上がると嬉しいもの

 近頃の薬草採取の作業は調子が良かった。薬草がたくさん生えている場所をよく見つけられるようになったのだ。更に、襲撃される以外にもたまに小さい獣を見かけるようになった。兎などの小動物である。これをニックやケントが狩ることがあった。


 森の恵みを手にして喜ぶユウがテリーに感想を漏らす。


「こんな偶然がずっと続くといいですよね」


「最近調子がいいのは偶然ばかりじゃないんだ。春から夏にかけては動物の数が増えて植物の成長が良くなるらしい」


「もしかして季節が関係しているんですか?」


「たぶんあるんだろうって言われてる。俺にはわからないが。ともかく、これから稼ぎ時だからたくさん採ってくれ」


「はい。ところで、悪臭玉なんですが、そろそろ僕も持っていいですか? 獣が増えてくるなら僕もほしいです」


「そういえばまだだったね。もう少し待ってほしい」


 言葉を濁されたユウは肩を落としたが、本業の調子が良いので落ち込みはしなかった。


 全員揃って帰宅すると、チャドとエラが台所で鍋をかき回している。それだけならいつものことだが、特にチャドの態度に落ち着きがない。隣のエラが笑顔で声をかけてくる。


「おかえり! 今日はお肉がたっぷり入ったスープよ!」


「うおおお、やったぜ! 昨日ニックが仕留めた子鹿だろ! 早く喰いてぇ!」


「お肉ばっかり取っちゃダメよ!」


「何言ってんだ、たまたま肉が入っちまうだけだよ!」


 室内に入ってきたダニーが勢いよく反応するのもお約束だ。食べられる部分はどこであろうと全部鍋に入れられている。いつものスープとは違う味わいを思い出して全員がつばを飲み込んだ。


 帰宅後の後片付けが終わって6人が雑談をしているといよいよ夕飯である。テリーとニックが鍋を長机に移すと食事の開始だ。今回は肉入りということもあって、いつもよりみんなの勢いが強い。ある程度空腹が満たされるまで全員が食べることに集中する。


 ユウもその中の1人だ。やはり肉が中に入っているだけで違う。それに肉汁によってスープがいつもより濃い。これが体の中を潤すのだ。


 最初に食欲が落ち着いたのはアルフだった。木の皿と木の匙を置くと口を開く。


「そのまま食べてくれたらいいから、少し俺の話を聞いてくれないか? 今の俺たちの家の家計について話をしたい」


 重要な話が始まることに気付いた他の仲間は全員アルフへと顔を向けた。ダニーとチャドはそれでも食べ続けているが耳は傾けている。


「みんなも知っての通り、この家はテリーたち6人が獣の森で稼いでくれることで成り立っている。以前からそうだったが、ユウが入って来てくれてから更にその稼ぎが多くなった。換金のときに買取金額をごまかされなくなったからね」


 一度アルフがみんなの顔を見ると全員がうなずいた。


 正確なところは不明だが、以前は大体1割程度ごまかされていたとユウは推測している。また、これは薬草だけでなく、狩った獲物を換金するときも同じだ。そのため、以前よりも家計に余裕があることはは全員なんとなく知っていた。


 しかし、生活が何か楽になったという実感は誰にもない。やっとこの家でも蓄えができるようになっただけという認識だ。本当に贅沢をしたいのならば更に収入を増やさないといけないことをみんな理解していた。


 小さくうなずいたアルフは再び口を開く。


「実入りが増えてからしばらく様子を見ていたが、幸い出費に変化はないから蓄えが増えている。恐らくこの傾向は変わらないだろう。だから、みんなの報酬を増やそうと思う」


「マジかよ!?」


 最初に反応したのはダニーだった。叫び損ねたエラはアルフとダニーの顔を交互に見ている。チャドは変わらず食べ続け、ケントはいつも通りだった。


 次いでビリーが疑問を口にする。


「いくら増やすの?」


「獣の森に行っている者は1人鉄貨15枚、留守番組の俺とチャドとエラは鉄貨10枚に増やそうと思う」


「増やしても大丈夫なんですよね?」


「ああ。稼ぎが少ないときでも何とかなるよ。だから心配しなくてもいい」


「やった!」


「ここは生活のための共同体というだけじゃなく、みんなが飛躍するための場所でもあるからね。できるだけ報酬は増やした方がいいと思ったんだ」


 喜ぶビリーを見ながらアルフは微笑んだ。


 収入をどう増やそうか悩んでいたユウにとってこれは朗報だった。金額が5割増しになったということは、単純に貯蓄期間が3分の2に短縮されたということである。それでも道のりは長いが励みになった。更に収入を増やす方法を考える気にもなってくる。


 上機嫌なユウだったが、そこでふとテリーとニックに目を向けた。他のみんなが喜んでいるのに2人は笑顔を浮かべているだけで妙に落ち着いている。特にテリーは革の鎧を買って所持金がほとんどなくなっていたはずなので、もっと喜んでもいいはずだった。


 不思議に思ったユウはテリーに尋ねてみる。


「テリーは随分と落ち着いていますよね。もっと喜ぶかと思ってましたけど」


「実は、少し前からアルフに相談されていたんだ。ニックと一緒にね」


「なぁんだ。知ってたんですか」


「出費についてはともかく、収入に関しては俺たちの方がよく知ってるから」


 言われてみればその通りだった。収支の両面を見定めないと後で問題が発生するのは目に見えている。こんな重要な決断をするのに、あの2人に相談なしというのは考えられないのだ。


 ということは、割と前から検討されていたのかもしれないとユウは推測する。誰から提案したのかはわからないが、ここはみんなが飛躍するための場所とあの3人が考えているのは間違いないらしい。


 喜ぶ仲間を見ながらアルフが宣言する。


「報酬額を増やすのは次回からだ。みんなこれからも頑張って働いてほしい」


「任せな! これからもガンガン稼いでやるぜ!」


「よーし言ったな? これからは怠けないようによく見ておいてやるぞ、ダニー」


「お、おお? ニックは獣の襲撃に備えないといけないだろ?」


「両方同時にするんだよ。なんだ、見られてちゃまずいことでもあるのか?」


「そ、そんなことあるわけないだろ。いいぜ、オレの働きっぷりを見せてやる!」


「そりゃ楽しみだ」


 にやりと笑うニックを見たダニーが引きつった笑みを浮かべた。


 一層騒がしくなる室内で、ユウは木の皿に残っているスープを食べ始める。良い知らせを聞いた後なので一層おいしく思えた。


 そんなユウにテリーが静かに話しかける。


「今度の休みの日に昼から出かけるんだが、ユウも一緒に来るかい?」


「どこに行くんですか?」


「武具屋と道具屋だ。俺はちょっと見ておきたいものがあるから行くんだけど、ユウも何かしらの経験になるんじゃないかと思ってね」


「なるほど。ちなみに、ダニーも一緒に来るんですか?」


「いや、まだ話していないよ」


「オレになんか用か?」


 エラと話をしていたダニーがテリーへと顔を向けた。釣られてエラも顔を向けてくる。


 聞こえないと思っていたユウはその反応に目をむいた。割と騒がしい室内で大きな声を出したわけでもないのによく聞こえたと感心する。


 それに対してテリーは首を横に振りかけて思いとどまった。一瞬考え込んでから返答する。


「関係ない、いや、今度の休みに武具屋と道具屋に行くんだが、お前もついてくるか?」


「今度の休み? あーその日はガスらと会う約束してんだ」


「だそうだ。ダニーは来ないらしい。ユウ、どうする?」


「う~ん、そうだ。チャド、今度の休みの日なんだけど、僕は一緒に行かなくてもいい?」


「いいよ。元々僕とエラの2人でやってることだし。自分でエラにも話しておいてよ」


「わかった。エラ、僕今度の休みの日は予定があるから一緒に行けなくなった!」


「はーい、いいわよ~」


 長机を挟んで話が次々と飛んでいった。関係のない者は自分たちの会話を楽しんでいる。


 2人の許可を得たユウはテリーに向き直った。そして、うなずく。


「ついていきます。まだ行ったことのないところなんで、1度見ておきたいです」


「よし、決まりだ。それなら昼飯を食べた後に行こう」


「はい。あれ? 今日のスープは減りが早いなぁ」


「はは、何しろ肉入りだからな。ダニーとチャドがひたすら食べるんだよ」


 お代わりをしようと立ち上がったユウが鍋をのぞき込むのを見て、テリーが笑いながら指摘した。特に具の減り具合が大きいのは気のせいではない。


「ダニーがお肉ばっかり食べるからよ!」


「なんだとう! チャドにも言えよ!」


「あの子は育ち盛りだからいいの!」


「なんだそりゃ!? ずりぃなぁ」


 穏やかだった会話が突然荒々しくなってきた。しかし、いつもの面子なので誰も止めようとしない。


 2人が言い争っている間にユウは自分の木の皿へお代わりをよそった。

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