帰る場所

 町の中のギルドホールですっかり打ちのめされたユウだったが、受付係の男の話を聞いて顔を上げた。


 やがて知っている事例がなくなった男は指折り数えるのをやめたが、最後に思い出したかのように声を上げる。


「ああそうだ! もう1つあった。冒険者として一財産築いて町に住んだって話も聞いたことがあるぞ。地道に稼いだのか一発当てたのかはわからないが、そんな方法もある」


「冒険者」


「お前がもし獣の森で薬草を採る仕事をしているなら冒険者ギルドに所属しているだろう。だったら、案外この方法が近道かもしれないな。何にせよ、まずは金を貯めろ。どうせ元手を作るのに時間がかかるから、その間にできることを選べばいいんじゃないか?」


 男が言い終えると、六の刻の鐘が鳴る音が小さく聞こえてきた。わずかに目を見開いた男はユウを急かす。


「さて、もうここは終わりだ。さっさと帰れ」


「あ、はい。あの、色々と教えてくれてありがとうございます」


「別にいいよ。しっかり生きるんだな、坊主」


 次々と出ていく周囲の者たちに続いてユウも会場を出た。あまり人影のない廊下を歩いてギルドホールの外へと出る。もうすっかり暗い。吐く息が白いがほぼ見えなかった。


 中央広場を突っ切りながらユウは先程の話を思い出す。ギルドホールでいくら頑張っても働き口が見つからないことはわかった。そして、今の自分に町の中に戻る方法がないこともだ。


 その代わり、時間はかかっても町の中に入る方法を教えてもらった。簡単な手段はなかったが道はあることを知る。その中でも、冒険者になってから町に入る方法はユウにとって盲点だった。


 南門にたどり着くと、急いで外に出る人を見かけるようになる。跳ね橋が上がって門が閉まろうとしているのだ。門番が声を上げている。


「仕事で町の中に入っている連中は早く外に出ろ! 出られなくなっても泊まる場所なんてないぞ!」


 怒鳴り声を聞いたユウも急いで町の外へと出た。春のときとは違って感慨にふける間もない。上がっていく跳ね橋を背に南を見ると、暗くてほぼ見えない安宿街の姿が目に入る。


 冒険者ギルド城外支所で東に曲がってまっすぐ進むと貧民街が見えてきた。離れていたのは半日もなかったが懐かしい臭いが鼻につく。やはり臭い。


 汚い通路を歩いた先には見慣れた粗末な木造の掘っ立て小屋が建っていた。中からはわずかに漏れる明かりと仲間の声が聞こえてくる。


 1度立ち止まったユウは再び歩いて中へと入った。既に夕食時だったようで、皆が長机を囲んで食事をしている。


「ただいま」


「ユウじゃねぇか! おせぇぞ!」


 真っ先に声を上げたのはダニーだった。言動からはいつも通りに見える。


 その声に手で答えながら余っている木の皿を手に取って鍋からスープを入れた。暖かい湯気が食欲をそそる。開いている席に座ると木の匙を持って食べ始めた。


 しばらくすると、先程まで騒がしかった声が途切れていることにユウは気付く。頭を巡らすと全員が自分を見ていることを知って肩をぴくりと動かした。


 木の匙を木の皿に戻して誰とはなしに問いかける。


「どうしたの?」


「あんまりにもいつも通りな様子だったから驚いたんだよ。町の中には行ったんだろう?」


「はい、行きました」


 不思議そうに答えたユウの返事に代表して尋ねたアルフは戸惑った。


 ユウから少し離れた場所に座っているビリーが隣のニックに小声で話しかける。


「今日、町の中に仕事を探しに行ったんだよね? うまくいったのかな?」


「どうなんだろうな。仕事が見つからなかったらもっと落ち込んでいるだろうし」


「ニック、聞いてみたら?」


「俺が? いやそれはちょっと。なんで自分で聞かないんだよ」


 非難の目を向けられたビリーはそっと目を背けた。そんな勇気はないらしい。


 代わりに尋ねたのはマークだった。普段は顔色を窺うことが多いので珍しいと何人かが目を見張る。


「ユウ、町の中で仕事は見つかりました?」


「駄目だった。会場の係の人に後で聞いたんだけど、1度町の外に出たらいくら探しても見つからないんだって」


「やっぱり。でも、その割には平気そうに見えますね。がっかりしなかったんですか?」


「したよ! もう泣きそうだった。でも、春にも会ったことのある受付係の人が慰めてくれてね。おまけに町に移れる方法をいくつか教えてもらったんだ」


「え、そんなのあるんですか!?」


 目を見開いたマークが食いついて来た。驚きつつもユウが聞いた話をそのまま伝える。すると、マークは肩を落とした。不思議に思ったユウが尋ねる。


「どうしたの?」


「いえ、全部知ってることなんで。というか、それって一般的な話じゃないですか」


「まぁそうなんだけど、あのときは真剣に慰めてくれているように思えたから嬉しかったんだ。大体、2回しか会ったことのない僕に秘密の方法なんて教えてくれるわけがないじゃない」


「そりゃそうですよね」


 話に興味がなくなったマークが食事を再開した。その態度にユウが苦笑いする。


 次いでユウに話しかけたのはダニーだった。口の中の物を飲み込んでから尋ねる。


「ダメだってことは、来年もここにいるってことか?」


「うん、そうなるね。手持ちのお金もほとんどなくなったし、また貯め直さないと」


「うへぇ、町の入場料ってたけーんだろ? それが丸々ムダになっちまったのかぁ」


「どれだけ働けば貯められるかはっきりとわかってる分ましだよ。ここのグループだと安定して稼げるからね」


「だな! よぉし、来年もきっちり守ってやるぜ!」


 元気になったダニーは言い放った後、笑顔でスープをかき込んだ。


 近くでその様子を見ていたエラは呆れていたが、すぐにユウへと顔を向ける。


「ユウ、町の中で働くのはもういいの?」


「う~ん、未練はまだあるけど、今すぐにはどうにもならないっていうのがわかったからなぁ。一旦保留かな。まずはお金を貯めないと」


「大変ねぇ。当面の目標は貯金かぁ。何かになりたいってないの?」


「どんな仕事をしたいかっていうのはまだないかな。ただ、冒険者になるって選択肢もあるんだって気付けたのは良かったと思う」


「まぁ、ゆっくりと考えたらいいと思うわ」


 ダニーがぴくりと反応するのを無視したエラは大きくうなずいて席を立った。


代わりにパットが話しかけてくる。


「ユウ、冒険者になれる?」


「え、どういうこと?」


「冒険者は危険がいっぱいって聞く。ユウは危ないことはできる?」


 改めて問われるとユウは言葉に詰まった。戦うための準備はやって来たが、実際に何度か獣を相手に戦って苦手意識があるのも事実だ。


 困った表情を浮かべたままユウが黙っていると、ケントが口を挟んでくる。


「ユウはたぶん戦える。慣れてないから苦手意識があるだけ」


「そうかな?」


「人より時間がかかるかもしれない。けど、時間をかけたらできるようになる。俺もそうだった。最初からできる奴なんていない」


 目を見開いてユウがケントを見るとうなずかれた。当人は用は済んだとばかりに黙る。


 まだ自分に自信が持てないユウは実際のところどうなのかと首をかしげた。走り込みで体力はついたし、素振りで棍棒を振り回せるようにもなってきている。ただ、戦っているときは夢中すぎて何をやっているのかよくわからないのが実情だ。


 それでもケントが戦えると告げてきたということはユウにとって自信につながる。冒険者を目指すと決めたわけではないが、何になるにせよ町の外で活動するのなら戦えて損はない。


 話を聞いていたビリーがユウに話しかける。


「いやぁちょっと安心したよ。まだ文字や文章を教えてほしいしね」


「もうかなり読めるようになってるじゃないか」


「それでもわからないところがあると相談できるっていうのは安心できるよ。一緒に考えてもくれるしね」


「さすがに専門書を読めるだけの知識はないからね」


「あはは、わかってるよ」


 すっかり安心した様子のビリーが屈託のない笑顔をユウに向けた。


 その様子を見ていたニックがユウに話しかける。


「町の中での仕事探しがうまくいかなかったのは残念だと思う。ただ来年も一緒に仕事ができるっていうのは俺も嬉しい」


「ありがとうございます。今までの生活をこれからも続けることになりそうです」


「ユウはまだダニーと似たような年だろう? 焦ることはない。みんな何年もかけて目的を達成してるんだからな」


「はい」


 自分のやることを応援してくれるニックにユウはしっかりとうなずいた。


 望んでいた町の中での仕事は手に入れられなかったユウだったが、すべてを失ったわけではなかった。少なくとも温かく迎えてくれる仲間はいるし、やり直せる場所もある。


 先のことはわからないままだが、来年から新たに再出発しようとユウは誓った。

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