知り合いの再訪

 すっかり春らしくなったあるグループの休息日、ユウたちはいつも通りに過ごす。


 朝は、ユウはビリーとマークの3人で勉強会を開き、ニックとケントは武器の手入れ、ダニーは家の前で素振り、アルフは扉近くでのんびりと椅子に座り外を眺め、チャドとエラとパットは遊びに出かけていた。


 昼からは、ビリーが市場に出かけ、チャドとエラとパットは外で働き、マークも所用で出かける。ニックとケントとダニーは朝と同様だった。


 気候と同じように緩やかな雰囲気が家の中に漂う。


 今日はもう予定のないユウは長机の前でぼんやりとしていた。1週間の中で唯一何もしない時である。春まではチャドやエラを手伝うことが多かったが、最近は勉強の対価としてマークが肩代わりしてくれるのでのんびりできた。本当の意味での休息である。


「あ~」


 完全にだらけきっているユウが間延びした声を上げた。たまに外出する日もあるが、何もなければいつもこんな感じである。普段の疲れを今正に体から抜いているのだ。


 そんな至福の時間をユウが過ごしていると、ダニーが騒ぐ声が耳に入った。友人が通りかかったときに雑談するような様子ではない。


 次いでアルフが椅子から立ち上がった。嬉しそうに口を開く。


「テリーじゃないか、久しぶりだね」


「ちょうど近くを通りかかったので寄ったんですよ」


 室内に入ってきたのは懐かしい人物だった。金色めいた茶髪に日焼けした精悍な顔つきは半年前とは変わらない。今日は武装しておらず普段着だ。


 そのテリーが室内にいる面々に声をかける。


「久しぶりだね。ニック、ケント、ユウ。元気そうじゃないか」


「先月一緒に飲んだとき以来か」


「アルフにも言ったけど、近くを通りかかったから寄ったんだ。夕方まで何もないしね」


「そうか。まぁ座れよ」


 ニックに勧められてテリーが丸椅子に座った。それを合図に他の仲間も長机を囲む。


 久しぶりの訪問者に早速声をかけたのはダニーだった。目を輝かせて前のめりになる。


「なぁテリー、冒険者ってどんな感じなんだ? やっぱり大変なんだろ」


「そうだね。毎日大変だよ。獣や魔物を狩るからね。最初は先輩に助けられてばかりいたけど、最近はようやく様になってきた感じかな」


「草むしりよりもずっと稼ぎがいいって聞いたことがあるんだけど、実際どのくらいいいんだ?」


「おいおい、そんな言い方してるとまたビリーに怒られるぞ。あいつまだいるんだよな?」


「いるぜ! でも、今は出かけてるから大丈夫さ!」


 楽しそうにダニーが叫んだ。憧れの職業に就いた先輩が目の前にいるので興奮しっぱなしである。


 ある程度ダニーと話をしたテリーは他の仲間の顔を見た。そして、最後にアルフへと目を向ける。


「俺が抜けてからここはうまく回ってますか?」


「何とかね。あれから更に1人入れて余裕を持たせてるあるから、どうにかなってるよ」


「それは良かった。ニックから話は聞いてましたけど、アルフもそう言うんなら大丈夫かな。安心しましたよ」


「気にしてくれていたんだ」


「それはね。長くいた場所ですし。仲のいい知り合いがいる間くらいは」


「なるほど、だったらニックにはまだ当分いてもらわないいけないな」


「そりゃないぜ。俺にも機会を与えてくれよ」


 2人から目を向けられたニックが嫌そうな顔をした。それを見てみんなが笑う。


 笑われたニックはわずかに口を尖らせた。その渋い表情のままテリーに問いかける。


「ちゃんと例の件について探してくれてるんだろうな? まさか手を抜いているなんてことは勘弁してくれよ」


「わかってるって。俺のパーティは夜明けの森での活動が中心だけど、たまに他の場所へ行くこともあるんだ。そのときに確認してるよ」


「ならいいんだ。頼むぜ」


 穏やかな表情に戻ったニックがうなずいた。テリーは苦笑いしたままである。


 次いでケントが口を開いた。珍しいことなので全員が注目する。


「テリー、その様子だとそっちも問題なさそうだな」


「今のところはね。もちろん失敗することもあるけど、何とか挽回できてるよ」


「ならいい」


 納得したらしいケントはそのまま黙った。そして、再び仲間をじっと見る。


 今度は反対にテリーから問いかけられた。相手はユウである。


「ニックから話を聞いているが、町の中で働き口は見つけられなかったそうだな」


「はい。最初は泣きそうでしたけど、今はもう大丈夫ですよ」


「それは良かった。なら、新しい目標は見つかったのかい?」


「まだです。なかなかこれだっていうのが見つからなくて。当面はお金を貯め続けます。何をするにせよ必要になりますから」


「確かにね。ところで、戦うための訓練もまだ続けているらしいじゃないか。ニックに戦い方まで教えてもらってるって聞いたぞ」


「今年に入ってからです。採取組でも危ないときは危ないって知りましたから、覚えられるものは覚えようと思ったんですよ」


「なるほどね」


 本人から直接話を聞いたテリーは興味深げな態度だった。色々とユウへと尋ねていく。


「そこまでやってるんだったら、もしかしてあれから新しい武器を買ってたりするかい?」


「いえ、棍棒を使ってますよ」


「あれ? そうなんだ」


「僕は採取組なんで武器は必要ないですし、去年の末にほとんどお金を使っちゃいましたから手持ちがないんです」


「あーあー、そうだったね。だったら当分先の話かぁ」


「そもそも冒険者になるわけでもないですから武器を買う必要はないですよ。この前ダニーと一緒にホレスさんの店に行ったときに聞いたんですけど、冒険者の装備一式を揃えるのに無茶苦茶お金がかかるんですね」


「まぁね。俺も5年くらいかかったし。ところで、冒険者になる気はないんだ?」


「前にケントが僕なら戦えると言ってくれたんですけど正直自信がなくて。ただ、行商なんかも考えているんですが、商店で働いていたときのことを考えるとそれもどうかなって思っていて迷ってるんですよ」


「まぁその辺は自分で結論を出すしかないよね。まだ若いんだし、よく考えたらいいよ」


「テリー、オレの話も聞いてくれよ!」


 ユウとテリーの話題が途切れたところで、すかさずダニーが割り込んできた。自分も話をしたくてたまらないという様子が手に取るようにわかる。


「この前ユウと一緒にホレスさんの店へ行ったときによ、革の鎧を着てみたんだ。硬革鎧ハードレザーをな。あれ、意外に軽いよな」


「革の鎧だからね。それが売りの1つだから。それにしても、どうして硬革鎧ハードレザーなんだ? まずは軟革鎧ソフトレザーからだろう」


「いやそうなんだけどよぉ、どうしても着てみたくなって。それよりも、あれ銀貨3枚もするんだぜ! さすが冒険者が買う防具だよな!」


「そうだね。憧れるのは構わないけど、自分が必要な装備や道具にもっと目を向けた方がいいよ」


「へへ、わかってるって! それよりも、夜明けの森での戦いっぷりを教えてくれよ!」


 こうして話題はダニーの望むテリーの冒険譚へと移っていった。たまにニックやアルフが口を挟むが、大半はダニーがテリーと会話をする。ユウはほぼ聞いているだけだったがそれでも充分楽しめた。


 みんなが久しぶりの会話を楽しんでいると、遠くから五の刻の鐘の音が聞こえてくる。それを聞いたテリーが反応した。顔を外へと向ける。


「うーん、そろそろかな。行かないと」


「えー! もっと話を聞かせてくれよ! 他の連中に聞かせてやりたいんだ!」


「夕方から人と会う約束をしてるんだ。一旦宿に戻って準備しないといけないしね」


「しょーがねぇなぁ。あ、それなら、今度テリーの仲間に会わせてくれよ!」


「俺の仲間にかい?」


「そう、冒険者パーティのメンバーにさ! 実はオレ、冒険者には友達ダチを通して何人かとあったことがあんだけど、それだけなんだ。だから、パーティメンバー全員と一度に会ってみたいんだよ」


「それはいいけど、どうせ仲間に自慢したいだけなんだろう?」


「い、いやそうじゃなくて、これは冒険者がどんな人なのかを調べる調査であって」


 半笑いの表情のテリーに問われたダニーの口調が怪しくなった。わかりきったことなので周囲もにやにやと眺めるばかりである。


「覚えておくよ。いつになるかわからないけど、機会があったら招待する」


「マジか!? やったぜ!」


 約束を取り付けたダニーはその場で飛び跳ねた。余程嬉しかったらしく、しばらく両手を握って叫び続ける。


 そんな室内が騒がしいうちにテリーは去った。ダニーはその後ろ姿が見えなくなるまで通路で見送り、すぐに素振りを再開する。


 入れ替わるように街の仕事をしていたチャド、エラ、パットの3人が帰ってきた。いつも以上に興奮して素振りをしているダニーに首をかしげる。


 そんな3人に対して先程まであったことをユウが中心になって説明した。

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