帰宅後の時間

 1日に2度も災難に見舞われたユウたちのグループだったが、本業の薬草採取は好調だった。冒険者ギルドで適正な買取金額で換金できたこともあって全員笑顔である。


 6人揃って帰宅すると留守番組の3人が出迎えてくれた。真っ先に声をかけてきたのはエラである。


「おかえり! ちゃんと稼いできた?」


「あったりめーだ! 誰に向かって言ってんだよ?」


「テリーに決まってるじゃない。なんであんたなんかに言うと思ったのよ」


「なんだとぅ!?」


 もはや挨拶なのではないかと思えるほど会う度に口喧嘩をするダニーとエラを見て、ユウは呆れた。同時に、安全な場所に帰ってきたという安心感も強くなる。


 腰の道具を外しながらユウは室内を見回した。アルフは帰ってきたテリーとニックの2人と今日の出来事を話している。チャドは台所で火をかけられた鍋をかき回していた。ケントは装備を外すとチャドを手伝おうとしている。


 この後は、報酬の受け渡しがあってから夕飯だ。なのでユウは取り立ててやることはない。夕飯を待つため椅子に座ろうとする。しかし、ビリーに呼び止められた。何気なしに振り向く。


「どうしたの?」


「あのさ、文字を習いたいんだけどいつ教えてもらえるかな?」


「あ、そうだった」


 尋ねられてユウは昨日の提案を思い出した。薬草や薬のことを教えてもらうための交換条件である。ただ、日々1日中獣の森へ出かけているので意外に時間がないことも今日1日でよくわかった。どうしたものかと少し考える。


「教えるのはいいけど、教えられる時間は思った以上に限られているって今日わかったよ。だから、毎日少しずつ僕から教えて、ビリーはそれを何度も繰り返して覚えてもらおうと思うんだ」


「そうなんだ。だったら今からでもいい?」


「うん。というより、まとまった時間が帰ってから夕飯までのこの間しかないよね。だから、報酬をみんなに渡してから教えるよ」


「わかった!」


 元気よくうなずいたビリーはテリーに報酬の支払いを許可してもらうと、すぐに仲間へ鉄貨を支払った。残りの鉄貨はアルフに預ける。そして、すぐにユウの元へ戻ってきた。


 他のみんなが長机のところで雑談にふける中、ユウはビリーに尋ねる。


「何か文字が書ける物を持ってないかな? 一番いいのは羊皮紙とペンとインクだけど、ないなら代わりになるような物。最悪地面に棒で書くって手もあるけど」


「そうだなぁ。あ、ちょっと待ってて」


 部屋の奥の片隅でしゃがんだビリーが何かを探し始めた。目的の物はすぐに見つかったらしく、時間を経ずにユウの元へ戻って来る。


 笑みを浮かべたビリーから差し出されたのは汚れた布と棒と黒い液体の入った瓶だった。ユウはそれを受け取る。


「この黒い液体は何?」


「インクだよ。前に知り合いが傷んでるからいらないってくれたんだ」


「よくそんなの手に入れたね。でも、これならいるかな。今からこの布に文字を書くね」


 自分のナイフを取り出したユウはまず木の棒の先を削った。あまりにも太くて文字を書くのに不適切だったからだ。次いで長机の端に布を広げ、栓を開けたインク瓶に棒を入れて文字を書く。さすがに書きにくかったが大きめにゆっくりと棒を動かした。


 その様子を見ていた他の仲間の1人ダニーが声をかける。


「ユウは何やってんだ?」


「僕のために文字を書いてくれてるんだよ。書物を読むために覚えないといけないから」


「そーいや、ユウは文字を書けるんだったな」


「へーこれが文字なんだ。すごいねぇ」


 一応誰もが興味は示すものの反応はそこまで強くなかった。ビリーに次いで興味を示したのはエラだが、それでも珍しい芸を見ているような様子である。


 すべての文字を書き終えたユウは棒を置いてインク瓶の栓を閉じた。布には滲みの強い文字が1つずつ書かれている。


「ビリーはこれを見ながら覚えるまで練習してほしい。まずはこれを覚えないと単語も文法も教えられないからね。発音はこれから教えるから一緒にしゃべってほしい」


「わかった。それじゃあっちに行こう!」


 部屋の隅に引っぱられたユウは布をビリーに渡した。そうして、文字を1つずつ指さしながら発音していく。ビリーがそれに続いて口を開き、空中に指で文字をなぞった。


 最初は珍しそうにその様子を見ていた他の仲間だったがすぐに自分たちの雑談に戻る。興味はさして続かなかった。




 夕飯時になったので文字の勉強は一旦終わりになった。ユウはビリーと一緒に長机の前に戻って木の皿と木の匙を受け取る。夕飯は昨日と同じ煮込みスープだ。肉なしである。


 ある程度食事が進むと雑談が増えた。今日の話題はテリーの鎧についてだ。最初にダニーが尋ねる。


「なぁテリー、鎧っていつ受け取りに行くんだ?」


「次の休みの日にホレスさんのところへ行くつもりだよ。たぶん、そのときに引き渡してもらえるんじゃないかな」


「いーなぁ。そうだ、そのときオレも一緒に行っていいか? 早く見てーんだ!」


「かまわないけど、細かい調整なんかがあったら暇だぞ」


「いーぜ! オレずっと見てるからよ! くぅ、楽しみだなぁ!」


「アルフ、今度貧民の武器屋に行くときは残りの支払いも済ませるから、そのときは金を出しておいてくれないか」


「わかった。覚えておく」


 食事をしながらぼんやりと周りの雑談を聞いていたユウは、テリーとアルフの会話に目を向けた。そして、木の匙を置いてアルフに話しかける。


「アルフ、テリーにお金を貸しているの?」


「いや、違うよ。テリーのお金を俺が預かっているから、それを返すって話なんだよ」


「ええ? そんなことをしてるんだ」


「本当は自分の物は自分で肌身離さず持ってるのが一番なんだが、獣の森に行くときに余計な物を持っていくわけにもいかないだろう? だから、ちょっとした物やお金を預かっているんだよ」


「なるほど。そうだったんですか」


「足の悪い俺がろくに働いていないのに毎回報酬をもらっているのは、これをやっているのが大きいね。ユウも何か預けたい物でもあるのかい?」


「あ、はい。ちょっと」


「いつでも言ってくれたらいいよ。あんまり大きすぎる物を持ってこられても困るけどね」


 肩をすくめたアルフが笑いながら答えた。


 返答を聞いたユウは思わぬ制度があることに内心驚く。商店では自分の物は自分で管理しないといけなかったので新鮮だ。しかし、他人に大切な物を預けるのは不安だという気持ちも少なくない。


 考え込み始めたユウだったがエラに声をかけられる。


「ユウ、アルフに何を預けるつもりなのよ?」


「お金と契約書を預かってもらおうかなって思ってる」


「契約書? 何それ?」


「僕が故郷の村で人買いに売られて、アドヴェントの町の商売人に買われたときの契約書なんだ。支払いが完了したときに町の証明印を押してもらったから、ちょっとした身分証明書になるんだよ」


「え、ユウって売られちゃったの?」


「うん。不作が続いて食べていけなくなったから親に売られたんだ」


 ユウが身の上の話をすると全員が黙った。特にエラが気落ちしている。失敗したと思ったユウは焦った。明るい声で更に話を続ける。


「そんなに深刻な話じゃないよ。どこの村でも不作になったらよくあることだし、こっちの町に来て拾ってくれた商人もいい人だったからつらかったことはないよ。恵まれている方だと思う。もっとひどい話を聞いたこともあるから」


「そう言えるのは大したものだと思うよ。普通はつらくて言えなかったり性格がひねたりするからね。立派だと思う」


 真面目な顔をしたアルフが静かに答えた。ケントとビリーもうなずいている。


「そんな大切な物となると多少気後れするが、預かってほしいというのなら預かるよ」


「金も預かってもらった方がいいぞ。この貧民街だとスられることもあるしな。まとまった金は持ち歩かない方がいい。冒険者ギルドも冒険者の持ち物なら預かってくれるそうなんだが」


「ニック、あれはあんまり信用できないらしいよ。たまに紛失するそうなんだ」


「うわっ、保管料取るのに? ひどい話だな」


 助言のついでに漏らした感想に突っ込みを入れられたニックが顔をしかめた。突っ込んだテリーが苦笑いをする。


 その様子を見ていたユウはくすりと笑った。それからアルフに顔を向ける。


「アルフ、後で預かってほしいものを渡します」


「わかった。保管については任せてくれ。この辺は年の功が利いてくるんだ」


 笑顔で引き受けてくれたアルフを見てユウは心が温かくなった。獣の森で安心して働くためにもこのグループと留守番組はとても重要だと思う。背後を気にして活動できるほどあの森は甘くないし、ユウ自身は強くない。


 このグループに参加できたことをユウは幸運に思い、更に頑張るよう決意した。

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