巻き込み注意
暖かくなるにつれて獣の森の中の植物はより生い茂る。草木は今が成長期とばかりに高く大きくなっていった。そのため、中を歩くのがわずかに難しくなる。
今日もユウたちは薬草採取に精を出していた。今では一通りの薬草を見分けられるようになったユウも1人で薬草を採っている。ビリーの教育の成果だ。
立ち上がって背伸びをしたユウが大きく息を吐く。
「先月よりも薬草が大きいですね」
「森の植物が成長しているからね。薬草も同じなんだろう」
ペアであるテリーが振り向いた。先月買った革の鎧はすっかり様になっている。今のところはまだどこも傷付いていない。
採った薬草を入れた麻袋を手にユウは歩き始めた。別の薬草が生えている場所に向かう。
「なのに買取金額は変わらないんですよね。絶対おかしいですよ、あれ」
「そう言われても、値段を決めているのは俺じゃないからなぁ」
「ただ、細かく値段を設定すると今度は選別のところで面倒なことが起きそうですから、やっぱり今のままの方がいいのかなぁ」
「おいおい、結局どっちなんだ?」
呆れたテリーが肩をすくめた。そして、別の場所へと顔を向ける。表情は真剣そのものだった。わずかに腰を落とす。
薬草を採ろうとしていたユウはテリーの様子に気付いて体を止めた。経験的にこういうときは何かあるときだと知っているので緊張する。
「獣が来ました?」
「それにしては随分と、人?」
森の草木の奥から現れたのは必死に走る人だった。それも複数人である。以前他のグループに襲われたことがあったが、あのときとは違ってこちらには目もくれていない。
先頭の男は目の前に現れたユウとテリーに目をむいたが走り続けた。しかし、一言だけ叫ぶ。
「熊だ!」
テリーの脇をすり抜けた男はそのまま走り去っていった。他の者たちも次々と2人を無視して別の方へと走って行く。
その叫び声を聞いたユウはすぐさま近くの木へと向かって走った。棍棒は持っているが熊相手には役に立たない。逃げないといけなかった。
あらかじめ目をつけておいた木に飛び移ると一気に上へと登っていく。既に何度も繰り返しているのでその動きは滑らかだ。とりあえず中程まで登る。
「こっちには来てない? あ、でも」
下から声が聞こえてきた。仲間らしき声に、獣おそらく熊の叫び声。どうやら熊は目標を逃げ去った者たちからテリーたちに切り替えてしまったようだ。
こういうことはよくあるとユウはテリーから聞いたことがある。なすり付けという行為で、故意にした場合は被害者から殺されても文句は言えない危険な行為だ。
あの逃げ去った者たちは初めて見る顔で恐らく恨まれるようなこともないはずなので、たまたま自分たちが巻き添えを食らっただけだろうとユウは推測した。こういう事故のようななすり付けは珍しくない。あちこちで多くのグループが活動しているからだ。
そうなると、獣への対処はなすり付けられた側がしないといけない。ただ、こういうときはグループ単独で対処できない獣が相手になる可能性が高いため、悲惨な結果になることが多いとも教えられた。熊はその筆頭の獣である。
「悲鳴!? 誰の?」
視界がほとんど聞かない木の中程でじっとしているユウにとって、音は重要な情報源だった。しかし、それだけでは状況がどうなっているのかよくわからない。
不安に思いつつユウが木の中程で留まっていると、誰かが走り寄ってくる音がした。そして、自分の名前を呼ばれる。
「ユウ、降りてこい! 逃げるぞ!」
声の主はテリーだった。かなり焦っている。
未だ危険なままだと再認識したユウは急いで木を降りて地面に足をつけた。走り寄ってきたテリーに顔を向ける。
「熊はどうしたんです?」
「とりあえず悪臭玉でひるませたがまだこっちを狙う気だ。それとケントが怪我をした。ダニーとビリーで担いでこっちに来るから一緒に逃げろ。悪臭玉の準備を忘れるな!」
一気に言い切ったテリーは踵を返して走って行った。同時にケントを肩に担いだダニーとビリーが姿を見せる。
その様子を見ながらユウは急いで悪臭玉を腰から取り出した。何度も練習はしているので投げ方は覚えているが、実際に使う機会があるのなら今回が初めてになる。
両肩を担がれているケントはかなり弱っているように見えた。一見すると無傷のように見える。ダニーは右手でケントの剣を持っていた。
たまらず近寄るユウにダニーが叫ぶ。
「おい、ユウ! 代わってくれ! オレもテリーとニックに加勢してくる!」
「え? このまま一緒に逃げるんじゃ?」
「頭数は多い方がいいだろ! オレだって囮くらいにはなれるぜ!」
棍棒を手にしようとしていたユウは困惑してその手を止めた。テリーの指示とは違うダニーの主張だが、その必死の形相に気圧されて代わりにケントを支える。
身軽になったダニーは踵を返して走り去っていった。それを呆然と見送るユウだったが、ビリーに声をかけられる。
「ユウ、僕たちは逃げよう。ここでじっとしていて熊に追いつかれたら目も当てられない」
「そうだね。よし、行こう」
気を取り直したユウはビリーと一緒にケントを担いで歩き始めた。
改めてケントの状態を見たユウだったが、背中が鋭い爪のようなものでいくらか抉られており、その表情は蒼白である。目を開いて足を動かしているので意識はあるようだが余裕はないのが一目瞭然だ。
ケントの状態を心配しつつもユウはビリーに話しかける。
「ビリー、そっちに何があったの?」
「熊がテリーを追いかけてきたんだけど、ちょうど僕の近くだったんだ。それで、今度は僕とケントを目標にしたらしい熊に襲われたんだよ」
「それじゃ、ケントはそのときに?」
「違う。僕が木に登るところでニックも駆けつけて、テリーと3人で熊を誘導しようとしたみたいなんだ。でも、たまたまダニーが登った木に追い詰められた熊がよじ登ろうとして、飛び降りたダニーをケントが庇ったときに怪我をしたようなんだ」
詳しく聞けば、木の上からダニーが落とした悪臭玉を喰らった熊が、身もだえて振り回していた手のそばにたまたまダニーが飛び降りてしまった。そして、ダニーを庇ったケントが負傷したということである。
話を聞く限り誰が悪いわけでもなかった。運が悪かったとしか言いようがない。そして、ダニーが剣を持って引き返した理由もなんとなくわかった。
その日、ユウたちは熊に追いかけられながらも何とか森の外へと出ることに成功する。助かったとわかった全員はその場にへたり込みたかったが、負傷しているケントのことを思い出してそのまま帰宅した。
ようやく一息つけたと言いたいところだが、まだケントの治療をしないといけなかった。アルフから金銭を受け取ったビリーが薬を買いに行き、チャドとエラが湯を沸かし、テリーとニックが傷口をきれいに拭う。
その間、ユウは今日の薬草を換金していた。一見するとのんきに見えるが、日々の生活費はどんなときも稼がないといけない。
みんなが心配する中、ケントの治療が終わった。傷薬は高くついたものの、何とか一命は取り留めた。仲間全員が喜ぶ。
もちろんユウも喜んだ。しかし、少し気になったことがあるのでアルフに尋ねてみる。
「町によっては貧民を無料で治療してくれる救済院があるって聞いたことがあるんですけど、ここにはないんですか?」
「そんな話は聞いたことがないな。そもそも神殿の関係者は町の外に出てこないだろう。一体誰からそんな話を聞いたんだ?」
「商店で働いていたときに別の町の人からです。その人も噂話だって言ってましたが」
「そんな素晴らしい所があるんなら、俺も昔に通ってただろうね。そうしたら、この右足も元通りだったろうさ」
苦笑いしながらアルフが軽く叩くその右足を見てユウは黙った。何気ない質問だったが聞く相手を間違えたとユウは悟る。
一方のアルフは気にした様子もなかった。そのまま話を続ける。
「ともかく、神官様に魔法で治療してもらうなんて夢のまた夢だよ。機会があっても薬以上に高くつくから無理だな。ともかく、ケントが助かって良かったじゃないか」
「そうですね。しばらく休まないといけないですけど」
「頭の痛いところだね。ユウも怪我には気を付けるんだよ。治療は簡単にできることじゃないからね」
「はい」
普段のグループが獣との戦いに慎重になる理由をユウは改めて知った。例え致命傷ではなくても、その後に命を落としたり後遺症が残ったりすることがあるのだ。
こういう事態を目の当たりにすると、果たして戦えるようになることが良いことなのかわからなくなる。いつも都合の良い怪我を負える保証はないのだ。
横たわるケントを見ながらユウは不安な気持ちでいっぱいになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます