力不足の代償

 獣の森の中で起きた問題は、それが町や冒険者ギルドの権利と関係ない限りは自分たちで解決するのが原則だ。成果を換金するときに差し引かれる利用料は森を利用する対価であって、利用者保護のための対価ではない。


 ただし、あまりにもその被害が広範で獣の森の利用者が減ってしまう可能性がある場合は、冒険者ギルドが動くこともある。そういう例外を狙って、常日頃から森で活動する者たちが盛んに冒険者ギルドへと事件や犯罪を報告していた。


 襲撃後、テリーはすぐさまニックを冒険者ギルドへ向かわせる。重要な証拠である襲撃者の死体を引き渡すためだ。昼過ぎに襲われてからすぐさま連絡をし、冒険者ギルドの職員3人がやって来たのは結構な時間が過ぎた後である。検分はそこから始まった。


 検分では全員が事情聴取を受けたが、襲撃者を殺したケントは特に取り調べを受ける。ユウの話はあまり熱心には聞かれなかった。何しろ相手の青年の名前すら知らないので、有力な手がかりにしにくいからだ。


 結局、森の中が薄暗くなるまで取り調べは続いたが苦労はまだ続く。ギルド職員から死体を解体場まで運ぶよう命じられたのだ。


 これにはダニーが抗議する。


「オレたちはもうヘトヘトなんだぜ? 死体を引き取るってんなら、あんたたちが運んだらいいだろう」


「俺たちは事件を調査しに来ただけだよ。その俺たちがどうして死体を運ばにゃならん? こういうのはお前たちの仕事だ」


「なんだと!?」


「理解していないようだから説明してやるが、今この状況だけだとお前たちがこの死体の仲間を襲ったとも言えるんだ。俺たちがどんな報告をするかはお前たちの態度にかかってるんだぞ」


 こんなことを言われてしまうと、どこにでもいる貧民グループの一員でしかないダニーは何も言えなくなった。悔しいのは他の5人も同じだが逆らうことはできない。


 死体を背負うことなどしたくなかった6人は急いで運ぶための台を作った。テリー、ニック、ケントが適当な枝をいくつも拾い、ダニー、ビリー、ユウがそれを縄でくくりつける。こうして無骨ながらもかろうじて死体1つを運べる台が完成した。


 枝を敷き詰めた簡易の台に死体を乗せ、前に突き出た棒をニック、後ろに突き出た棒をケントが持って立ち上がる。とりあえず冒険者ギルドまで保てばいいという代物だ。


 獣の森をでると相変わらずの曇り空だった。ここから街道を北上する。誰もが疲れ果てていて一言もしゃべらなかった。


 いつも通り賑わう冒険者ギルド城外支所へたどり着くと注目を浴びる。冒険者ギルド職員に先導されて死体を乗せた台を運ぶグループなど目立って当然だ。しかし、さすがに誰も声をかけてこない。


 職員のうち2人が城外支所の建物に入った。残った1人が先導を続け、換金するための掘っ立て小屋の間を抜けて解体場の奥へと進んでいく。相変わらず臭いは強烈だ。


 薄暗くなっていく周囲を気にしながら歩き続けると、職員はとある倉庫の前に立ち止まって扉を開けた。そして、振り返ってテリーに伝える。


「そのままこの中に入れろ。後は俺たちがやる。お前たちはもう帰っていいぞ」


 ニックとケントが台を倉庫に置いて出てくるとギルド職員は扉を閉めた。そして、そのまま去って行く。残されたユウたちは全員大きなため息をついた。


 最初に口を開いたのはニックである。


「あーやっと終わったぁ」


「ちっくしょう、むかつくヤロウだぜ! なーにが、お前たちの態度にかかってるんだぞ、なんだ! くそ!」


 地面を蹴ってダニーは悪態をついた。今回はニックも何も言わない。


 首を鳴らしたテリーが仲間に告げる。


「俺はちょっとギルド内に寄っていくよ。逃げたあいつらの姿を誰かが見ているかもしれないし、話を聞いて回る」


「だったら俺も行こう。あれだけ注目を浴びたんだ。お前1人だけだったら色々聞かれて身動きがとれなくなるに決まってる。だったら2人で聞いて回ろうぜ」


「助かるよ、ニック。それじゃ、ユウたちは薬草を換金しておいてくれ。終わったらそのまま帰ればいい」


「テリー待ってくれ! オレもギルド内に行くよ! 聞いて回る人数は多い方がいいんだろ? だったらオレも役に立つぜ。こう見えても顔は広いんだ!」


「確かにお前って妙に知り合いが多いよな。テリー、今回はダニーも連れて行ってもいいんじゃないか?」


「わかった。それじゃ、ユウ、ビリー、ケントの3人で薬草を換金してくれ」


 珍しくニックの推薦を得られたダニーが喜ぶ中、ユウたち3人はうなずいた。一旦南側の買取カウンターの場所に出てから二手に分かれる。


 換金が終わるまで3人ともずっと無言だった。やはり同じ人間に襲われたというのは精神的に堪える。


 買取カウンターから離れた3人は家路についた。しかし、その足取りは重い。


 最初に口を開いたのはユウだ。2人に顔を向ける。


「今まで人に襲われたことってある?」


「僕はないね。今回が初めてだよ」


 浮かない顔のままビリーが返答した。ケントは首を横に振っている。


 滅多に起きることではないことを知ったユウはわずかに肩の力を抜いた。頻繁にあるようならこの仕事を続けるべきか検討しないといけない。


 気持ちが沈んだままの3人が解体場から冒険者ギルド城外支所まで進んだとき、建物の南側の出入り口と街道の間に数人の負傷者が横たわっているのを見つけた。


 それだけなら珍しくもない光景である。常に獣に襲われる危険な森に多くの者たちが入っているので、一定の割合で負傷者が発生するのは当然のことだ。


 ところが、その中に見知った顔があるとなると話は変わってくる。負傷者の中の1人を見たユウの足が止まった。


 突然止まったユウに驚いたビリーが声をかける。


「ユウ、どうしたの?」


「大したことじゃないよ。あそこの負傷者の中に見たことのある人がいるんだ」


「え、あそこに知り合いがいるの? どこ? どの人?」


「一番奥の列で出入り口から街道側に向かって3番目の人」


「うわ、結構ひどいね」


 かつて町民ではないからという理由でユウを拒否した青年は、蒼白な顔で浅い呼吸を繰り返していた。左の脇腹辺りから足先までがどす黒く染まっている。


 3人はしばらく遠巻きにその様子を見ていた。しかし、ビリーがふと首をかしげる。


「あれ? あの人どこかで見かけたことないかな?」


「気付いた? 前に獣の森の中で僕たちに薬草の採れる場所を教えろって言ってきた人たちだよ」


「ああ思い出した! そっかぁ。でも、あれって何にやられたんだろう?」


「僕もそれはわからない。でも怖いよね」


「たぶん熊だと思う。熊の手で腹を引き裂かれたんだ。あれはもう助からない」


 今まで黙っていたケントがいきなり説明をしたので、ユウとビリーは目を見開いて顔を向けた。当人は少し首を横に振ってからまた黙る。


「ねぇビリー、今まで熊に襲われたことってある?」


「何度かあるよ。みんな悪臭玉を鼻に投げつけてから全力で逃げたけど」


「ちゃんと対策があるんだ。というか、あの悪臭玉って熊にも効くんだね」


「そりゃそうさ。僕たちのような薬草採取のグループだと熊には勝てないからね。逃げるための手段がないと獣の森でやっていけないよ」


 まだ熊とは出会ったことのないユウはビリーに詳しく話を聞いた。人間よりも大きいことは知っていたが、生半可な武器では体を傷つけられないことを新たに知って驚く。


「あ~あ、そんな凶悪な獣がいる森で薬草を採らないといけないなんてなぁ」


「他に仕事がないんだから仕方ないよ。対策があるだけましさ」


「でもビリー、僕はまだ悪臭玉を持たせてもらってないんだよ?」


「テリーとペアを組んでるからそこまで不安がらなくてもいいと思うよ。それに、僕の見立てだともうしばらくしたら持たせてもらえるんじゃないかな」


「それまで熊に襲われなきゃいいんだけどなぁ」


 不安な表情を浮かべたユウがため息をついた。なんとなくもう1度あの青年へ目を向ける。すると、じっと目を見開いたまま呼吸をしていなかった。


 思わずユウは声を漏らす。


「あ」


「え、なに? あ、あ~あ」


 ユウの視線の先を見たビリーも声を上げた。すぐに神妙な顔つきになる。


「ずっと見ているのは良くない。早く帰ろう」


「え? あ、うん」


 2人でぼんやりとしているとケントが声をかけてきた。後で聞いたところ、死人を見続けると引き込まれるので良くないから引き離そうとしたらしい。


 見ていて気持ちの良いものではないのでユウはケントの言葉に従った。しかし、その姿はしばらくユウの頭にこびりつくことになる。


 町の中から鐘の音が伝わってきた。六の刻だがまだ明るい。ユウはビリーとケントに続いて歩き始める。


 思った以上に死は身近にあることを思い出したユウは眉をひそめた。

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