならない。


 すぐに黙らされたダニーを無視して、再び代行役人がニックに問いかける。


「で、先に剣を抜いたのはお前たちで間違いないな?」


「いきなり薬草を寄越せという点はどうなんだ?」


「グループ同士の交渉・・に関しては問うていない。剣を先に抜いたかどうかを聞いているんだ」


 脇で話を聞いているユウは先日相手の代表者が言っていた言葉を思い出した。正当防衛成立とは何のことかあのときはわからなかったが、代行役人の話を聞いて理解する。更にニックがダニーをしきりに注意していたわけもわかった。


 顔を歪ませたニックはしばらく黙っていたが、やがて絞り出すように声を出す。


「お、俺たちの方が先に剣を抜いた」


 あのときの状況は証言を得ることでしか知ることはできない。なので、仮にニックが嘘をついたとしてもそれを証明することは誰にもできないことは本人も知っている。


 しかし、代行役人の態度からこちらの話をまったく聞く気がないことは明白だ。そうなると、相手の証言と食い違う嘘をついた場合、間違いなく偽証罪も追加されるだろう。だからこそ、ニックは本当のことを言うしかなかった。


 無表情のままうなずいた代行役人は次いで問いかける。


「では、先に斬りかかったのはお前かその仲間なのは間違いないな?」


「斬りかかるように挑発するのはどうなんだ?」


「何を言ったのかなど聞いていない。先に斬りかかったのはお前たちなのかと聞いている」


 歯を食いしばったまま、ニックは黙った。先の獣の森での事件で最も重要な点だからだ。これを答えれば恐らくその時点で罪状は確定するだろう。


 これは取り調べなんかじゃなく、判決の確定した裁判みたいなものなんだとユウは気付いた。弁明する機会もなくただ言質だけを取られて一方的に判決を下され、処刑される。


 去年、初めて冒険者ギルド城外支所にやって来たときのことをユウは思い出した。初心者講習の一番最後に、正にこの解体場の倉庫で行われた処罰をである。泣きわめく罪人、振り下ろされる鉈、床に転がり落ちる右手。


 相手側のグループが一体どうやってここまで一方的なことを冒険者ギルドにさせたのかユウにはわからない。しかし、もしこの予想が正しければ突破口になると覚悟を決める。


「斬りかかったのは」


「あの、確認しておきたいことがあるんですが、いいですか?」


「駄目だ。お前の発言は認めない」


「どうして駄目なんですか?」


「冒険者ギルドに登録されているのはグループの代表者である所属者のみだからだ。付属者はギルド側で関知していない。つまり、その存在を認めていないからだ。獣の森での利用料が1人分で済んでいる理由でもある」


 衝撃の事実を知ったユウは目を見開いた。しかし、ここで諦めるわけにはいかない。


「こんなに一方的なのは相手が町から出てきた人たちだからですよね。だったら、僕の話も聞いてもらえるはずでしょう?」


「なに? お前が?」


「去年の春に不況で町の中の商店を解雇されて出てきたんです」


 初めて代行役人がユウに興味深げな目を向けた。ユウがその目をまっすぐ見つめ返す。


「それを証明できるのか?」


「できます。僕は以前人買いに売り買いされたんですけど、そのときの人身売買契約書があるんです」


「はっ、契約書とはな。しかし、偽造ができんこともないだろう」


「アドヴェントの町の役所で、完済証明印を当日に押してもらってあります。ですから偽造なんかじゃありません」


「なんだと?」


 今まで鉄壁だった代行役人の態度に初めてひびが入った。顔つきが無表情ながらも真剣なものに変わる。


「町の証明印を持ち出して嘘だとわかったら相当重い罪になる。貴様、それをわかってるんだろうな?」


「知ってますよ。ここで初心者講習を受けたときに、犯罪者の右手を切り落とすところを見せられたんです。間違ってもそんな嘘はつきません」


 この発言にはニックを始めとした仲間も目を剥いた。その態度を見て、初心者講習でここまで見せられたことは話していないことを思い出す。


「町民ではないですけれど、身元を証明できればそれに準じる扱いは受けられるんですよね? 去年町の中のギルドホールで働き口を探すこともできましたから、あの人身売買契約書は身元証明に有効なはずですよ」


「貴様ギルドホールにも行ってたのか!? というより、そこまでできるならどうしてこんな連中と一緒にいるんだ?」


「僕にだって事情があるんですよ。何でもかんでもうまくいくとは限らないですし」


 一瞬、今の立場も忘れたユウは口を尖らせた。室内にいる全員が同情の表情を浮かべる。


 ともかく、流れはユウに傾きつつあった。後はどうやって押し切るかである。

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