稼ぐには

 町の外でユウが生活を始めて半月が過ぎた。貧民街の不衛生さにも慣れてきてあまり気にならなくなる。たまに強烈な臭いでめまいはするが。


 ともかく、日々獣の森で薬草を採って生計を立てられるようになったわけだが、貯金の計画は微々たる前進しかしていない。これが目下の悩みどころだ。


 この日も獣の森での仕事を終えて報酬を受け取るとアルフに預かってもらおうとした。すると、珍しく助言をされる。


「ユウ、差し支えなければだけどね。そろそろ両替したらどうかな?」


「両替ですか?」


「そうだ。君の革袋の大きさにも限りがあるから、無限に鉄貨を入れられるわけじゃない。もう結構膨らんでるから考えておいてくれ」


「両替なんてどこでできるんですか?」


「冒険者ギルドだよ。なぜか手数料なしで応じてくれるんだ」


 無料でやってくれるという話を聞いたユウは目を見開いた。普段なら何でもかんでも税金や利用料を徴収しようとするからだ。珍しいというよりも怪しいという感情が先に立つ。


 それでも自分の預けた財布の限界には対処しないといけない。それに、ユウとしては鉄貨ばかり持っていても仕方ないのは確かだからだ。


 次の休息日になると、ユウは昼から冒険者ギルド城外支所に向かった。金額はともかく貨幣でいっぱいの革袋を懐に入れて貧民街を歩くのは緊張する。


 冒険者ギルドは今日も人の出入りが激しかった。その人混みに紛れて建物の中へと入る。受付カウンターは朝夕ほどではないにしろ、どこも行列ができていた。


 もしかしてと思ったユウはとある受付カウンターへと顔を向ける。すると、やはりそこだけ列がなかった。意気揚々とその受付カウンターの前に立つ。


「レセップさん、鉄貨を銅貨に両替しに来ました」


「他を当たってくれ」


 以前と同じように頬杖をついてぼんやりとしているレセップは相変わらず取り付く島もなかった。


 なぜこれで受付係が務まっているのか不思議に思いながらもユウは叫ぶ。


「どうしてですか! 態度はまだしも仕事はしてくださいよ!」


「ちっ、うっせーな。ああ、どこかで聞いた声だと思ったら坊主か。両替なんて面倒なことなんぞせずにパァっと使っちまえばいいだろ。カネを使うのは楽しいぞ」


「そういうわけにはいかないんです。目的があって貯めているんですから!」


「真面目だねぇ。いつ死ぬかもわかんねぇってのによ」


「そんな態度だとそのうち解雇されちゃいますよ」


「ならねーよ。そこんとこはうまくやってっからな。んなことより、両替するならさっさと出しやがれ」


「レセップさんの方が怠けようとしていたくせに」


「ああ?」


 横柄な受付係の一睨みで言葉を濁したユウはカウンターの上に鉄貨を並べ始めた。10枚ずつ山を作って数えていく。


 山が10個できるとレセップは受け皿にそれをかき入れて立ち上がった。そのまま奥へと立ち去る。


 余った鉄貨を革袋に戻したユウは空の受付カウンターの前で待った。しばらくするとレセップが戻って来て無造作に銅貨1枚をカウンターの上へと置いたので受け取る。


「ありがとうございます」


「おう。しかし、お前さんが両替できるほど稼げるとはな。話しかけては拒否されてるのを見てたときは先は暗そうに思えたんだが」


「あれ見てたんですか。あの後貧民街に住む人たちに誘ってもらえたんですよ」


「町から出てきた奴が貧民とつるんでる上に貧民街に住んでるって話を聞いたことがあるが、もしかしてあれお前さんのことなのか?」


「え、噂になっているんですか? もしかしてそんなに珍しい?」


「貧民のグループに入る奴はたまにいるが、貧民街で一緒に生活するってのはあんまり聞かねぇな。大体町から出てきてすぐの奴がいきなり貧民街なんて厳しすぎて住めねぇし、住みたいとも思わねぇよ」


 自分がかなり特殊な事例だと知ったユウは目を丸くした。これだけ薬草採取のグループがあるのだから珍しくないことだと考えていたのである。


「でも、手持ちのお金がほとんどなかったから宿に泊まるのは厳しかったですし、薬草採取のやり方も全然わからなかったですから仕方ないと思って」


「そう思える奴が案外少ねぇのさ。ぎりぎりのところに転がり落ちてきたんだから余裕なんてねぇはずなのに、しょーもない見栄や誇りなんぞを優先する奴の多いこと。だから町から来た連中は同じ奴らと徒党を組んで失敗する」


「え、失敗?」


「そうさ。右も左もわからない奴らが何人集まったって薬草1つ採れやしねぇ。そのうち安宿に泊まるカネも尽きて、野盗みたいに他のグループを襲うか、無茶をして死ぬ」


 その事例を先日見たばかりのユウは黙った。森で、ギルドの建物の脇で、声を交わしたことのある者たちの末路をまだはっきりと覚えている。


「危険なところに行かなきゃならねぇなら先達に教えを請うべきだが、その先達が格下だと思ってた相手だとなかなか頭を下げられねぇんだ。でもお前は違った。ここまでやれてるってことは、その貧民グループに馴染めてるんだろう?」


「ええ、まぁ」


「それが正解なんだ。実のところ、町から来た連中が生き残れる可能性は低いんだよ。そして、仮に生き残っても大抵は貧民になっちまう」


「え?」


 話を聞いていたユウは凍り付いた。レセップの話が正しいのなら、今のユウは正に貧民になってしまったことになる。いずれ町の中に戻りたいと願っているが、それは叶わないことなのかと体を震わせた。


 目の前の少年の様子を見たレセップはにやりと笑う。


「お前さんのことを言ってるわけじゃねぇぞ。お前さんの目はまだ死んじゃいねぇし、両替ができるくらいには稼げてる。今のお前さんならまだ這い上がれるさ。俺の言ってる奴は諦めちまった連中のことだ」


「でも、必要な金額を貯めるには時間がかかりそうなんです。薬草採取以外でもっと稼げる方法はないんですか?」


「夜明けの森に行けばいい」


「あそこは魔物が出るから危険だって初心者講習で言ってましたよ」


「なら魔物が倒せるほど強くなればいい。装備を調えるのにカネがかかるのは確かだが、この辺りで一番稼げるのはあそこだな。だからみんな行きたがるんだよ」


 自分の所属するグループでも冒険者を目指しているメンバーがいることをユウは思い出した。例え冒険者に対する憧れが強くても、それだけではないということだ。


 しかし、ユウは冒険者になりたいわけではない。危険な方法を回避する方法があるのなら知りたかった。真剣な表情でレセップに問いかける。


「冒険者の高い装備を調えられる金額があれば町に戻れると思うんですけど、そのお金をたくさん稼げる方法はありませんか?」


「たくさん薬草を採ってくるか、獲物を狩るかのどっちかだな。狩った獲物次第だがでかいのを獲れたらいい値がつくのは間違いねぇ。ただ、都合良く獣と遭遇できるとは限らねぇし、何より危険だから今のお前さんには絶対にお勧めしねぇけどな」


「僕にもあれは無理だと思います。そうなると、やっぱり薬草採取かぁ」


「最近買取カウンターでやけに金勘定が正確な貧民がいるって聞いているんだが、ぼったくられなきゃ利用料をさっ引いても結構手元に残るんじゃねぇの?」


「確かにあれ結構ひどいですよね」


「その口ぶりだとお前さんはちゃんと計算してんだな。だったら何とかなるんじゃねぇか? 貧民の連中がなかなかカネを貯められねぇのはそれが原因の1つだしな。その問題を解決できたら手に入るカネも増えるだろうし」


 金額を是正してから生活が楽になったという話はユウも仲間から聞いたことがあった。あのグループは生活のための共同体であると同時に目的のための通過点という認識を全員が持っている。ならば、案外報酬の引き上げを相談したら乗ってくれるように思えた。


 レセップの話を聞いてユウはうなずく。検討するべきことができた。最後に1つ問いかける。


「参考になりました。ところで、どうして両替だけ無料なんです?」


「ここは貧民相手にやり取りするから鉄貨がいくらでも必要になるからさ。貨幣だって無限に作れるわけじゃねぇしよ、それなら貧民から回収した方がいいだろ?」


「ああなるほど、貨幣を循環させてるわけですね」


「お、理解できたか。そういうこった」


「ありがとうございます」


「おう、その調子でガンガン稼いでくれ」


 話が終わるとレセップは面倒そうに頬杖をついた。


 その姿を見たユウは受付カウンターを離れる。結局現状を解決できるようなことは何も聞けなかった。しかし、自分が案外悪くない道を選べていることを密かに喜ぶ。少なくとも当面はこのまま進めば良い。


 足取りも軽くユウは冒険者ギルド城外支所の建物を出る。これからの予定は特にないので、これから何をしようか考え始めた。

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