降臨祭

 毎年7月になるとアドヴェントの町の雰囲気に静かな熱気のようなものが薄く広がる。季節柄高温になったからというわけではない。祭が近いからだ。


 その祭は降臨祭と呼ばれている。古代から続く多神教の一つパオメラ教の祭で、神々が地上に降臨した日を祝う行事だ。夏至の日である7月7日が開催日で、町ではパオメラ教の各神殿で各種催しがある。


 この日、町の中では商店以外は休みで、神殿である説教を聞いたり、広場で開催される大道芸や芝居を見たり、露天や出店で物を買ったりと楽しむ。


 一方、町の外もほぼ同じだ。ないのは神殿の催し物くらいである。この日は冒険者ギルドも休みだ。


 もちろんユウたちも降臨祭は楽しみにしていた。何しろ普段は娯楽がないので、こういった祭は貴重なのだ。


 一番騒がしいのはダニーとエラである。


「へへへ、待ってたんだよ、このときを! おい、エラ、パット、早く行こうぜ!」


「ちょっと待ちなさいよ! はしゃぎすぎよ、ダニー!」


「何言ってんだ! ここではしゃがなきゃ、どこではしゃぐんだよ!?」


「最初はあんたの火吹き大道芸に付き合ってあげるけど、次はあたしのにしなさいよ!」


「悲恋ものの芝居だっけ? わかってるって! パットは何を見たいんだ?」


「手品を見たい。あれは不思議、魔法みたい」


「よし、手品だな! 一緒に探してやるぜ!」


 年長者のダニーが、幼いがしっかり者のエラと同じく幼くおとなしいパットを引き連れて家を飛び出した。


 それを見届けた後、屋内の一角で何やら作業をしていたビリーが立ち上がる。


「さて、僕もそろそろ行こうかな。市場に行ってくるよ」


「薬草でも見てくるの?」


「よくわかったね、ユウ。そうだよ。いつもの店は閉まってるけど、遠方の人たちなんかが来てるかもしれないからね、ちょっと見てくるんだ」


「ビリーは好きだね」


「大好きだよ。薬師の話を聞くだけでも面白いからね。今から楽しみなんだ」


 笑顔のビリーが出入り口に向かった。すると、その後をチャドが追いかけていく。


「ビリー、僕も行く」


「ああそうか、食べ物を出してる出店巡りをするんだね」


「うん。珍しい食べ物は今日しか食べられないから」


「いいよ、一緒に行こう。お金を持ってるんだよね。スリには気を付けるんだよ」


「あの辺りのスリには友達がいるから大丈夫」


「待ってなんでそんな友達がいるの!? というか、どうやって知り合ったの?」


 目を丸くしながら問いかけるビリーに黙ってうなずくと、いつもお腹を空かせている幼い少年は先に出ていった。慌ててビリーがついていく。


 これで室内に残る人数は半分となった。騒がしい少年たちが先に出ていったので随分と静かになる。


 長机を囲んで話をしていた3人のうちの1人アルフが立ち上がった。そして、ゆっくりと歩き出す。


「それじゃ、俺も出かけるとするよ。昔通った店に行ってくる。もうこういうときくらいしか顔を出せなくなったからね」


「なら、俺も行きますよ。知り合いと飲む約束をしてるんで」


「珍しいじゃないか、テリー。そういう付き合いをするようになったんだね」


「ええ。ほら、この前話した冒険者パーティの人たちですよ」


 立ち上がってアレフに寄り添ったテリーが肩をすくめた。


 2人の様子を見ていたニックは背伸びをしてから立ち上がる。


「なんだ、2人とも行くあてがあるのか。それじゃ俺も知ってる店を回ろうかな」


「どうせなら、今日飲む相手に猟師を募集している村があるか聞いておこうか?」


「本当か、テリー! 頼むよ。最近行き詰まっててなぁ」


 嬉しそうなニックがテリーの肩を叩いて感謝を示した。そうして、アルフ共々外に出て行く。


 これで室内にはユウとケントの2人だけになった。家の前の路地からは人の声が聞こえてくるが、室内はまったくの無言である。


 必要なこと以外はほとんど話したことのない相手をユウはちらりと見た。相変わらず無表情で内心がわからない。


 そんなケントが顔を向けて話しかけてくる。


「留守番なら俺がする。祭を楽しんでくるといい」


「ケントはいいの?」


「昼になったら誰かが帰ってくる。そのときに俺も外に出る」


 祭を楽しむ気があることに内心驚きつつも、一応外出する計画を立てていることにユウは納得した。それならば遠慮する必要はない。


 一言礼を告げてからユウは家の外に出た。


 路地に出たユウは歩きながら去年のことを思い出す。あのときはまだ商店で働いていたので町の中にいた。信仰心などほとんどなかったユウは神殿の催し物には目もくれず、広場でやっていた大道芸や芝居などを楽しんでいたものだ。


 今年は町の中には入れないため、同じものを見ることはできない。ならば、町の外の催し物はどうなっているのか見比べるのも一興だ。そもそも町の外で生活するのはこの春から始めたばかりなので、この辺りの祭はまだ見たことがない。


 そう考えると、ユウは次第に楽しみになってきた。




 最初に足を向けたのは貧民の道だ。貧民街から直接向かうとアドヴェントの町の南東へ出る。この道よりも城壁側は原っぱになっているが、今日はそこで様々な出し物が繰り広げられていた。


 まずは大道芸だが、街にやって来ているのは1団体だけではない。この日の客入りを期待していくつもの大道芸団が町の東門から南門にかけての原っぱで技を競い合っていた。ダニーが見たがっていた火吹き大道芸はこの中の1つの団体の見世物だ。


 次いで芝居小屋である。出し物の種類はある程度決まっていて、男に人気の冒険譚や英雄譚、女に人気の悲恋や純愛ものが大半だ。それでも同じ出し物だと飽きられるので、毎年あの手この手で内容が変化している。エラは悲恋を見たがっていた。


 他には決闘という出し物もある。お互いに譲れないものを剣技によって解決しようというわけだが、これで客寄せをするのだ。なかなか人気の出し物で観客は多い。ちなみに、賭けの対象にもなっている。


 これら団体の催し物の他に、個人で芸を披露している者もいる。こういった者たちは団体と団体の間を埋めるようにいて、おひねりをもらおうと技を競っていた。パットが見たがっていた手品師もそんな芸人の1人である。




 次に向かったのは市場だ。留守番組と回る店のある東側は飲食店以外は休みだが、露天商の集まる西側は普段以上に活気がある。何しろいつもやって来る露天商以外にも、色々と店を開いているのだ。


 最初は宝石商である。宝石の類いは貧民には普段だと無縁だが、それでも女は少しでも着飾りたいと思うものだ。銅貨1枚からというのは貧民には厳しいものの、恋人関係の男女が熱心に眺めている。


 次いで古着商だ。この商売人自体は普段からいるが、遠方の都市から流行していた古着を持ち込んでくる者もいる。こういうときでないと手に入らない服もあるため、結構な人だかりがしていた。


 他にも屋台がある。生の野菜や果物を売る露天商とは違い、こちらは調理した料理を売る店だ。いつも見かける屋台から祭のときのみやって来る珍しい屋台もある。ある意味定番なだけあって盛況だ。チャドの目当ての出店がこれである。


 あとは珍しいところで薬師の集まりだ。これは他とは違い、お互い持ち寄った薬草や薬品を売買したり品評したりする。こういう所で物だけでなく情報も交換して見識を広めるのだ。ビリーが毎年通う場所である。




 昼近くになった。意外と時間を潰せたことにユウは驚いた。それだけ楽しんでいたわけだ。町の中の方が派手だったり質が良かったりと感じたが、活気に関してはむしろ町の外の方が上のように感じる。


 貧民の中には町の中の催し物に憧れる者もいるが、どちらも見た者として遜色ない祭を楽しんでいるとユウは伝えたかった。こちらの祭も充分に楽しい。


 最後に少し大回りをして、ユウは安酒場街へと向かった。こちらには催し物はない。ただ昼間から大勢の大人が酒を飲んで騒いでいるだけである。


「うわぁ、これはうるさいなぁ」


 安酒場街に足を踏み入れたユウの感想がこれだった。普段仕事をするためにやって来たときは閑散期なので静かだが、繁忙期の今は酒場本来の喧噪が一帯に満ちている。


 テリー、ニック、アルフが向かった場所なのでどんな様子なのかのぞきに来たが、これはたまらなかった。冒険者ギルド城外支所の喧噪とはまた違うやかましさである。


 一気に気の萎えたユウは急に空腹を感じた。ちょうど四の刻の鐘の音が耳に入る。朝から何も食べていないことを思い出した。


 家に残り物があることを思いだしたユウは貧民街に足を向ける。こういう日は外で食べるのも悪くないが、今年は我慢だ。来年こそは本当に楽しめるようになりたい。


 1度鳴り始めた腹の虫が治まらないのに眉を寄せながらユウは家路を急いだ。

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