初めての戦い

 負傷していたケントは起き上がれるようになった。まだ体を動かすと傷付いた箇所がうずくことがあるので、今はチャドと一緒に酒場や宿屋を回って仕事をしている。


 一方、アルフは朝の間に家を出ることが多くなった。以前こぼしていた人手不足の解消を図るためだ。ある程度の目星は付いているらしい。


 留守番組がケントの復帰に向けて動いている中、獣の森で働くユウたち薬草採取組は順調に稼いでいる。エラはビリーに付き添われながらであれば申し分ない働きができるようになった。なので収入面での問題はない。


「もうちょっとでケントが戻って来るのよね? そうなったらあたしはこの仕事をオサラバしてやるんだから!」


 問題はエラだった。獣の森での薬草採取は性に合わないらしい。今は我慢できているが期間の延長は頼めなさそうである。最近ビリーの顔色が優れない原因であった。


 以前と同じ役割をするだけで良かったユウは、今は採取場所の確認をビリーと一緒に任されている。ビリーの推薦だ。休息日の度に薬草や薬について学んでいたので、今度は実地研修というわけである。


 それが終わると1人で薬草を採取するわけだが、ダニーとペアになって以来ずっと背後で素振りの音を聞くようになった。


 付近の薬草を採り終えたユウは立ち上がって背伸びする。


「う~ん」


「なんだ、終わったのか?」


「ここはね。次の場所に移らなきゃ。でも、一旦休憩かな。体が凝っちゃって」


「オレも場所を変える度に休んでたぜ。休みすぎだってよくニックに怒られてたけど」


「そんなに休んでたんだ。でも今は誰に言われなくても素振りはするんだよね」


「当たり前だぜ! なんたって冒険者になるための訓練だからな! 草むしりとはワケがちげーよ」


「けど、放っておいたらずっとやってそうなんだけど、それって疲れない?」


「その疲れも気持ちいーんじゃねーか。自分が強くなってるっつー実感があってよ」


 楽しそうに話すダニーの顔には汗が流れていた。家にいるときなら熱心なことだと褒められるが、今は仕事中である。


 どうにもユウは不安だった。言葉を選んで尋ねてみる。


「前に薬草を採っていても獣の気配がわかるって言っていたけど、素振りで疲れすぎていざってときに動きが鈍るってことはないの?」


「ユウは心配性だなぁ。その辺も考えてちゃんとやってるって。へばって獣と戦えねーなんてことになったら、テリーとニックにどやされちまうからな」


 一応は考えながら素振りをしているらしいことを知ってユウは黙った。あまり深く突っ込んでも反発されることは目に見えている。考えなしではないのならとりあえずは良しとするしかなかった。


 臨時のグループになってからも何度か獣に襲われたユウたちだったが、いずれもテリーとニックのいる場所が最初に襲われている。絶対の保証はないものの、ケントの復帰が近いのでそれまでなら何とかなるのではとユウも思っていた。


 別の場所に移ったユウは麻袋と棍棒を脇へ置く。ここは最初に採取場所を確認したときに目星をつけていた所だ。全部採れば結構な額になるだろう。


 しゃがんで目の前の薬草を採り始めた。背後から素振りの音が聞こえてくる。調子に乗ってくると周りが気にならなくなった。


 しばらく薬草を採り続けていたユウは小さく息をつく。まとめて山積みした薬草を麻袋に入れないといけない。


「ん?」


 脇に置いていた麻袋を手にしようとしたユウは体を止めた。なんとなく誰かに見られているように思えたからだ。しかし、背後からは素振りの音が聞こえる。ダニーは気付いていないらしい。


 ならば気のせいかともユウは考えたがそうは思えなかった。感覚が鋭いわけではないが、それでも人の視線を感じることくらいはある。それに似ていた。


 声を出す前にユウは棍棒をゆっくりと手に取る。強ばった体を少しずつ視線に正対させようとした。体が右側へと向いていく。


 そんなユウの行動に気がついたダニーが素振りを止めた。不思議そうに尋ねる。


「ユウ。どうした?」


「ガゥ!」


 草木の間から飛び出してきた獣の叫びとダニーのかけ声はほぼ同時だった。


 右前方から飛び出してきた獣の正体を知る間もなく、ユウはとっさに右手で掴んだ棍棒を自分と獣の間に割り込ませる。そして、左手で棍棒の先を握ると同時に両腕へ衝撃が走った。勢いに押されてしゃがんでいた体勢が崩れて地面に押し倒される。


「や、野犬!?」


「ガゥウゥゥ!」


 生暖かい臭いがするほど鼻面を近づけられたユウは獣の正体に目を剥いた。棍棒を野犬がくわえている。それほど大きくはないが遠慮なしに殺そうとする勢いはかなりのものだ。


 血走った目でよだれを垂らした口元を顔から離そうとユウは両腕に力を込めた。しかし、なかなか遠ざけられない。


 身の危険を感じたユウは引きつった顔をわずかに横へ向けた。すると、ダニーも野犬と戦っている姿を見る。


 助けを期待できないことを悟ったユウは顔に恐怖を浮かべた。ここからどうすればいいのか何も思い付かない。


 完全に膠着状態に陥っていると、いきなり野犬が横へ吹き飛んだ。その反対側へと目を向けるとテリーが右足を蹴り上げている。


「ユウ、大丈夫か!?」


「う、うん。怪我はないよ」


「木の上に登れ!」


 血相を変えたテリーの言葉に従ってユウは手近な木へと向かった。棍棒を放り出して木に取り付く直前にダニーの姿が目に入る。野犬に木の棒を向けている姿が見えた。


 不安な表情を浮かべたユウが木の登ってしばらくするとテリーから声がかかる。野犬が退治されたことを知ると地面に降りた。近くに転がっていた棍棒を拾う。


 呼びかけたテリーは剣を握ったまま立っていた。そのすぐ近くには汗だくのダニーが肩で息をしている。


「ユウ、一旦他のみんなと合流しよう」


「うん。あ、この薬草すぐに麻袋に入れるから少しだけ待って」


「早くするんだぞ」


 丁寧に積み上げられた薬草は奇跡的にそのままだったので、ユウは急いで麻袋へと突っ込んだ。そして口を閉めるとテリーの後に付いていく。


 少し離れた場所には、ニック、ビリー、エラが立っていた。ユウたちの姿を見て安堵の表情を浮かべる。


 全員が合流するとテリーがダニーに向き直った。その表情はいささか厳しい。


「ダニー、聞いておきたいことがある。俺が助けに来たとき、ユウは野犬に組み敷かれていた。なんであんなことになっていたんだ?」


「それは、いきなり野犬が2匹同時に襲ってきたからで」


「お前が対処できないくらいに突然襲われたのに、ユウは棍棒で野犬の口を押さえることができたのか?」


 いつになく厳しいテリーの詰問にダニーはしょげかえった。周囲もテリーの態度に当てられて明るい雰囲気がかき消される。


 何も答えないダニーから一旦目を離したテリーは次いでユウへと体を向けた。若干穏やかになった顔で尋ねる。


「ユウ、野犬に襲われるまでに何があったのか教えてくれないか」


「採った薬草を麻袋に入れようとしたときに、誰かに見られている気がしたんです。それで、気のせいとは思えなかったので、ゆっくりと棍棒を手にしながらそちらに体を向けようとしました。その途中で、ちょうどダニーに声をかけられたと同時に野犬に襲われたんです。棍棒で防げたのは偶然でした」


「ダニーからの警告はなかったのか?」


「ありませんでした」


「そうか」


 説明を聞いたテリーが顔をしかめた。ニックは目をつむって天を仰ぐ。ビリーとエラは顔を見合わせていた。ダニーはうつむいている。


「ダニー、お前は野犬に襲われる気配は感じなかったのか?」


「それは」


「ユウが異変を感じたくらいだ。お前なら気配を感じ取れてもおかしくはないと思うんだが、何か気を取られるようなことでもあったのか?」


 うつむいたままのダニーは返事をしなかった。全員がその様子を見る。


 腰に手を当てて立っていたニックが小さなため息をついた。渋い表情のまま口を開く。


「お前、ずっと素振りをしていたな? それで気付かなかったんだろう」


「あんた何やってんのよ」


 驚きの表情を浮かべたエラがつぶやいた。隣のビリーは困惑したままである。


 顔をしかめていたテリーはしばらく目を閉じていた。やがて大きなため息を吐いて目を開ける。


「ニック、このまま作業を続けられると思うか?」


「薬草を採るっていう意味ならできるだろう。ただ護衛の方はな。ああそうだ、全員が一塊になって作業するんなら大丈夫だと思う」


「その手があったね。利用料くらいは稼がないとまずいからそうしようか」


「不安は残るけどな」


「ダニー、次は間違えるなよ」


 再び大きなため息を吐いたテリーはダニーに警告した。命じられた本人の反応はない。


 一連の様子を見ていたユウはかなり気まずい思いをした。

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