次に進む者

 夏が終わり秋に入ろうかという頃になると、ユウの新しい活動はすっかり生活に馴染む。夏の暑い時期に外で走り込みをやったこともあって日焼けもした。おかげで以前よりも体力がついて動き回っても疲れにくくなる。


 走り込みと同時に始めた素振りも続けた結果、手の皮が厚くなった。途中豆が潰れて獣の森での仕事に影響が出ることもあったが、痛みを我慢してやり通す。夏の前に調整が終わっていた素振り用の棍棒はすっかり手に馴染んでいた。


 個人的な活動が順調なら周囲との関係も良好である。同じ家に同居している仲間とはもちろん、留守番組の仕事の関係者や貧民街の人々にも知り合いが増えた。顔を見れば笑顔で挨拶できる相手がいるというのは過ごしやすい。


 貯金も既に銀貨を手にするようになり、いよいよ目標が近くなってきた実感を最近は得ている。収入が安定しているので期間を予測できるのが精神的に楽だった。


 このように何もかもが順調に進んでいたが、この共同体はあくまでも目的を達成するための通過点である。同じ状態はいつまでも長続きしない。


 いつものように獣の森から帰ってきたユウたちは、夕飯までの間を思い思いに過ごすのが慣わしである。


 ユウも素振り用の棍棒を手にして、外に出ようとしていたダニーに続くところだった。そこをテリーに呼び止められる。


「みんな、ちょっと集まってくれないか。話があるんだ。ダニーとユウも座ってくれ」


 出入り口の前でユウとダニーは顔を見合わせたが、何も言わずに長机に戻って座った。台所にはチャドが残って鍋をかき回している。他は全員席に着いた。


 一通り仲間の顔を見た後、テリーが口を開く。


「食べ終わってからでもいいかなって考えたこともあったんだけど、みんなも色々と言いたいことが出てくるだろうし、少し早めに伝えておくことにする。俺は、今月いっぱいでここを出ることになった」


「え、マジかよ!?」


 最初に声を出して反応したのはダニーだった。冒険者に憧れていた少年がテリーを尊敬していたことは仲間内だと知られていたので、その態度に驚く者はいない。


 長机に手をついて身を乗り出すダニーにテリーがうなずく。


「本当だ。知り合いの冒険者パーティで最近1人引退する人がいてね、その代わりに入ることになったんだ。武器と防具は揃ってるし、戦う訓練も充分積んできたと自負している。だから、この機会を掴むことにしたんだ」


「とうとうやったな。おめでとう」


「ありがとう、ニック。やっとここまでたどり着けたから嬉しいよ」


 同年代のニックが祝福するとテリーは顔をほころばせた。このときのために長年努力をしていたことを知っているだけに、ニックは我が事のように喜んでいる。


 祝っているのはニックだけではない。エラも笑顔を向ける。


「おめでとう! テリーなら冒険者でもやっていけるわよ!」


「ありがとう、あっちでもうまくやっていくよ」


「テリーなら大丈夫だと思う。あれだけ獣とも戦えるし」


 エラの隣に座っているパットも真剣な表情でテリーを見ていた。


 一方で、ダニーの顔は複雑だ。祝福するべきだが落胆するのを隠せないでいる。


「そっかぁ、テリーついに行っちまうのかぁ」


「なんだ、お前は喜んでくれないのか」


「いやまぁいいことなのはわかってるけどよぉ。もっと色々と教えてほしかったんだよなぁ。それに、身近に目標になるヤツがいたら張り合いが出るだろ?」


「冒険者になりたいのならそのまま目指せばいいじゃないか。最近のお前は安心して見ていられるようになったからね」


「そう言われると嬉しいんだけどなぁ。あーもー! おめでとう、テリー!」


「ははは、ありがとう、ダニー」


 最後にはやけくそになって叫んだダニーを見て周囲の仲間は笑った。


 笑いが収まると、それまで黙っていたケントが口を開く。


「テリーが抜けた後のグループのまとめ役はどうする?」


「それは俺の中ではもう決めているんだ。ニックにやってもらおうと思ってる」


「俺かぁ。順番としては妥当なんだろうけど、ついにこのときが来たか」


「今までもまとめ役に準じることはやってたんだから大丈夫だよ。そのままやればいい」


「わかったよ。反対する奴がいないなら引き受けよう」


 一旦言葉を切ってニックが仲間の顔を見た。反対の声を上げる者は誰もいない。


 その様子を見てテリーがアルフに顔を向ける。


「アルフ、俺が抜ける穴をパットで埋めたいんだ」


「わかってるよ。今はユウと交代で薬草採取をさせているが、これからは専属になるな。ま、留守番組は元に戻るだけだからすぐには困らないよ」


「僕、今のままがいい」


 和やかな雰囲気の中、パットがぽつりとつぶやいた。驚いた周囲が注目する。


 代表してアルフがパットに尋ねる。


「どういうことかな?」


「獣の森の仕事も街の仕事もいろんなことをやりたい。チャドとエラと一緒に知らない人と会うのも楽しい。だから、毎日ユウと交代で仕事をする方がいい」


「うーん、そうかぁ。なら、また誰か探してこないといけないなぁ」


 思わぬ要求を聞いたアルフは苦笑いをした。こんなに早く人を求められるとは思っていなかったからである。誰でも入れられるわけではないのでその要求に応えるのは難しい。


 アルフが黙ると、ビリーが代わって口を開く。


「テリーがもういなくなるから、しばらくは我慢して薬草採取に専念したらどうかな。アルフが人を探して連れてきてくれるまでの間だけ」


「どのくらい?」


「それは、アルフ次第かなぁ。どうなの?」


「来月中を目処に探してみるよ。テリーの方も、いやもういないんだったな、ニックも冒険者ギルドで良さそうな人がいないか探しておいてくれないか?」


「いいよ。アルフが探す方が早いと思うけどな」


「と、いうわけだけど、それでいいかな、パット?」


「わかった」


 妥協案に納得したパットが真面目な顔でうなずいた。その様子を見たニックとアルフが肩の力を抜く。思わぬ問題がこれで解決した。


 話題が一旦途切れたところでニックが次の話に移る。


「これでグループと留守番組の間の問題は解決したな。残るはグループ内だ。採取組から狩猟組に1人転向してもらわないといけない。ダニー、お前はいつ剣を買えそうだ?」


「オ、オレか? カネはもうほとんど貯まってるから来月には買えると思う」


「本来なら武器を買ってから狩猟組に転向してもらうんだが、それじゃ間に合わないからとりあえず今のままテリーの穴を埋めてもらうぞ」


「わかったぜ」


「しかし、お前今持ってるのは木の棒だったか? いくらなんでもそれはないな。もっとましなのはないのか?」


「いや、そうは言ってもよ」


 困惑しながらダニーの口調は尻すぼみになった。あれば持っているし、ないから木の棒のままなのだ。


 2人の会話を聞いていたユウがそこで口を挟む。


「僕がいつも仕事で使っている棍棒をダニーに譲ろうか? あれなら木の棒より丈夫だし」


「あれかぁ。あれなぁ。確かに木の棒よりは丈夫だけど」


「剣じゃないけど、もうすぐ買えるのならその繋ぎで持っていてもいいと思うんだ」


「お前はいいのか?」


「僕は素振り用の棍棒があるからいいよ。最近はこっちの重い方に慣れてきたから、そろそろ取り替えようと思っていたところなんだ」


「とりあえずはそれでいいんじゃないか。ダニー、お前あの木の棒がもう何本目かなんてわからないくらい折ってるだろう」


「うっ。わ、わかったよ」


 ニックの指摘に気乗りしない様子のダニーが消極的に承知した。


 その様子を苦笑いしながら見ていたテリーだったが、他の仲間に目を移している間に穏やかな表情になる。


「これでグループ内の問題も片付いたな。俺も最後の仕事が終わって安心したよ」


「月末までもうちょっとあるけどな」


「いい感じにまとめようとしてるんだから邪魔するなよ」


「悪かったって」


 にやにやと笑うニックに混ぜっ返されたテリーが笑顔を引きつらせた。それを見ていた数人はふふっと笑う。


「ともかくだ、大きな問題を残さずにここを離れられるのは良かったと思う。俺の見立てではこのグループはかなり安定しているから、これからもうまくやっていけるだろう。みんなの成功を祈っているよ」


「任せとけ。きっちりダニーを育てていいグループに仕上げてやる」


「オレかよ!?」


 親指を立てて宣言したニックにダニーが悲鳴を上げた。そこでみんなが大笑いする。こんなやり取りができるのもあとわずかだ。


 そのとき、台所からチャドがやって来る。


「スープが温まったよ。取りに来て」


「わかった。ニック、行くぞ」


「テリー」


「どうした、チャド?」


「おめでとう」


 少しだけ笑顔を浮かべたチャドが祝福の言葉を伝えた。それを受けたテリーはうなずく。そして、黙ったまま頭を撫でた。

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