訓練時間の調整

 完全な状態に戻ったユウのグループは獣の森で順調に薬草採取を再開できた。ケントの体調は問題ないようで、傷によって動きが制限されることはないと皆に話している。


 大失態を演じてからのダニーはおとなしくなった。あの失敗が余程堪えたのもそうだが、戦闘講習で自分がまったくなっていないことを気付かされたのも衝撃だったらしい。今では毎日素振りと習った剣技を練習している。


 一方、ユウは訓練する方法を確立するのに四苦八苦していた。一番の問題は時間がないということだ。


 1週間のうち6日は獣の森で働き、その日の空いている時間は帰宅後から夕飯までの間しかない。ところが、この時間はビリーの文字習得に使っている。では、週に1度の休息日はというと、朝の間はビリーと文字および薬草の勉強会があった。


 薬草についての勉強は外せないし、ビリーへの文字の教授も対価なので外せない。しかし、調整しないと素振りと走り込みに充分な時間が割けないという問題に突き当たる。


 そこでユウは、週6日のビリーの文字の学習を3日に減らしてもらい、空いた時間を素振りに充てた。更に、休息日の午後に走り込みをすることに決める。これでとりあえずやるべきことに時間を振り分けられた。


 この計画を聞いたビリーは眉をひそめる。


「そんなに予定を詰めて大丈夫なの? どこかで休まないと倒れるんじゃない?」


 ビリーの心配は当然だ。獣の森での仕事でも作業の合間に休憩を入れている。なのに日々の生活にまったく余裕がないというのはおかしな話だ。しかし、これでも訓練の量は最低限にすら届いていない。それでもユウはとりあえずこれを実施するしかなかった。


 そうして6月に入る。今までもほとんどの日が曇り空だったが、今月からは更にその色が暗くなった。


 1週間ほど組み上げた予定に従って生活をしたユウだったが、余裕のない生活は思った以上につらいことを思い知る。精神的な余裕がない経験は初めてだ。想像以上に疲れやすい。


 肉体面についても日々の疲れが癒えにくくなった。獣の森で働き始めた当初のように慢性的な疲労が体に残るのである。今はともかく、いずれ仕事に影響が出そうだ。


 他にも、新たに作った素振り用の棍棒の握り部分の感触が良くなかった。削りすぎると折れてしまうので調整が難しい。今は仕事で使っている軽い方の棍棒で練習している有様だ。


 いずれも思ってもみなかった問題が発覚してユウは悪戦苦闘していた。今のところは思い通りに訓練はできていない。それがユウにはもどかしかった。




 苦労しながらユウが訓練をしていると、ある日獣の森から6人が帰宅すると見知らぬ幼い少年がアルフの隣の丸椅子に座っていた。背はチャドやエラとそう変わりなく、髪は薄い茶髪で肌は日焼けしている。


 全員の視線がその少年に集中した。すると、ユウたちの様子を窺っていた幼い少年の方がわずかに動く。


 両者の反応を見ていたアルフが帰宅した一行に顔の向きを定めた。そして、いつもの調子で声をかけてくる。


「おかえり。この子は今日からここでみんなと一緒に生活することになったパットだ。夕飯までの間に色々と話をしておきたいから座ってくれないか」


 指示された6人はお互いに顔を見合わせた。しかし、すぐに長机の周りにある丸椅子に座る。それからすぐにアルフに促されて全員がパットに挨拶と共に自分の名前を告げた。


 最後に新参者のパットが自己紹介をする。


「パットだよ。ごみ拾いや物乞いをしてたけど、アルフに拾われたんだ。ここだと働いたら腹一杯に食べられるって聞いた」


「ケントが怪我をして寝込んだのをきっかけに、人を増やそうと思ってね。ここしばらく色々と街の中を探して回ったんだよ。パットは東門側の安宿街で物乞いをしていたときから知っていたから誘ったんだ」


 新人を連れてきた理由をアルフが説明した。話を聞いた6人の反応は様々である。共通しているのは悪い反応はないというくらいだ。


 すぐにテリーがアルフに質問をする。


「前から知ってた割には、迎えるまでに時間がかかってないかな?」


「他にも候補者がいたから色々調べたり確認したりしていたんだよ。最終的な決め手は、チャドとエラも知っていたからなんだけどね」


「あの2人がこの子と知り合いだった?」


「パットが物乞いをしてたときに旅人に絡まれたのを2人が助けたのが知り合うきっかけだったらしい」


「あれは本当に助かった。たまにひどい大人がいる」


 大人2人の話にパットがぽつりと口を挟んだ。更に話を聞くと、それ以来チャドとエラとたまに話をする仲になったそうだ。


 それまで黙っていたニックが口を開く。


「それで、パットにはどっちの仕事を担当してもらうんだ? 話からするとチャドとエラの2人と一緒に働くことになるように思えるんだが」


「本人はまだ何もできないからね、最初はあの2人と一緒に仕事をしてもらおうかと思ってるのは確かだよ。ただ、前みたいにそっちのグループに怪我人がでたときに、採取組へ参加もしてほしいとは考えているんだ」


「ということは、当面は留守番組として働いてもらうわけか」


「そうだね。エラがまたそっちで働いてもいいというのなら、留守番組の専属でもいいんだけど」


「あたしはもうあんなのイヤよー!」


 台所で鍋の中のスープをかき混ぜていたエラが振り向いて叫んだ。絶対的な意思が室内に響く。それを聞いたニックが肩をすくめた。


 苦笑いしながらアルフが話を再開する。


「ということで、パットにはいずれ折を見てそちらでも働いてもらうつもりなんだ」


「わかった。だったら当面こっちは今まで通りでいいわけなんだな」


「ああ、構わないよ」


「けどよ、こっちのグループにパットを入れるってんなら、そんときは誰が抜けるんだ?」


 窺うような表情のダニーがニックとアルフへと目を向けた。以前のような活発さはないが、その瞳に強い意志は戻りつつある。


 難しい顔をしたニックがテリーへと顔を向けた。そのテリーも迷っている。


「誰が抜けるか、か。現状が安定しているから難しい話なんだよね。どうしたものか」


「テリー、俺、ケントが抜けるのは戦力的に論外、そうなると採取組の3人になるわけだが、こりゃ確かに迷うな。誰が抜けてもいいように思えるし、困るともいえる」


「ビリーが抜けると薬草を採る量が減るからね。できれば避けたいんだけど」


「そうなるとダニーかユウかのどちらかか。うーん」


 お互いを見ながらしゃべるテリーとニックの話を聞いた他の者たちが、ダニーとユウへと目を向けた。ダニーは少し眉を寄せて嫌そうな顔をしている。


 じっと話を聞いていたユウは自分のことを考えていた。


 現状は時間が不足していて訓練を思うようにできない。単純に訓練時間を捻出したいのならば、今のパットの話を活用すればいいだろう。ただし、そうなると今度は報酬がもらえなくなるので貯金ができない。これでは本末転倒だ。


 ただ、このパットの件は使える。というより、使わないと早晩ユウが倒れてしまう。問題はどう利用するかだ。収入の減少を抑え、利益を高めないといけない。


 色々と考えながらユウはアルフへと顔を向ける。


「アルフ、仮にパットと僕が入れ替わったとして、その日の外での仕事を手伝えば報酬はもらえます?」


「タビサとベンのところの仕事かい? それで留守番組の報酬をってことだね?」


「はい。空いた時間を訓練に充てたいんです」


「なるほど。パットが留守番組のときは丸1日働いて、ユウの場合は昼からの外での仕事のみか。チャドとエラがなんというかだが」


「いいわよ」


 突然後ろから話しかけて来たエラにユウとアルフは目を見開いて振り向いた。そのエラは興味ありげに2人を見ている。


「ユウはもう仕事を覚えてるから何も教えなくてもいいし楽だわ。それに、家の仕事はやるときはガッてやるけど後は暇よ。あたしとチャドは空いた時間で遊んでたりするもの。困ったときに呼ぶからそのときに手伝ってくれるだけでいいんじゃない?」


「そうだったね。だったら報酬の件はそのまま支払うってことでいいよ」


「ありがとうございます。でしたら、週の半分ずつでパットと交代すればいいんじゃないですか? これでしたら僕の取り分もそんなに減らないですし」


「俺もその案でいいと思う。ユウが戦力になってくれるとこっちの層も厚くなるし」


 3人の会話を聞いていたテリーもうなずいた。ダニーの表情も緩む。


 こうしてそれぞれの利益を調整して大まかな方針が決まった。パットもようやく落ち着いて迎え入れることができる。


 本来の用件を思い出したエラが鍋を長机に移すよう皆に伝えた。すると、テリーとニックが立ち上がる。その辺りからいつも通りの雑談が始まった。

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