メンバーの調整
春にユウがテリーたちのグループに参加して初めて負傷者が発生した。ケントは背中の傷が癒えるまで安静にしないといけない。
そうなると獣の森で働くのに支障がある。狩猟組のメンバーが1人足りないのだ。この穴を埋めないといけない。
この調整のために夕食後長机を囲んで話し合いが始まった。最初に発言したのはテリーである。
「ケントの抜けた穴を埋めないといけない。これについて今からみんなで話し合おう。ニック、何か意見はあるかな?」
「今の採取組から狩猟組へ移ってもらうことになるが、その前にアルフ、チャドとエラのどちらかをこちらに寄越してもらっても構わないか?」
「良くはないけど仕方ないね」
「こっちの仕事を手伝ってもらうとしたらどちらがいい?」
「エラかな。チャドじゃ動きが鈍すぎるだろうし」
「エラの抜けた穴はどうするんだ? 毎日酒場や宿屋で仕事をしてるんだよな」
「それなら、俺が代わりに外での仕事をやるよ。ケントの傷が治るまでという限られた間だけならどうにかする」
返答に満足したニックは大きくうなずいた。留守番組の穴埋めが何とかなるのなら、この中でやり繰りすればいいだけだ。アルフからテリーへと顔を向ける。
「テリー、一時的にダニーをケントの代わりにしたらどうだろう」
「まぁそうなるよね」
「やったぜ! ついにオレの力を見せるときが来た!」
両手を握りしめたダニーが叫んだ。冒険者になることが夢なのは誰もが知っているので全員が苦笑する。しかし、異論は出てこない。
仲間の様子を見たテリーは話を続ける。
「そうなると、次はペアをどうするかだね。う~ん、俺はニックがエラと、ダニーがビリーとペアを組んだらどうかなって考えてる」
「理由は?」
「ダニーとエラを組み合わせるのは良くない気がするからだよ。森の中で喧嘩をされたらお手上げだろう?」
同意を求められたニックは苦笑いした。普段些細なことですぐ口論になるのだ。間違いなく獣の森の中でも喧嘩をするのは想像できる。ダニーとエラでさえうなずいた。
納得した表情のニックだったがそれでも反論する。
「悪くないと思う。ちなみに、ダニーとユウのペアはどうなんだ?」
「それは考えたことがなかったな」
「やっぱり。俺も今思い付きで話してるんだけど、なんかできそうな気がするんだよな。何しろユウも最近棍棒を持つようになったろう?」
顔を向けられたユウはぴくりと反応した。のんびりと話を聞いていたとこで不意を突かれてしまう。
「確かに持ちましたけど、えーっと」
「棍棒を持つように勧めたのは俺なんだ。ダニーに続いて狩猟組の代わりができるようになってほしいって言ったからだよ」
まごつくユウに代わってテリーがニックに説明した。このグループの仕組みを理解しているニックは頭をかきながらうなずく。
しかし、その発言にダニーが反応した。わからないといった表情を浮かべて尋ねる。
「なんでユウにそんなことをさせるんだ? まだ入って2ヵ月も経ってないだろ。早すぎないか?」
「入った順番なら次はビリーなんだけど、ビリーは狩猟組に移るつもりはないからユウを繰り上げたんだよ。ケントを見ても、いつ誰が怪我で抜けるかわからないんだ。早めに打てる手は打っておくべきじゃないか」
「まぁそりゃ」
「今のところユウは狩猟組への転向は望んでいるわけじゃないから、これはあくまでもグループ全体のことを考えてやってもらったことだよ」
「え、ユウって狩猟組に行きたいわけじゃねぇの?」
目をむいてこちらに顔を向けてきたダニーがユウに問いかけた。
逆にユウからするとそんなに驚く理由がわからない。首をかしげながら返答する。
「僕は町の中でまた働くことが目標だから別に戦いたいわけじゃないよ。初めてこの家に来たときに夕飯を食べながら話したと思うけど」
「そういやお前そんなこと言ってたっけなぁ。あー思い出したぜ」
説明を聞いたダニーがすっきりとした表情で笑った。ユウからすると何が何だかわからない。
その様子を見ていたテリーがダニーに確認する。
「ダニー、ユウとペアになるのは構わないかい?」
「別にいいんじゃねぇの。役割分担がはっきりとしてるんなら誰でも同じだろ」
「そうか。だったら1度ユウとペアを組んでみてくれ」
「いいぜ。よろしくな、ユウ」
「うん、こちらこそ」
あっさりとニックの提案を受け入れたダニーがユウに挨拶をした。多少戸惑いつつユウも挨拶を返す。
こうしてグループはケントの抜けた穴を臨時で埋めることができた。
翌日、臨時のグループでユウたちは獣の森へと向かった。エラは採取組の道具一式をダニーから借りて仕事に臨む。
森に入る前にいつも虫除けの水薬を露出部分に塗るが、ここでエラが悲鳴を上げた。この水薬のことをすっかり忘れていたらしい。
「待って! こんなくっさいのを塗りたくれって言うの!?」
「それを塗らないと、虫に刺されてもっと大変なことになるぞ」
ペアであるニックから指摘されたエラは顔をしかめた。しかし、刺されすぎて顔が腫れ上がるのとどちらがいいかと選ばされてしまう。追い詰められたエラは文句を言いながら顔や手に塗る羽目になった。
森に入る前からげっそりとしたエラを連れて一行は獣の森の中を進む。昨日熊に襲われたという恐怖は心の内にあるのかもしれないが、それを顔に出している者はいなかった。
今日の最初の採取場所にたどり着くと、ユウはダニーと一緒に自分の担当場所へと移る。たどり着くとすぐにしゃがんで作業を始めた。やることはいつもと同じなのでこの日も最初から作業は順調に進む。
しばらくすると背後から小さい風切り音がユウの耳に入ってきた。不思議に思って振り向くとダニーが木の棒で素振りをしている。その姿に唖然とした。
すぐにユウが見ていることに気付いたダニーが動きを止める。
「ユウ、怠けてたらダメだろう。早く仕事しろよ」
「いやそりゃするけど、ダニーは何やってるの?」
「見りゃわかるだろ、素振りをしてるんだよ。剣の腕を上げるためには常に修行しないといけないしな!」
「僕の警護はいいの?」
「獣の警戒か? 大丈夫だって。素振りをしててもわかるから! オレって草むしりをしてるときから気配を探れてたんだぜ」
そんな話は他の誰からも聞いたことがないユウは困惑した。素振りの練習に戻ったダニーはもう話す気がないようなので、ユウも作業に戻る。
その日は何事もなく1日が終わった。熊に襲われた翌日だったので皆が安心する。
問題がないということで、この臨時のグループで当面やっていくことになった。そのことに最も喜んだのはダニーで最も嫌がったのはエラである。
「へへ、やっぱりオレには狩猟組が性に合ってんな! ずっとやりたいくらいだぜ!」
「もう最低! 臭い水薬は塗らなきゃいけないし、ずっとしゃがみっぱなしで体は痛いし、手は土だらけになるし! ケント早く治ってよぉ!」
2人の叫びを聞いたテリーとニックは苦笑いをした。エラにはしばらく我慢をしてもらうしかないのでみんなでひたすらなだめる。
一方、エラの穴埋めをしているアルフも苦労をしていた。チャドと組むのはともかく、やはり右足の不自由さが作業の妨げになっている。
「こうやって改めて働いてみると、自分の右足が恨めしく思えてくるね、チャドには迷惑をかけてばかりだよ」
「仕方ないよ。ちょっとの間だから我慢する。それにみんなも悪く言ってないし」
「ありがとう。ただ、今回の件で人数がぎりぎりというのは良くないと理解できたよ。ケントの傷が癒えて仕事に復帰したら動いてみることにする。最近は蓄えに余裕が出てきたからね。何とかなると思うんだ」
作業自体は単純でも、体を常に動かす仕事となると足の悪さはかなり不利な条件だ。やってできないことはないものの、長期的に仕事を続けるのはきついことが改めて判明する。
ケント1人が倒れたことによる周囲の影響は地味に大きかった。そして、特に留守番組が思った以上に余裕がないことも明るみとなる。収入面では獣の森よりも稼ぎは少ないが、周囲との繋がりを考えるとおろそかにできない仕事なのだ。
ただし、ぎりぎりで人を回しているのはテリーたちだけではない。貧民グループはどこでもこのようなものである。だからこそ、何かあればあっさりとグループは崩壊し、常に合流と分散を繰り返しているのだ。
この辺りの事情は町の中でもあまり変わらなかったなとユウは思っている。ただ、町の中は外よりもいくらか余裕があるのですぐには崩れないというだけだ。
ともかく、当面はケント抜きでそれぞれの仕事をこなすしかない。幸い、ユウは今まで通り作業をするだけで済む。早くグループが正常に戻るよう祈るばかりだった。
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