棍棒を作ろう!

 5月に入った。朝晩はまだ少し冷えるものの気候はすっかり春である。新緑の色も濃くなり日増しに植物は成長していた。


 いつものように獣の森の中を進んでいるユウの腰には新しい道具がぶら下がっている。今朝テリーから悪臭玉の使用許可が下りたのだ。しかし、うまく投げられるように練習しないといけない。既に手本はニックに見せてもらったので後は繰り返すのみだ。


 そして今日はもう1つ課題を抱えている。森の中で大きめの枝を見つけて持って帰るのだ。これを加工して棍棒を作るのである。そのため、手にはアルフから借りた手斧を持っていた。持ち慣れていないので地味に重い。


 最初の採取場所にたどり着くとユウたちは作業に取りかかった。まずは本業を優先である。生活費は稼がないといけないのだ。


 作業をするユウの背中にテリーが声をかける。


「棍棒を作るんだったら、中身の詰まった太い木の枝を探すんだ。叩いても簡単に砕けないようなやつをね。ただし、そうなると重くなるのが厄介だけど」


「持って帰るのが大変ですよね。1人で担げるかなぁ」


「2本分作れる枝を探してダニーと担いで帰るってのも方法だぞ。あいつだったらこういう話には乗るだろうからね」


「今持っている木の棒で充分って言われたら困るなぁ」


「そのときは1本分だけの長さに切ればいいんだ。最悪俺も一緒に担ぐよ」


 作業をしながらテリーに相談したユウはうなずいた。次の休憩になるとすぐにダニーへと話を持っていく。


「ダニー、僕これから棍棒の材料を探すつもりなんだけど興味ある?」


「棍棒? そんなもん何に使うんだ?」


「身を守るためだよ。僕って戦い方を知らないから、とりあえず振り回していたら何とかなりそうな棍棒を作ろうと思っているんだ」


「なるほどなぁ。棍棒かぁ。うーん」


「冒険者に関係することならもっと食いついてくると思ってたけど、あんまり乗り気じゃないね。どうしたの?」


「オレはテリーやケントみたいな剣を使いたいんだよ。だから棍棒って言われてもな」


「そんなに違うものなの?」


「当たり前じゃねぇか。剣と棍棒って全然違うぞ? まさか同じ棒だと思ってんのか?」


「いや、そういうわけじゃないけど、そんなこだわりがあるなんて思わなかったから」


「わかってねぇな、お前は。いいか、剣ってのはだな」


 まさか武器の種類について講釈されるとは思わなかったユウは、ダニーの話を休憩が終わるまで延々と聞く羽目になってしまった。せっかくの休憩が台無しになってしまう。すっかり憔悴してしまったユウは次の作業を呆然とこなした。


 昼休みになると、ユウは干し肉を薄いエールで流し込むようにして食べてから立ち上がる。その手には手斧が握られていた。


 一緒に食べ終わったビリーも立つ。棍棒にふさわしい木の種類について相談を受けたのだ。歩き始めたユウについていく。


「さっき良さそうな木を見かけたからそこに行こう。薬草を最初に採った場所なんだ」


「本当? 案内してよ」


「ついて来て」


 場所は仲間が昼食を食べている近くだった。周囲より少し明るい。


 紹介された樹木は割と大きかった。根の方には苔もむしている。


 木の幹を手で軽く叩きながらビリーがユウへと振り向いた。そして話しかける。


「これでいいと思う。確か机とか椅子の材料にも使われる木のはずだよ。前に聞いたことがあるんだ。あんまり重すぎる棍棒は使えないんでしょ? だったらこれでいいんじゃないかな」


「ありがとう。そうなると枝は、あー、上に登らないといけないね。昼休憩中に切れるかなぁ」


「テリーには僕から話しておくよ。とりあえず始めてみたら?」


「そうするよ」


 相談を終えたユウはすぐに木に登って望む太さの枝を探した。意外にもすぐに見つかったので手斧を使って切り始める。しかし、これがなかなかうまくいかない。


 一生懸命手斧を振るっていたユウだったが、これを切断するにはかなり時間がかかると判断した。しばらく手を休めて考えた結果、枝から地面までの距離を見る。自分の背の2倍くらいだ。足から落ちるのならばそこまで危険ではない。


 そのときテリーがやって来た。ユウを見上げて声をかける。


「どうだい?」


「ある程度切り込みを入れてから僕がぶら下がって枝を折ろうと思います。これを手斧で完全に切るのは時間がかかりすぎますから」


「わかった。下で待ってるよ」


「あの、昼休みはもう」


「終わったけど気にしなくてもいいよ。これは必要なことだからね」


 テリーの許可を得たユウはうなずくと作業を再開した。切り込みを入れるだけなら完全に切るよりかは時間もかからない。


 手斧が木の枝を抉る鈍い音が単調に響いた。いつもと違う作業のためユウは全身に汗をかく。手斧が手から滑らないように気を付けた。


 ようやく半分くらいまで切り込みを入れると作業を中断する。そして、手斧を地面に置いてから目的の枝にぶら下がった。


 最初はほとんど変化しなかったので切り込みが浅かったかとユウは顔をしかめる。しかし、次第に枝はたわんでいき、切り込みの部分から裂ける音が聞こえると共に枝が折れた。当然そうなるとユウは地面に落ちる。


「うわっ!?」


「はは、危ないな。下もよく見ておかないと」


 下で見ていたテリーは笑っていたが、ユウは何とか着地するのに精一杯だった。


 生木は折っても簡単に切断できず中途半端に繋がっていることが多い。それを確認したユウは手斧を持って今度こそ枝を完全に切断した。それから枝葉を1本ずつ切っていく。


 近づいて来たテリーが枝を持ち上げようとした。意外に重いことに気付いて真顔になる。


「重いな。これ1本丸々持って帰るつもりなのかい?」


「いえさすがにそれは。でも、どのくらい必要だと思います?」


「そうだなぁ。2人で担いで帰るのなら2レテムくらいでいいんじゃないか? 短すぎると1人で担がなきゃいけなくなるしね」


「わかりました。それじゃ幹側から2レテムで切ります」


「にしても、ユウが使うんだったらこの3分の1くらいで充分じゃないか?」


「壊れたときにまた作れるよう部屋の奥に置いておいたらいいと思いますよ」


「そうだな」


 簡単に方針を決めるとユウは枝を手斧で切った。1度2人で担いでみたが何とか持ち帰れそうである。木の表面のざらつきには苦労しそうだが我慢するしかない。


 薬草採取が終わった帰り道、ユウはテリーと一緒に切り落とした太い木の枝を担いで帰った。ダニーは呆れた様子だったが、他の仲間は肩をすくめただけである。


 家まで太い木の枝を持って帰ってきたユウの苦労はまだ終わらない。家の前に置くとすぐに手斧で短く切断しようとして手を止める。


「どの部分を使ったらいいんだろう?」


 太いとはいえ木の枝なので幹の部分は太く枝先側は細かった。一撃の打撃力を求めるなら幹に近い部分を使えばいいが重いので扱いにくい。逆に枝先側なら軽く取り回しが楽だが威力は低くなる。


 しばらく真剣に考えたユウは枝先側の3分の1を使うことにした。そもそも戦う訓練をしていないユウはどんな武器もまともに使えない。なので使いやすさで選ぶしかないと気付いたのだ。


 使う部位が決まるとユウはすぐに手斧で太い木の枝の枝先側を切る。往来する人々が珍しげに眺めていくが構っていられない。再び汗を滲ませたユウは何度も手斧を枝に打ち付けて切断した。


 疲労の色が濃いユウは、残る力を振り絞って約1.4レテムとなった太い木の枝を室内の奥の壁に立てかける。次いで枝先側の3分の1を持って入った。


 台所からいい匂いが立ちこめてきたのでユウのお腹の虫が鳴る。やけに両腕がだるいがもう少しの我慢だ。


 手にした短い太い木の枝をふと見た。両手で両端を握ってみて気付く。


「枝先側の方が握りやすい。これって後は布を巻いたらそのまま使えそう?」


 枝の表面はともかく、枝先側の太さは握るのにユウはあまり不都合を感じなかった。ビリーからぼろ布をもらって手で持つ辺りに巻き付ける。


 一旦外に出て軽く振ってみた。今まで使っていた木の棒よりは明らかに重い。しかし、振り回されるほどではなかった。手にした木の枝改め棍棒を改めて見る。


「どこまで使えるのかな、これ」


 何の知識も経験もないため、ユウは自分の作った棍棒がどれだけ役に立つのかわからなかった。せいぜい木の棒よりかはましだろうというくらいの理解だ。


 こうなると棍棒を上手に使う方法を知りたくなる。単に振り回すだけでなく、きちんと戦えるようになりたいのだ。誤って仲間を叩くような事態は避けないといけない。


「ユウ、ご飯できたわよ!」


 ぼんやりと棍棒を見ていたユウにエラが出入り口から声をかけてきた。ちょうどお腹の虫が鳴る。


 大きくうなずいたユウは急いで家の中に入った。

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