店の常連への道
店にはお得意様とそうでない客がいる。その線引きは難しいが、その区別の仕方は誰もが納得するだろう。そして、お得意様が優遇されることもだ。
当然客は得をしたいわけであるからお得意様になりたがるが、店としては常に気前よく買ってくれる客しかお得意様とは見做さない。だからこそ、その店で一度に大量の買い物ができなければ長く通って少しずつ買う必要がある。
では、所持金が常にない場合はどうするのか。結論はどうにもならないである。
それでもどうにかしたければ、何かしらの知恵を絞らなければならない。
ユウが置かれた状況は正にこれだった。しかし、残念ながら知恵もない。
「ダニー、革の鎧を買うお金はもう貯まったの?」
「まだだぜ。去年の秋に剣を買って空っぽになっちまったからな。今年中は無理だ。ユウこそ結構貯めてんだろ」
「そんなわけないよ。去年の末にほぼ全財産を使い切ったんだから。知ってるでしょ」
「あーあれなぁ」
軽く笑うダニーに対してユウはため息をついた。他人の財布の事情についてなどこんな程度である。
今2人は貧民街から市場へと入ったところだった。同じぼろ屋でも住宅から店へと様変わりし、店主と客の声で非常に騒々しくなる。
やや一方的にダニーがしゃべりながら先頭を歩き、返事をするユウが後に続いた。着いた先は年季の入った木造の建物、武具屋『貧民の武器』である。
遠慮することなく扉を開けたダニーはそのまま入り、ユウが続いて扉を閉めた。中はそれほど大きくはないが所狭しと武器や防具がひしめいている。
店主であるいかめしい顔のホレスは店の奥の定位置に座っていた。初見だと機嫌が悪いようにしか見えないが、通い慣れるとあれが普通だとわかる。
「さてと、今日はこれを見るかな」
「胴体の部分? これだけ?」
「そうさ。鎧の中でも一番重要な防具だぞ。だから念入りに調べないとな」
防具が置いてある棚にまっすぐ向かったダニーは、陳列してある革の鎧の胴体の部分を手に取った。初めてその様子を見たユウなどはホレスに怒られると恐怖したが、きちんと元に戻せば文句は言われないと知って驚いた記憶がある。
それならユウも手に取れるのかというとそれは許されない。常連ではないからだ。ダニーの場合は以前からよく通っており、去年剣を1本買ったので晴れて常連扱いになったと自慢げに話していた。
それなのでユウは見ているだけである。ただ、今後この店で武具を買ったときに常連扱いしてもらえるために、今から通っているニックやダニーのお供をしていた。
手に取った革の鎧の胴体をあちこち見ていたダニーは、次いで身に付けようとする。
「ユウ、ちょっと手伝ってくれよ」
「ええ!? さすがに身に付けるのはまずいんじゃない? せめてホレスさんに聞いてからにしようよ」
「心配性だなぁ。ホレスさ~ん、これちょっと装備していいっすかぁ?」
他の客がいない店内にダニーの声が響いた。ユウたちを見ていたホレスが小さくうなずく。それを見たダニーが嬉しそうにユウへと振り返った。
許可が出たのならとユウはダニーが革の鎧の胴体を身に付けるのを手伝う。前にテリーが身に付けていた革の鎧とは違って随分と固かった。
慣れないせいで苦労しつつも鎧を身につけたダニーがユウに笑顔を向ける。
「どうだこれ? かっこいいだろう!」
「いやそれ以前に大きすぎない? 肩幅も胴の長さも全然違うじゃない」
「そりゃわかってんだよ! そこは想像力で補うんだ。この革の鎧の大きさがオレにぴったりだったとしたら、どうよ?」
「ああ、そういうことだったら似合ってるんじゃないかな」
「だろ!? やっぱりな! あ~早くほしいなぁ」
ほしい防具を前にはしゃいでいるダニーを見てユウは困惑した。もちろんその気持ちはよくわかるが、念入りに何を調べているのかさっぱりわからない。ユウの知識不足の可能性もあるが、どう見ても遊んでいるだけにしか見えなかった。
いつホレスが怒り出すか気が気ではないユウは頻繁にカウンターへと目を向ける。こちらに顔を向けていると知って顔を引きつらせるが、それ以上は何もしてこなかった。
ひとしきり騒いだ後、再びユウに手伝ってもらって革の鎧の胴体を脱いだダニーはホレスへと向かう。
「ホレスさん、あの革の鎧は最高だ! カネさえありゃ今すぐにでも買いたいくらいだぜ! それで、ものは相談なんだけど、鎧って一部分だけ売ってくれるなんてことできる?」
「できる」
「お、マジで!? だったら、さっきオレが装備してたあの革の鎧の胴体だけっていくらになるんだ?」
「あれだと銀貨3枚だな」
「はぁ!? 胴体だけで? いくら何でも高すぎねぇ?」
「
押しつけられた革の鎧の胴体を棚に戻しながら話を聞いていたユウは、突然交渉が始まったので振り向いた。ダニーが今年は鎧を買えないと言っていたことを思い出す。
武器でも眺めようかと思っていたユウだったが、さすがに見逃せないのでダニーへと近づいた。
一方、ダニーはユウなどお構いなしにホレスと話す。
「いや、手間がかかってるってことくらいはオレも知ってるぜ。けどよ、あれって中古品だろ? だったらその分安くらなねぇの?」
「その中古品の仕入れ値に差がある。出回っている
「そりゃそうなんだろうけどよぉ。銀貨3枚なんて誰が買うんだよ?」
「冒険者だ」
「はぁぁぁ、やっぱそうかぁ。そうだよなぁ。
問いかけに対してすべてきっちりと反論されたダニーは肩を落とした。
その様子を見ていたユウが声をかける。
「テリーが身に付けていたあの鎧じゃ駄目なの?」
「どうせならもっといいのがほしくなるだろ? だから聞いてみたんだよ」
「なんだ、最初から駄目だってわかってたんだ」
「男にはな、ダメってわかっていても賭けなきゃいけねぇときがあんだよ」
「それがさっきだったわけ?」
「そうさ。何でも試してみなきゃわかんねぇだろ? とりあえず言ってみるもんさ」
常識だとでも言いそうな表情でダニーは肩をすくめた。
なんとなく納得いくようないかないようなもやもやとした気持ちがユウの心に渦巻く。しかし、それならばとホレスへと向き直った。少しためらいながらも尋ねてみる。
「あの、
「銀貨1枚だな。さっきのと同じ品質だとしてだが」
「銅貨20枚、中古品でも結構するんですね」
「年中戦争をしていて大量に品物が出回ってる場所なら捨て値でいい物が手に入るかもしれんが、ここいらじゃそんなことは期待できんしな。需要は冒険者が中心で、他に少しとなるとこれくらいになる」
初めて聞く話にユウは目を丸くした。しかし、まったくわからない話ではない。前に小間物商の商売に関わったことがあるので、物流については少しだけ理解できるからだ。
それはともかく、冒険者の装備を一式揃えるのは思った以上に大変なことをユウは理解する。生活費を差し引いた残りを全部貯金しても、数年かけてようやく最低限しか整えられない。場合によってはそれ以下だろう。
再びユウはダニーを見た。ひたすら憧れの職業に向かって進んでいるが、一体あと何年かかるのかと心配する。
「なんだよ?」
「いや、ダニーって大変だなって」
「お、やっとわかったのか? そうだぜ、冒険者になるってぇのは、すげぇ大変なんだ!」
「お金がいくらあっても足りないよね」
「そうなんだよ。ユウのおかげでちったぁ楽になったけど、まだまだ全然足りねぇんだ」
「テリーなんて何年かかったんだろう?」
「さぁなぁ。ニックに聞いてみりゃわかんじゃねぇの?」
「ちなみに、ダニーが買った剣っていくらしたの?」
「オレのは銅貨50枚くらいだな」
「さっきの革の鎧くらいじゃないか!? え、それが普通なの!?」
「何言ってんだ、お前。武器にカネを惜しんじゃダメだろう。自分の命を賭けるんだぜ?」
「それって預けるって言わない?」
「どっちでもいいだろそんなの。なぁ、ホレスさん」
同意を求められたホレスは大きくうなずいた。それを見たダニーは自分が勝者だと言わんばかりに胸を張る。
それを見たユウは呆れたが黙った。何も買ったことのない者は客ですらなく、そして客には決して勝てないことに気付いたのだ。
何にせよ、冒険者の道も楽ではないことをユウは知る。選択肢の1つとして考えていたが、これならマークのように行商の方が良いのではとも考えるようになる。
未だ目標が定まっていないユウはまた大きく迷った。何が良いのかわからなくなる。ゆっくりと考えればいいと自分に言い訳しながら、この件をまたもや棚上げした。
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