やりたいことに向けて
町の中で働くという夢を打ち砕かれたユウは貧民街で2度目の春を迎えた。精神的にはすっかり立ち直っているが、今はまだ次の目標も定まらないまま金を貯めている。
一方で、他の仲間は自分の夢や目標に向かって進んでいた。もちろんそんな簡単に実現できない。ただ、たまにその努力が一部実ることはあった。
暦上も春になったある日、ユウたちが獣の森から帰ってきて夕食を食べ終わりかけたときに、アルフが全員に声をかける。
「みんな、ちょっと聞いてほしいことがあるんだ。実はチャドから大切な話があるんで、今から発表してもらう」
「なんだ? 聞いてやるぜ」
木の皿から顔を上げたダニーがチャドへと顔を向けた。全員から注目された当人は顔を強ばらせたままだ。
注目を浴びると緊張するチャドの性格を知っている仲間たちはじっと耳を傾ける。
口をもごもごと動かしたチャドは弱り切った表情を見せた。しかし、しばらくして話し始める。
「市場の真ん中くらいでスープを作ってるおじいさんがいるんだけど、僕、そこでお店を手伝うことになったんだ」
「え!? っつーことは、ここを出るってことかよ!?」
「ち、違うよ。毎日昼間の忙しいときだけ手伝うんだ」
目を丸くしたダニーに対してチャドが慌てて弁解した。それをきっかけにみんなが騒ぎ始める。あまりにも意外だったからだ。
次いでニックが珍しく身を乗り出して尋ねる。
「そのスープを作ってるおじいさんって名前は?」
「スコットさんだよ」
「市場の真ん中くらいって、もしかして頭がつるっぱげであごひげがやたらと長い?」
「そう。スープがとてもおいしい」
「あそこか。いや確かに旨いんだけど、何が入っているかわからないんだよな」
チャドの手伝う店のことを知っているニックが困惑した。提供されるスープの味は認めているものの、材料不明というのが引っかかるようである。
微妙な表情のニックを尻目にユウがビリーへと顔を向けた。そして、眉をひそめている友人に声をかける。
「ビリー、スコットっていう人のスープを飲んだことある?」
「ある。確かにおいしいんだけど、元が何かわからないのは前から不思議だったんだよね。普通ああいうのは不味くなるものだけに材料と作り方が気になるよ」
真剣に考え込んでいるビリーを見てユウはわからないと首を横に振った。食に強いこだわりがない者との差が現れたようである。
みんながチャドの話で盛り上がっていると、エラがアレフへと顔を向けた。そして、少し難しい顔をしながら話し始める。
「チャドの話が出たからあたしも今言っておくわ。近いうちにタビサさんの店を手伝うことになるの」
「え、君もかい? いつから?」
「まだ近いうちとしか聞いていないからわかんないわ。ただ、毎日夕方からのかき入れ時に来てほしいって言われちゃってね」
「そうか。それはいいことなんだけどね」
相手先に気に入られて誘われるというのは喜ばしいことだ。それが知り合いの店となると尚更である。
突然のエラの発言に室内は再びどよめいた。一度に良い話が2つも聞けるなど珍しい。
驚いた表情のビリーがエラに尋ねる。
「ということは、そのうちタビサさんの店に行くことになるのかな?」
「そうよ。サリーがタビサさんの仕事の見習いを始めたら、どうしてもホールが手薄になるでしょ? あたしがその穴を埋めるってわけ」
「夢に一歩近づいたってわけだ」
「そうなのよ! 思ったよりも早くて驚いてるわ!」
「何にしても、おめでとうだね。チャドも良かったじゃない」
笑顔で祝福したビリーにエラもチャドも笑顔を返した。それを機に、他の仲間も祝福の言葉を投げかける。ユウも喜んで2人を祝った。
一通りの祝福が終わると、少し真剣な表情のアルフが全員に声をかける。
「明るい話が2つも聞けたのはいいことだけど、足場も固めないといけないよね。留守番組で街の仕事をしているチャドとエラが丸1日働けなくなるとなると、みんなの担当を調整しないといけない」
「今はマークとパットに1日交代で薬草採取と街の仕事をしてもらってるから、これを解消しようってことか? 2人ともどっちの仕事も充分できるから、このままでもいいと思うんだが。もしかして専属で働いてくれる子がほしいってことか?」
首をひねりながらニックがアルフにやんわりと反論した。
現在、獣の森で固定メンバーとして働いているのはニック、ケント、ダニー、ビリー、ユウの5人である。最後の6人目は、パットの要望でマークと1日交代で勤めていた。
一方、留守番組として家の仕事と外の仕事をチャドとエラが中心になってこなしていたが、これからそれができなくなってしまうのである。ただ、パットもマークも既に半年ほど働いているので、今のままでも不安要素はないはずだった。
苦笑いしたアルフが弁明する。
「まぁそうだね。チャド、エラ、パット、マークの4人にはまったく不満なんてないんだけど、やっぱり軸になる子が1人はほしいんだ」
「もしかして、仕事先の誰かに何か言われたのか?」
「今のところは何も聞いていないよ。ただ、いよいよチャドとエラもここを出て行く日が近くなると、その先を見ておかないといけないだろう?」
「あーそりゃまぁ確かに」
「今すぐじゃないけど、新人を迎え入れたら仕事を覚えさせないといけないだろう。そのとき、毎日日替わりで違う人から教えられるより、1人に教えてもらった方がいいと思うんだ」
「言ってることはよくわかるし、俺もその意見は正しいと思う。けど、別に今すぐ備えなきゃいけないことじゃないよな。そのときになってからでも間に合うと思うんだが」
説明を聞いたニックが難しい顔をした。どう考えても今すぐ対処すべき問題ではない。
室内に沈黙が訪れた。チャドとエラを祝う雰囲気はもうない。
この静寂を破ったのはマークだった。遠慮がちにアルフ、ニック、パットを見ながら口を開く。
「今までどうしようか考えていて迷っていたんですが、これを機に薬草採取に専念させてもらうことってできますか?」
「そりゃまたなんで?」
「僕、最近になって行商がしたくなったんです。それでユウに文字と算術を習うようになったんですけど、もう1つ元手になるお金を貯めないといけないんです。ですから、毎日の報酬が多い薬草採取に専念したいと思ったんですよ」
「なるほどなぁ。そういえばユウの勉強会ってやつに入ってたよな」
目をつむってニックが何度かうなずいた。目を開くとパットへと顔を向ける。そうなると後は現状を希望しているはずのパット次第だ。
全員の注目が集まる中、パットがあっさりと言ってのける。
「いいよ。マークがそっちに専念するなら僕は街の仕事だけにする」
「1日交代の件は君から言い出したことだけど、もういいのかい?」
「うん。以前ビリーから聞いたけど、今の仕事をする分にはもう覚えることはないって言われた。だから、薬草採取の仕事はもういい。そこまでこだわりはない」
「そうか。だったら、こっちの仕事に専念してもらおうかな」
拍子抜けした様子のアルフがニックに顔を向けた。こじれることなく問題が解決したことにニックは肩をすくめる。
室内の雰囲気が緩んだ。あちこちで雑談が始まる。チャドとエラに加えてマークを祝う声も出てきた。
そんなすっかり暖かな様子の中で、ニックがパットに伝える。
「あっさり受け入れてくれて助かったよ。ただ、誰かが怪我をしたときはこっちに来てもらうことになるぞ」
「それはわかってる。でも、僕は戦うことはできないからユウみたいな訓練はしない」
「あーうん、わかったよ」
自分の半分くらいしか生きていないはずのパットに念を押されたニックは苦笑いした。
そんな仲間の様子を見ていたユウはぽつりと漏らす。
「いいなぁ、みんなやりたいことがあって」
「ユウもそのうち見つかるって。こういうのって突然見つかるときもあるらしいから」
「そういうものかなぁ」
「そのうち見つかるってくらいでいいと思うなぁ」
困った表情を浮かべたビリーが黙った。気付いたら薬師を目指していたので慰められない。
そんなビリーに代わってマークが話しかける。
「僕なんかは最近行商になりたいって思ったんですけど、獣の森で襲われたときに戦えないなって思ったのがきっかけでした。特にユウの訓練を見ていてもできそうにないなって思ったのもありましたし」
「そっかぁ」
「こういうのって、きっかけがないと何も見えなくて焦っちゃいますから、そのときが来るまで何も考えない方がいいんじゃないですか?」
先日まで自分と同じ状態だったマークの言葉にユウは小さくうなずいた。確かに考えても何も思い浮かばない。
ただ、そうはいっても焦る気持ちは消えなかった。
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