落ちぶれた者たち
ユウがテリーたちのグループに入って10日が過ぎた。獣の森での作業自体は単純なので困ることはほとんどない。唯一、薬草の種類を覚え切れていないくらいだ。
一方、獣の襲撃にはまだ慣れていない。何しろ獣は近づいてくるまで気配を消しているので気付けないのだ。その結果、襲撃直後の行動が遅いとテリーに指摘される。
それでも全体的には順調だった。何より、換金するときにその力を発揮できるので、焦らなくても良いというのは精神的に楽だ。
今日も1日獣の森で働いた成果を買取カウンターで換金した。最近では買取担当者の方もユウのことを覚えたらしく、金額をごまかさなくなってきている。
買取カウンターから離れたユウがビリーと一緒に仲間の元へ戻った。猪の子の死体を担いだニックが出迎える。
「ビリー、今日はどうだった?」
「鉄貨204枚の上がりだよ。最近多いよね。前とは段違いだよ」
「200枚以上が珍しくなくなってきたな。正確に計算するだけでここまで違うなんて。俺も算術を習おうかな?」
「そんなことより早く帰ろうぜ。オレその猪見てたら腹減ってしょーがねぇよ」
手元に残る金銭の多さで喜んでいたニックとビリーにダニーが口を挟んだ。昼下がりに猪の親子に襲われて撃退した成果である。大人の猪は買取カウンターで引き渡し済みだ。
浮かれながら家路につき始めた一行の中で、唯一ユウだけが眉を寄せていた。しばらく黙っていたが、冒険者ギルド城外支所に差しかかったところでテリーに話しかける。
「テリー、さっき買取の列に並んでいたときに聞こえた話なんですけど、森の中で他のグループに襲われることってあるんですか?」
「あるかないかで言えばある。それって最近追い剥ぎが現れたって話だよね?」
「はい。狙われるのが貧民のグループばっかりだって」
「獣の森に入っているグループは大半が貧民ばっかりだから、たまたまそうかもしれないよ。ただ、弱そうな相手ばかりを狙っているっていうのは気になるね」
「僕たちのグループって強いんですか? それとも弱いんですか?」
「狩猟組の3人が全員武装しているから弱くないと思う。それに、俺はほら、革の鎧を身につけているからね」
先日手に入れたばかりの革の鎧をテリーはユウに見せつけた。なめした革で作られた鎧は要所である胸と胴を中心に前腕と脛を守っている。今まで防具を身につけていなかったことを考えれば非常に頼り甲斐があった。
目の前の鎧を見たユウの顔から不安が消える。
「そうですよね。ニックは弓が上手だし、僕たちは狙われないですよね」
「最終的には相手次第なんだろうけど、そう思っていてもいいんじゃないかな。気にしすぎても仕事が手に付かなくなるだけだしね。少なくとも、獣に襲われる可能性の方がずっと高いよ」
「そうですよね。森の中だと人間よりも獣の方が怖いんでした」
「でも、採取組のみんながナイフだけっていうのはちょっと不安かな。ユウ、木の棒でも持ってみるかい?」
「木の棒ですか?」
「そう。棍棒だと重いから、杖に使えそうなくらいのやつをね。相手が何か武器を持っていたとしても、ちょっとした長さの棒があったら時間稼ぎくらいはできるし」
「オレも木の棒を持つぜ! そんで、襲ってくるヤツがいたら返り討ちにしてやる!」
話を聞きつけたダニーが元気よく口を挟んできた。その姿を見たテリーが苦笑いする。
「それじゃ、ユウとダニーに木の棒を持ってもらおうかな。ビリーはどうする?」
「僕が持っていてもたぶん役に立たないと思うからいらないや」
「やったぜ!」
許可を得たダニーが諸手を挙げて喜んだ。猪の子の死体を担ぎ直したニックが呆れる。
それでも、とりあえずはユウたちも用心することになった。同時に誰が襲っているのか調べることにもなる。
できれば自分たちが襲われないようにとユウは密かに願った。
ユウとダニーが木の棒を手にして数日が過ぎた。あれから獣に襲われても人には襲われていない。ほぼいつもどおりである。
ほぼというのは、ダニーが昼休憩などで木の棒を使って素振りをするようになったからだ。見よう見まねの型を構えたり戦いを想定して剣を振ったりしている。
「今のどうだったテリー!? すんげぇカッコよく決まってねぇ?」
「悪くはないよ。けど、休憩時間なんだから休むんだ。体がもたなくなるぞ」
「大丈夫だって! その辺はちゃんと考えてるからさ」
忠告も聞かずにダニーはひたすら木の棒を振るい続けた。
一方、ユウは木の棒を見つけて何度か振るったり突いたりしてからは何もしていない。そのときがきたら適当に使えばいいと考えていた。
楽しそうなダニーを見ながら、ユウは獣の森での襲撃者に関する調査結果を思い返す。町から出てきたばかりの新人薬草採取グループらしい。被害者の話ではいずれも初めて見る顔なのだ。横の繋がりがある貧民がそんなことをすれば必ずばれてしまう。
しかし、すべて伝聞でしかない。結局は当人の顔を見ないとわからないことだった。
昼休憩が終わると、ユウたちは薬草採取を再開する。手つきは慣れたものだ。最近のユウはビリーから離れて1人で作業をしている。木の棒は麻袋と一緒に脇に置いていた。
そのとき、正面の森の奥の草木が不自然に揺れる。ペアのテリーは反対側を向いていてまだ気付いていない。
「うわ!?」
突然、揺れた草木から人影が飛び出してきた。自分に向かって一直線に向かって来る何者かに驚いたユウは尻餅をつく。
ところが、人影はユウの脇をすり抜けて走り去ろうとした。しかもその手にはユウの麻袋が握られている。
背を向けていたテリーはユウが悲鳴を上げたことで異変に気付いた。振り向いたときに麻袋を手にした何者かを目にする。とっさに体当たりをして転倒させた。
ユウはそのときになって他の場所からも仲間の悲鳴や怒声を耳にする。目の前でテリーが転倒した何者かに取り付いたところだ。しかし、再び草木の揺れる音を聞いて正面に目を向ける。今度は手に木の枝を持った何者かが現れた。
突き出される木の枝を大げさに避けたユウは地面に転ぶ。
「痛っ!?」
顔をしかめつつもユウが上半身を起こした。テリーが地面を転がっている。
新たな襲撃者が倒れていた何者かを引き起こそうとしていた。何者かはその手を掴んで立ち上がろうとする。
「行くぞ!」
「行かせるか!」
相手とテリーの声が同時に聞こえた。跳ね起きたテリーが剣を抜いて何者かに斬りかかる。そして、麻袋を手にしていた右の肘を切断した。
大きな悲鳴が聞こえる中、ユウは木の棒を地面に置いていることを思い出す。とっさにそれを手にすると木の枝を持った襲撃者に対峙した。
右肘から切断された仲間に寄りかかられたその男の顔を見てユウは目を見開く。
「え?」
「お前、どこかで見たな?」
その猜疑心の強そうな感じのする男をユウは見たことがあった。かつて冒険者ギルド城外支所で声をかけた青年である。あのときはまったく相手にされなかったことを思い出した。
わずかの間ユウたち敵味方4人はその場にじっとしていたが、別の場所から大きな悲鳴が上がると状況が動く。ユウとテリーが悲鳴のある方向へ気を取られた隙に襲撃者が逃走を始めたのだ。それに気付いたテリーが追うかどうかを迷う。
「テリー、他のみんなの様子を見に行きましょう! 襲ってきた来た奴らの正体は僕が知ってます」
「そうなのか!? わかった、行こう!」
一瞬顔をしかめたテリーはすぐにうなずいて踵を返した。ユウもそれに続く。
最初に見かけたのはケントとビリーのペアだった。血の付いた剣を手にしたケントの足下に見知らぬ誰かが倒れている。ビリーは近くの木に張り付いて青ざめていた。
近づいたテリーがケントに話しかける。
「被害は?」
「ない。ビリーも無事だ。薬草が目的だったらしいが麻袋は取られなかった」
「こっちと同じか」
「1人殺した。けど、初めて見る顔」
「それはいい。ユウが相手のことを知ってるらしいから後回しだ。俺はニックとダニーの様子を見てくる。ユウはここで待っててくれ」
進んで危険なところに行きたいと思わないユウはうなずいた。テリーの背が草木に隠れるとビリーのところへ向かう。その間、ケントがじっと見つめていた。
以後はユウがテリーから聞いた話になる。
ニックとダニーの場合、襲撃者は2人同時に飛び出してきた。そして、1人はダニーに体当たりをして転ばせ、もう1人は麻袋をかすめ取る。更に2人同時にニックに体当たりをして転倒させるとそのまま逃走してしまった。
2人とも無事ではあったが、特にダニーは自分たちだけが麻袋を守れなかったことに最後まで悔しがる。仲間みんなで慰めたが、気が治まるまで時間がかかった。
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