見かけなくなる者たち

 獣や人に襲われるという危険と隣り合わせながらも、ユウは獣の森での薬草採取にすっかり慣れた。算術で買取金額の不正を正したことにより、仲間の信頼を得て更に報酬額も増やす。目標までの道のりは長いが生活基盤を手に入れたので不安はない。


 所属するグループはケントが負傷したことで色々と調整が必要になったがおおむね順調だ。何よりユウの役割は何も変わらなかったので調整の影響が最も少ない。


 ただし、テリーからの提案を受け入れたことにより余暇の余裕が少なくなる。ビリーとの文字と薬の勉強会に加えて、棍棒や悪臭玉の使い方の練習を始めたからだ。チャドとエラの仕事を手伝っているのも忙しい要因の1つだった。


 週に1度の休息日、その日の終わりにユウは冒険者ギルド城外支所へと寄る。その全身が湿った姿にすれ違う人が目を向けるがユウは気にもしない。


 いつものように行列のないレセップの受付カウンターの前にユウは立つ。


「レセップさん、両替しに来ました」


「おう、精が出る、何だお前さん、水堀にでも落ちたのか?」


「川で水浴びしてきたんですよ。ついでに服も洗ったんです。冷たいですけどさっぱりして気持ちいいですよ」


「そうか」


「どうです? この前と違って臭くないでしょう」


「もしかして前に言ったことを気にして水浴びしたのか?」


「言われて自分でも気になったからというのもありますけどね」


「真面目だねぇ。聞き流しゃいいものを」


「これから暑くなる一方ですから、週に1回くらいは水浴びしようかなって思ってます」


「すっかりハマってんじゃねーか。まぁいいや。で、両替するんだろ?」


 本題に入ったところでユウは膨れ上がった革袋の中から鉄貨を取りだした。数えながら10枚ずつの山を作っていく。100枚でレセップに引き渡した。


 受付カウンターの奥へと引っ込んだレセップが銅貨1枚を持って戻って来る。


「ほらよ。しかしお前さん、最近本当に調子がいいな。毎週両替してくるなんて」


「そうなんですか? 他のグループはそれほどでもない?」


「カネが手に入ると使っちまう輩が多いってのもあるが、そもそもあの利用料をさっ引かれるから大して手元に残んねーんだよ」


「買取担当者のごまかしもありますからね。僕は算術ができますから大丈夫ですけど」


「ああそうか、お前さんはその分実入りが多いんだな」


「それで、僕のグループは獣の森で仕事をする日は日銭がもらえるんですが、今月からその額を増やしてもらったんですよ。生活費に余裕ができたからって」


「なるほどねぇ。本当にうまくいってるわけだ」


 少しばかり感心した様子でレセップはユウを見つめた。貧民は算術ができず、平民は獣の森でうまく仕事ができないと噛み合わないことが多いので、ユウのグループのような例は珍しいのだ。


 銅貨を革袋にしまったユウはレセップに尋ねてみる。


「うまくいっていないところはどうなるんですか?」


「利用料を払えずに人買いに売られる、生活苦で借金をして身持ちを崩す、仲間割れしてばらばらになる、他のグループを襲って糊口をしのぐ、まぁロクな末路じゃねぇな」


「貧民の生活ってそんなに厳しいんですか」


「今のは獣の森で働いている連中の話だ。酒場や市場で働いてる貧民の生活は貧乏なりにもっと安定してるからな。いつ底が抜けるかわかんねぇけど。ま、そりゃみんな同じか」


 言われてみればその通りだった。武具屋や宿屋が日銭を稼ぐ人足並に不安定な職業であるわけがない。ユウは頭をかきながら力なく笑う。


「今の話を聞くと、確かに僕たちのグループはうまくいっている方ですね。テリーやアルフがうまくまとめているんだろうな」


「お前さんのところのまとめ役は優秀なんだろう。けどそれなら、お前さんは早くそいつらの優秀なやり方を身につけておけよ」


「もちろん身につけたいですけど、早くって?」


「そんな優秀な奴がいつまでも貧民なんぞやってるわきゃねぇだろうが。いずれ上に行っちまってその場からいなくなる。だからお前さん自身も優秀にならなきゃいけねぇんだよ」


 助言を聞いたユウはテリーの話を思い出した。遠くない将来に今のグループを抜けるかもしれないと言っていたのだ。最近のユウの行動もそれに大きく影響を受けている。


 思い返してみると、テリーは自分の未来のためにうまく布石を打っているように見えた。もちろんユウの意思を確認しながらではあるが上手に取り込んでいる。


 これが優秀なやり方なんだとユウは納得した。相手が承知した上で自分のためにもなると思って動いている。確かにうまくやっていると感心した。


 同じことをできるのかと問われたらユウは首を横に振る。しかしだからこそ、これからテリーの優れたところを取り入れなければいけない。


「なるほど、よくわかりました。できる人のいいところを身につけられるようになりたいと思います」


「できる範囲でな。無理ならやめとけよ」


「はい、ありがとうございます。それじゃ今日は帰ります」


 最後に礼を告げたユウは受付カウンターから去った。


 今回のレセップの話はユウにとって周囲をよく観察するきっかけとなる。今までは生きるために知識や技術ばかりを身につけようとしていたが、人の間でうまく立ち回る方法も必要なのだと知ったのだ。


 ユウとしてはあまりこのような考え方はしたくないのだが、親に売られたのも、人買いに売り買いされたのも、商店の店主に使われ解雇されたのも、みんな相手の都合であって自分のせいではない。


 それは今のグループも例外ではないように思えた。薬草採取ができなくなったらあそこに居場所はあるのだろうか。かつて言われたことがある。あそこは生活するための共同体であると同時に、目的を達成するための通過点だと。


 ならば、そう考えて動かないといつまでもいいように使われるだけだ。今は仕方ない。しかし、いつまでもそのままでは絶対にいけない。


 今後どう立ち回るべきか考えながらユウは家路についた。




 夕飯時は1日の中で最も楽しいひとときだ。それは休息日であるなしは関係ない。


 冒険者ギルド城外支所から帰ってきたユウはすぐに夕飯にありつけた。席について肉なしのスープを口に入れる。


 ある程度空腹を満たすと誰とはなしに雑談が始まった。みんな今日あったことを中心にしゃべる。


 その雑談の中でも気になる話題があればユウも耳を傾けた。今回最初に気を引く話を始めたのはアルフである。


「タビサの店に入り浸る客がいるんだけど、あれは迷惑だね。俺がチャドと行き始めてからずっといるんだ。エラはそいつらのことを知ってるかい?」


「知ってる! 店の隅っこで1日中くだを巻いてるヤツらのことでしょ? アルフと交代する2日前から来るようになったのよ。エール1杯で1日中いられるもんだから、タビサさんも商売あがったりだって文句を言ってたわ」


「掃除をしようにもずっといられちゃできないしね。おとなしいだけましだともいえるんだけど」


「おとなしくなんてないわよ! あいつらサリーにちょっかいかけようとするんだから! あたしが注意したらガキはあっちいけだって! なによ、負け犬のくせに!」


 興奮冷めやらぬエラは長机を叩いた。珍しく本気で怒っている。


 スープを食べていたビリーが首をかしげた。その疑問をエラにぶつける。


「負け犬ってどういうこと?」


「あいつらはね、元々町民だったんだけど追い出されたんだって。それで、獣の森で薬草を採ってたら獣に襲われて、それ以来怖くて森には入れなくなったらしいのよ」


「良く知ってるね」


「酒臭い息と一緒に愚痴も垂れ流してたのをサリーが聞いていたのよ。他の店を追い出されてこっちに居着いたくせに態度だけでっかいんだから!」


 言い終わるとエラは怒りながらスープを食べた。面倒な客はどこにでもいるものだと一堂はうなずく。


 次いで口を開いたのはダニーだ。全員の顔を見る。


「今日知り合いから聞いたんだけどよ、獣の森で他のグループを襲ってた連中がいたろ? あのオレたちを襲ったヤツら。あいつら、どっかの金貸しに捕まったらしいぜ」


「どっかの金貸し? 借金をしてたのか」


「そーなんだよ、ニック。話によると生活費に困って借りたのが始まりらしいんだ」


「ということは、森の中で襲ったのはそのせいってことか」


「たぶんな。今頃は人買いにでも売られてんじゃねーかな。何にせよ、これでもう森の中で追い剥ぎに襲われずに済むってわけさ」


 楽しそうに話していたダニーはしゃべり終えると木の匙をくわえた。


 じっと話を聞いていたユウは心当たりのある者たちを頭の中に思い浮かべる。その情報がどれだけ正しいのかはわからないが、末路が悲惨なのは違いない。


 そうはなりたくないなとユウは強く思った。

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