将来に向けての相談

 4月の最終日である今日は獣の森で働くユウたちにとって休息日である。

 昼食が終わるとユウはテリーと一緒に市場へと向かった。武具屋と道具屋は今回が初めてだ。


 貧民街の西側から市場に入ると小さくぼろい店が乱立している。店主と客の声でとてもうるさい。その間を縫うようにして2人は進んで行く。


「これからどこに行くんです?」


「ホレスさんの貧民の武器っていう武具屋だよ。常連になったら大切にしてくれるいい店主さ」


 市場の東側の一角に年季の入った木造の建物があった。店舗部分を開放していないので一見すると普通の民家のようだ。テリーはそこへ迷わずに入る。


 中はそれほど大きくはないが所狭しと武器や防具がひしめいていた。まともそうなのから錆びているっぽいものまで品質にばらつきがあるように見える。


 店の奥にはしかめっ面をした男が黙って2人を見ていた。ユウはその視線が気になって仕方ない。我慢できなくなったユウがテリーに小声で話しかける。


「あの店主みたいな人に挨拶しなくていいんですか?」


「ホレスさんは必要なときに話しかけたらいいんだよ。用もないのに声をかけると機嫌が悪くなるんだ」


「挨拶も駄目なんですか」


「俺は何度も通ってもうお互い知ってるからね。ユウはいいんじゃないか?」


「今の話を聞いたら逆にやりづらいですよ」


 困惑したユウは武具を見るテリーから少し離れた。少し考えていたがホレスへと体を向けると会釈すると、小さくうなずき返される。


 気持ちが落ち着いたユウは改めて武具に目を向けた。ユウ自身も先日まで商売をしていた身だ。色々と思うところはある。


 しばらく見て回ったテリーに声をかけられたユウは一緒に店を出た。それからすぐに尋ねてみる。


「ホレスさんのお店の品物って、普通だったり錆びてたりって状態がばらばらでしたよね。この辺りの武具屋ってみんなあんな感じなんですか?」


「この市場にある店の品物の質なんて町の中と比べたら話にならないよ。出回ってるのは良くて中古品、ひどいと廃品を再利用した物ばっかりだから。その中でも他の店よりも少しましかな。少なくとも嘘はつかないからね、ホレスさんは」


「さっき言っていた常連客は大切にするっていうのは?」


「がらくたを押しつけないっていう以外に、色々と教えてくれたり紹介してくれたりするんだ。俺のあの革の鎧も職人を紹介してもらったんだ」


 金銭も伝手もないユウにとっては重要な話だった。誠実であるというのは何にも勝る美点である。


 次に2人が向かったのは市場の中央近くにあるかなり傷んだ木造の家屋だ。近隣の建物も似たようなもので中には傾いている家屋もある。


 店舗部分を開放していないので一見すると普通の民家のようだ。テリーは遠慮なく扉を開けて中に入る。


「ジェナさん、いるかい?」


「店を開いてるんだからいるに決まってるじゃないか」


 店の奥のカウンターから呆れた口調の返事が返ってきた。そこにはしわくちゃの顔の老婆が座っている。こちらへ向ける目は小馬鹿にしているようにも見えた。


 店内は狭く小間物のような品物が並べるというよりも積み上げられている。中には相当な年月を経ていることを窺わせるほど埃が積もっている品物もあった。


 店主の返答を気にすることもなくテリーはカウンターへと近づく。もちろんユウもその後に付いていった。


 このときなってようやくユウに気付いたジェナがテリーに問いかける。


「そっちのガキは初めて見る顔だね?」


「俺のグループに今月入って来たユウなんだ。今じゃ立派な一員さ」


「草むしりでも小銭は稼げるんだからそうだろうさ」


「初めまして、ユウです」


「おや、貧民街のガキにしちゃ随分と礼儀正しいじゃないか。もしかして町の中から出てきたのかい?」


「はい、先月まで商店で働いていました」


「町の中のヤツらは大抵はあたしらを見下してるってのに、あんたは珍しいね」


「そこがユウのいいところさ。おかげで俺たちともうまくやってる」


「結構なことじゃないか。けど、町の中の店で働いていたってことは字の読み書きと算術ができるってことかい。つまり、換金のときにあの連中のちょろまかしを防げるわけだ。テリー、稼ぎが増えたんならこっちにも回しな」


「はは、今は鎧を買ったばかりで本当に手持ちがないんだよ」


「まったく、あんたみたいなやつはいつも武器だ防具だってそっちばっかりに金をつぎ込んで、こっちにゃ全然回してくれない。ユウ、あんたはこんな風になっちゃいけないよ」


「え、あ、はい」


 返答しにくい助言を向けられたユウはちらりとテリーを見ながら曖昧に答えた。当人は苦笑いするのみである。


 それからはテリーがジェナと話をしながら品物を手にしていた。この店には冒険者もやって来るらしく、その手の者たちが必要としているものを聞き出したいようだ。


 結構話し込んでいた2人だったが、その会話も終わるとテリーは店を出た。ユウもそれに続く。市場の道は相変わらず騒がしかった。


 貧民街へと歩く中、テリーがユウに話しかける。


「ユウ、どうだった?」


「ホレスさんは静かな人でしたが、ジェナさんはよくしゃべる人でしたね。あ、そういえばホレスさんのところみたいにジェナさんのお店にも名前ってあるんですか?」


「言ってなかったか? 小さな良心っていう道具屋だよ」


「小さな良心?」


 小首をかしげるユウの姿にテリーは笑った。その様子を見てユウは微妙な顔をする。


「あの婆さんの言動からは考えられないっていう気持ちはわかるよ。でも、店の名前をどうするかはその人次第だからね」


「そ、そうですね」


「ところで相談なんだが、狩猟組になる気はないか?」


「え? テリーやニックみたいにですか?」


「そうだ。もちろん今すぐにじゃない。ただ、ビリーみたいに薬草採取を専門にするわけじゃないんなら、狩猟組になることも考えておいてほしいんだ」


「どうして今そんなことを言うんです?」


「俺は遠くない将来にこのグループを抜けることになるから、そのための対応なんだよ」


 なんとなく今の状態が続くと考えていたユウは目を見開いた。以前ダニーが言っていたことを思い出す。


 そんなユウの表情を見たテリーがやや困った顔をしながら説明を続ける。


「前にアルフも言ってたけど、あの家にいる仲間にはそれぞれやりたいことがある。みんなそれに向かって色々と努力しているんだ。俺の場合は冒険者になることなんだけど、その準備ができつつあるんだよ。革の鎧を買ったことで先が見えてきたんだ」


「あー」


「で、俺たちのような薬草採取のグループはどこも薬草を採る採取組とそれを守る狩猟組に分かれるんだけど、狩猟組が採取組を見下すことがあるんだ」


「どうして見下すんです? 単に役割分担をしているだけでしょう?」


「力を持っている方が偉いと勘違いする奴が多いんだよ。だから、俺たちのグループでは原則として新人は薬草を採取する奴しか入れないようにしてる」


「でもそれって狩猟組の誰かが抜けたら、ああ、だから僕なんですか」


「その通り。いきなり狩猟組に新参者を入れて混乱するのを防ぐために、採取組から転向してもらってるんだよ。ちなみに、俺もニックもケントもみんなそうだったんだ」


「ダニーはどうなんです? 冒険者になりたいって言っていましたけど」


「もちろん候補の1人だよ。でも、候補者の数は多い方がいいんだ。怪我や病気でなれない場合もあるから」


 真面目に語るテリーの言葉にユウはうなずいた。自分が抜けた後のグループのことも考えているというのは立派だと感心する。


 問題なのは、その提案はユウ自身の希望とは一致していないということだ。しかし同時に、今の活動で身の危険を感じることがあるので対抗手段がほしいという気持ちもあった。


 わずかに眉を寄せて聞いていたユウが返答する。


「僕はお金を貯めてまた町の中で仕事を探そうと考えています」


「ユウの希望とはずれている提案だってことは認める。だけど、獣の襲撃を受けたときに反撃できる手段はあった方がいい。それに、ダニーがいるからそこまで気負うことはないよ。あくまでも候補者の層を厚くしたいんだ」


「でしたら、狩猟組になるかは一旦脇に置いておいて、獣に対応できるようになるのを目指すのはどうですか? 悪臭玉を持てるようになるのはもちろん、武器を使えるように努力するとか」


「なるほど、狩猟組になるかどうかにかかわらず、まずは必要になりそうなことを身につけるわけか。うん、いいんじゃないかな」


「でしたらやります」


 うなずいたユウを見たテリーの顔に笑みが浮かんだ。


 当面ユウがやるべきことがこれで決まる。ビリーとの勉強会とも調整しないといけない。これから忙しくなるとユウは気を引き締めた。

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