素行の悪い者たち

 春の終わりが近づく頃になると空に浮かぶ雲の色が濃くなる。雨が降ってもおかしくない天気なのに降らない日々が続くのは憂鬱だ。そして、どうせ降らないだろうと高をくくっている時に限って降ってくる。だからこの時期を嫌う者も多い。


 この日もそうだった。ユウたちはいつものように獣の森へと向かったが、森へと入る頃に強めの雨と遭遇してしまう。


「ちぇ、降らねぇと思ったらこれだよ。帰りはずぶ濡れだぜ」


「文句を言ってないで早く水薬を塗れ」


 悪態をつくダニーをニックが小突くといういつもの光景を見せながら、一行は獣の森へと入った。


 森の奥へと進んだ6人は最初の薬草採取の場へとたどり着く。ユウとビリーが調査して問題なしと報告するとニックが皆に作業を命じた。


 雨のせいで森の中の湿気は上がるところまで上がり、更に頭上からは大粒の雨水が垂れてくる。肩や背中に当たるのが実に不快だった。


 薬草を採っているユウの背後にはダニーが立っている。やや不機嫌そうな表情でたまに顔の汗を手で拭っていた。ため息をつくこともある。


「ちっくしょう、鬱陶しいなぁ」


「止んでくれるといいんだけどね。こういうのって1日中降り続けることも多いから」


「そーなんだよなぁ。あーあ、早く終わんねぇかなぁ。ん?」


 愚痴をたれていたダニーが突然黙った。気付いたユウが振り向くと、ニックとマークのペアがいる方へと顔を向けている。


 問いかけようとしたユウの耳は人の声を捉えた。立ち上がってダニーに近づく。


「誰かが話してるみたいだね」


「イヤな予感がするぜ。ユウ、棍棒持ってこいよ」


「わかった」


 剣の柄に手をかけたダニーに指示されたユウはうなずいた。すぐに麻袋と一緒に置いていた棍棒を手にする。


 2人は警戒しながら森を進んだ。薬草採取の場はそんなに広くないのですぐにたどり着く。そこには10人の人間が集まっていた。4人はニックたちで、6人は初めて見る顔で感じが悪い。2つのグループは代表者が言い争っていた。片方はニックである。


「お前ら何言ってんだ、ふざけんなよ! 薬草が欲しけりゃ自分で採れよ!」


「だーかーらー、お前らが採ったそいつをオレたちに寄越せば、そんなことをしなくてもいいだろ。こんな草むしりはお前たちのような貧民がするもんだ。オレたちのように町の中に住んでいる者がすることじゃねぇよ」


「はっ、町の中に住んで『た』の間違いだろ。今も中に住んでるような町民がこんな森の中に来るはずないからな」


「んだとてめぇ、オレたちに逆らおうってのか?」


 事態はかなりのところまで進んでいるようだった。2人の話を少し聞いただけでもこちらの成果を奪いに来たということがすぐにわかる。


 貧民街に住んでからというもの、ユウは町の外に出てくる者たちにろくな人間がないことにうんざりとしていた。自分が中に住んでいたときは大半がまともな人ばかりだったのにと内心で不思議がる。


 その間にも状況は動いていた。徐々に苛烈になっていく言葉の応酬中にダニーが剣を鞘から抜いたのだ。それを見たニックが目を剥く。


「おいバカ! 早く剣をしまえ!」


「けどよニック、こんな連中はいくら口で言っても」


「ははは、これで正当防衛成立だなぁ、マヌけめぇ!」


 ダニーの言葉を遮った相手グループの代表者がナイフを抜いた。直後にその仲間5人も次々とナイフを手にする。


 苦り切った顔のニックが仲間に声をかけた。そして、まだ武器を持っていなかったダニー以外が各々の武器を手にする。ケントとダニーが剣、ユウが棍棒、他がナイフだ。


 事態の急展開にダニーが目を見開いた。しかし、すぐに落ち着く。


「なんだ、ナイフだけか。だったら剣の敵じゃねぇや!」


「そっちのバカはお気楽でいいな、ええ?」


「くそっ!」


 相手グループの代表者の挑発にニックは顔をしかめた。目の前の代表者以外は左右に散り、1対1になるよう動いている。


 様子を見ていたユウの目の前にも相手を小馬鹿にするような笑顔を浮かべた男がやって来た。ナイフをちらつかせながら声をかけてくる。


「なんだそりゃ、棍棒か? はっ、武器を買うカネがねぇからそんなもん使ってるのか。さっすが、貧民らしいや!」


「手慣れているように見えるけど、町の中にいたときから似たようなことしていたの?」


「知らねぇよ、バ~カ」


「僕、聞いたことがあるんだ。町の中で素行の悪い人たちがたまに外へ追放されるって話を。正当防衛成立だなんて楽しそうに言うってことは、前からやっていたんじゃないかな」


 何気なく話していたユウの言葉を聞いた目の前の相手から顔色が抜けた。しかし、話はここまでとなる。ダニーが目の前の男の挑発に乗ってしまったのだ。剣を振り上げて突っ込む。こうして戦いが始まった。あちこちから声が上がる。


 戦いは全体を見ると優劣がつけがたい。ニックは弓が使えないのでナイフで応戦して相手と互角に戦う。ケントとダニーは剣の長さを活かして相手より優勢だ。それに対して、ビリーは明らかに劣勢で、マークに至っては逃げ回っている。


 その中でユウは事実上2人を相手にしていた。マークが戦力にならないので逃がしながら戦っていたのである。自分だけでも精一杯だというのにこれはきつい。


「くそっ、こいつら!」


「はは! おら、さっさと死ねよぉ!」


 マークを後回しにしたらしい相手2人はユウを集中して襲った。ちらりと仲間の様子を窺うが、優勢なはずのケントとダニーも自分の相手にかかりきりである。


 ここに至って、ユウは相手の戦い方がぼんやりとわかってきた。強い敵はその場で引きつけ、弱い敵をさっさと殺すのだ。そして、最終的には強い敵を数で圧倒するのである。全員が喧嘩かあるいは戦いに慣れているからこそできる戦法だ。


 そうなると、誰か1人でも脱落すると一気に形勢が傾くことになる。それを防ぐには先にこちらが相手を倒す必要があった。


 本当なら1対1で戦いたいユウだったが、マークに1人を任せるのは危険すぎる。こうなると仲間1人が完全にお荷物になってしまうので、思い切った決断をするしかない。


「マーク、ビリーと2人で敵1人と戦って! 急いで!」


「う、うん!」


 有無を言わせないその迫力にマークはうなずくと、一旦大きく後退してビリーの元へと向かった。


 それを見届けることなくユウは2人の相手と対峙する。そのときになって大粒の雨水が頻繁に垂れてきていることを意識した。


 迷っている時間はない。ユウはすぐさま棍棒を左手に持つと、腰の悪臭玉を取り出して真正面の相手に突っ込む。左側にいるもう1人は無視した。


 後退する正面の相手へ更に踏み込むとナイフを突き出されるが棍棒をぶつける。


「はぁ!」


「くそっ! ぐぇ、なんだごれ!?」


 相手に投げつけた悪臭玉はその胸の部分にぶつかった。雨と湿気のせいで粉末はほとんど広がらなかったが、それでも顔の下半分が範囲に入って相手がもだえる。


「あああ!」


 叫びながらユウは棍棒を振り上げると相手の頭へと一気に振り下ろした。鈍い音がして命中したことがわかると2度、3度と繰り返す。それで相手は力なく地面に倒れた。


 気を抜くことなくもう1人へと振り向いたユウはここで叫ぶ。


「1人倒したぞ!」


「俺も1人やった!」


 直後にケントの声も森の中に響いた。他の仲間がやられていなければ一気に形勢有利になったはずである。


 それでも目の前にはまだ敵が1人いた。これをどうにかしないとユウは動けない。奇襲が通用しない相手にどうするべきかユウが考えていると、「退くぞ!」という声と共に相手が背を向けた。


 追わずに仲間の姿を探すときちんと5人いる。幸い負傷者もいないようだ。


 全員が集合するとニックが各人の安否を確認し、それからユウへと顔を向ける。


「ユウ、本当に1人倒せたのか?」


「はい。ニックに教えてもらった悪臭玉を使ったやり方で勝ったんです」


「あーあれかぁ。俺は失敗したんだよなぁ。相手は結構戦い慣れた奴みたいでさ」


「僕の相手はたぶん油断してたんだと思います。棍棒を馬鹿にしてましたし」


「そういう相手の足下を掬えるんだから大したものだよ。で、その相手は?」


「頭を棍棒で何度か叩いたんで、どうかなぁ」


「冒険者ギルドに引き渡すから、できれば1人は生きていてほしいんだが」


 窺うようにニックがケントを見た。当人は黙ってうなずく。生きているらしい。


 その返事を見たニックが肩の力を抜いた。そして、ケントに冒険者ギルドまで連絡しに行くよう頼む。黙ったまま引き受けたケントはすぐ森の中に消えた。


 残ったユウたちは襲撃者の拘束と移送のための簡易台作りを始める。この後の調査員とのやり取りは面倒だったが、冒険者ギルドに襲撃者を送ってこの日は1日が終わった。

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