自衛のためにやるべきこと

 慢心したダニーによりユウが危機に陥ったことは家に戻ってからの議題に上がった。何しろ1つ間違えればグループが大きな被害を受けてしまうのだ。見過ごせない。


 主にテリーとアルフが話し合った結果、次回からケントが復帰することになる。本来ならばもう数日様子を見るところだが、そうも言っていられないと当人が了承したのだ。


 その結果、エラが留守番組に、ダニーは採取組に戻った。ちなみに、ペアも以前の通りとなる。


 これで元の状態に戻ったわけだが、室内の雰囲気は暗かった。原因はダニーである。獣の森で大失態をやらかしてからふさぎ込んでいるのだ。


 さすがにこれは当人だけでなく周囲にもよろしくない。テリーが言葉を選びながら声をかける。


「ダニー、反省するのはいいことだが、いつまでも落ち込んでいるのは良くない。大切なのはこれからどうするかだ」


「どうするかって、どうすりゃいいんだよ?」


「冒険者になりたいのなら、1度は戦闘講習を受けておいた方がいいって前に言ったけど、あれから受講したかい?」


「いや、まだ」


「恐らく早く武器を買いたいから金を出し渋ってんだろうけど、それが良くない。今のお前に必要なのは武器じゃない。ちょうど明日は休息日だから受けてくるといい」


「それを受けたら、もうあんな失敗はしなくなるのか?」


「そんなわけないだろう。あれは油断した結果だ。どんなに剣をうまく使えても油断したらやられる。しかしお前の場合、まず心構えができていない。冒険者になりたいという思いが強すぎる。それは危険だ。だから、まずはその性根を講習でたたき直してもらえ」


 諭すように説得するテリーの言葉にダニーは小さくうなずいた。その態度を見てテリーは小さくため息をつく。


 2人の様子を見ていたニックがテリーへちらりと目を向けた。そして、すぐにダニーへと戻すと口を開く。


「俺は冒険者を目指しているわけじゃないが、知り合いで2人ばかりなった奴がいた。どっちもいい奴だったんだが、1人は早々に死んじまったよ。小さい頃から冒険者になるのが夢で、それが実現して嬉しかったんだろうな。無茶ばかりした挙げ句にだ。お前を見てるとそいつの姿とだぶって仕方ない。俺としてはお前に死んでほしくないから、ここは1つ、腰を据えてじっくりと取り組んでみたらどうだ?」


「それが戦闘講習を受ける理由ってことなのか?」


「それもあるんだが、そもそもお前、冒険者になるために必要なことを知ってるのか? 具体的に何をすればいいのかだ」


「友達と色々調べたりはしたけど」


「噂話じゃなく、実際に冒険者に聞いたりしたわけか?」


「それは」


「調べたことのすべてが間違いだとは言わないが、1度その知識も整理してみたらいい。幸い、この中じゃテリーが一番近いから教えてもらえばいいだろう。テリー、そういった相談を受けたことはあるのか?」


「あるけど、聞きたがってたことを教えたっていうくらいかな。聞いたことをどれだけ実践したかまでは知らないよ」


 肩をすくめたテリーが答えた。ニックが微妙な表情を浮かべる。


 このようにダニーは冒険者を目指すために再出発をすることになった。死ぬことなく仕切り直せるのは幸運だろう。




 長机の前に座ってじっと話を聞いていたユウは自分のことを考えていた。


 現在の目標は町の中で仕事を得ることで、このグループでそのために必要な金銭を稼いでいる。薬草の採取でも獣の狩猟でも報酬額が同じなら、戦う必要のない採取組のままが良い。


 しかし、実際に獣の森で働いてわかったことは、実のところ襲撃直後の危険性は採取組でも狩猟組でもあまり変わらないということだ。今回のように獣が複数で同時に襲ってきたときは、例え採取組であっても戦わないと生き残れない。


 また、首尾良く木の上に登れたら安全だが、それは狩猟組が獣を撃退してくれるからだ。もし狩猟組が全滅してしまったらお手上げである。


 結局のところ、獣の森に入ればみんな等しく危険なのだ。多少の差はあっても条件が変わればそんなものは消えてなくなる。


 身を守る力が必要だった。貯金に長期の時間がかかる以上、今回のような危険はこれからも発生する。それならば、その危機に備えておかないといけない。


「アルフ、また手斧を貸してくれないかな」


「何に使うのかな?」


「あそこに立てかけてある太い木の枝を半分に切るんだ。棍棒を作ろうと思って」


「もう持ってるんじゃなかったのかい?」


「素振り用に今のより一回り大きな物がほしいんだ。今回はたまたまダニーの失敗ってことになってるけど、もっとたくさんの獣に襲われたらきっと僕も戦わないといけないと思うんだ。そのために鍛えておこうと思って」


「なるほどね。いいよ」


「ありがとう。終わったらすぐに返すよ」


 快諾してくれたアルフにユウは笑顔を向けた。


 自主的に訓練をすると宣言したユウに肯定的な笑顔を見せたテリーが提案する。


「どうせなら、ダニーと一緒に戦闘講習を受けたらどうだい?」


「うーん、僕の場合それ以前だと思うんです。今回野犬と力比べをしたんですけど押されっぱなしだったんで、まずは体を鍛えた方がいいんじゃないかなって思ってます」


「なるほどね。だったら、貧民街の外周を走ってみたらどうかな? 俺も前はそうやって体力をつけたものだよ」


「走るんですか。それで体を鍛えられる?」


「素振りをしたときに鍛えられるものとは違うと思うけど、戦うときに長く走り回れるのはとても重要なことだ。素振りと一緒にやってみたらいい」


「わかりました。考えておきます」


 テリーの助言も合わせてユウは早速翌日から実行することにした。


 休息日の朝はいつもビリーとの勉強会をしているが、この日は棍棒作りに充てさせてもらう。アルフから借りた手斧で太い木の枝を半分に切断して枝の先端側を手に取った。そのままでは握れないので、直径が細い方を持ち手に定めて削る。


 昼頃には、かなり無骨な棍棒が完成した。握りの部分は荒削りすぎる。予想以上に削る作業が大変だった上にうまくいかなかった。これなら買った方が良かったのではと思える出来である。


 しかし、それでも完成した。昼食直前だったが握りの部分にぼろ布を巻いて軽く振ってみる。両手で振ってみたが、重いというだけでなく、何かすっぽ抜けそうな不安な感触があった。出来が悪いのか、それとも筋力不足なのかわからない。


「これはしばらく試行錯誤しないといけないなぁ」


 やはり買おうかと心によぎるものの、ここまでやってしまっては今更後に引けなかった。


 棍棒の出来にがっかりしながらも昼食を食べたユウは昼からの予定に取り組む。次は貧民街の外周の走り込みだ。


 とはいっても、貧民街の外周についてユウは実のところよくわかっていない。そこで、たまたま手の空いていたニックに教えてもらう。


「貧民街の外周ね。案外わかりやすいんじゃないか? 安酒場街や市場との境界ははっきりとしてるし、貧者の道沿いのところもわかりやすい。街の東から南にかけては建物と原っぱが境だしな。迷うことはないと思うぞ」


「1周はどのくらいあるんですか?」


「測ったことなんてないからわからないな。でも、歩いてそんなにかからないんじゃないか?」


 悩むことなく返答されたことからユウもそれを信じてまずは歩いてみた。貧民街と市場の境界を起点に、貧者の道、安酒場街と貧民街の境界を回っていく。


 ところが、安酒場街との境界から更に東へと向かったところで、ニックの話と微妙にずれてきた。確かに建物と原っぱが境なのだが、意外に獣の森方向へ広がっているのだ。大きく回って南の端にたどり着き、そこから北西に向かって歩く。


 歩き始めた地点に戻ったとき、ユウの額に汗が滲んでいた。首をかしげつつ帰宅後に尋ねてみる。


「ニック、安酒場街から東に向かって歩いて、そこから大回りして南の端を通って、それから市場に戻ったんだけど、貧民街ってこんなに広かったの?」


「話を聞いていると、ユウのなぞった線よりかはもっと短かった気がする。ただ、もう何年も前の話だしなぁ」


「それを早く言ってよ」


 数年前の情報を聞かされていたユウは長机に突っ伏した。


 ともかく、これで戦うための訓練をする準備は整う。時間はかかってもこなさなければその代償を支払うのは自分だ。何としてもやり遂げなければならなかった。


 奮起するユウではあったが気になる点もある。日々の仕事をこなしながら訓練もするということは、肉体的には休みがないということだ。さすがに張り詰めっぱなしは良くないので、どこかで休息をいれないといけない。しかし、その勘所がわからなかった。


 結局のところは試行錯誤するしかない。悩みつつもユウは訓練を始めた。

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