その場の優先権

 最初の仕事場でいきなり野犬に襲われたユウたちだったが、次の採取場所は平穏に作業ができた。別の獣に襲われることもなく最後まで薬草を採取し終える。


 麻袋に薬草を入れ終えたユウは立ち上がって背伸びをした。屈んでする作業なのでどうしても体が凝ってしまう。


「疲れたぁ」


「テリー、昼飯にしようぜ! オレもうハラが減っちまったよ!」


 同じように立ち上がっていたダニーが少し離れたところからテリーに話しかけていた。


 空腹の具合でいうとユウはもう少し後でも良いように感じている。ただ、森の中にいるせいで日差しによるおおよその時間さえもわからないので本当に感覚的だ。


 一方、声をかけられたテリーは迷っている。ダニーに目を向けていても返事をしない。少し間を置いてつぶやく。


「最初の採取場所は早めに切り上げたからな。昼はもう少し後でもいいような気がするんだけど。ケントはどうだ?」


「別にどっちでもかまわない」


 無表情のまま返事をされたテリーが困惑の表情を浮かべた。率直な感想を述べたのだろうが参考にならない。


 渋い顔になったテリーは次いでユウに声をかける。


「ユウはどう思う?」


「空腹はまだ我慢できますよ。だから次の場所に行ってそこで昼ご飯にしませんか?」


「なるほどな。よし決めた! みんな、次の採取場所に向かおう。昼は到着してからにする」


「えー、今喰おうぜ! オレもう腹ペコだよぅ」


「お前は少しくらい我慢しろ」


 抗議するダニーにその背後からニックが諭した。最初は文句を言っていたダニーだったが、最後は諦めてテリーの意見に従うことを示す。


 こうして6人はすぐにその場を離れて次の場所へと向かった。この行動によって、その後に起きた問題で有利に事を運べることになる。




 次の採取場所にたどり着くのに少し時間がかかった。過去2ヵ所よりも森の外に近く、腰を据えて薬草採取ができる。多少時間が遅くなってもまだ安全に帰れるのだ。


 その場所は少し開けた場所だった。しかし、日差しが直接差し込むほどではないため暗い。下草が一面に生えていて地面はまったく見えなかった。


 いつものように到着直後にビリーが周辺を見て回る。問題がないことがわかると、テリーは先に昼食を済ませると宣言した。


 真っ先に近場に座って干し肉をかじり始めたのはダニーである。水袋の中身を口に含んで干し肉をほぐしていた。


 若干疲れを感じていたユウもダニーの近くに座る。巾着袋から干し肉を出してかじった。塩気が効いていてうまく感じる。


「やっと一息つけたね。最初に野犬に襲われたから本当に疲れたよ」


「まったくだ。ま、野犬ごときじゃ悪臭玉を使うまでもねぇがな」


「そうなの?」


「テリーやニックが野犬なんかに負けるわけがねぇだろ。ケントだって一匹くらいなら楽勝さ。だからオレたちは安心して草むしりができんじゃねぇか」


「草むしりなんて言ってくれるじゃないか、ダニー」


「げっ!? 待てよビリー。ちょっとした言葉遣いの間違いだろ」


「前にも注意したよね?」


「ハハ、どーだったかなー? ちょーっとよく覚えてねーなー」


 目だけ笑っていない器用な笑顔を向けられたダニーが立ち上がった。そして、ビリーから少し離れた場所に座り直す。


 珍しくダニーが気圧されているところを見てユウが微笑んでいると、同じく笑顔だったニックが急に眉をひそめて顔を別の方向へと向けた。他の仲間もその様子に気付いてニックに目を向ける。


 口の中の干し肉を噛みながらユウはニックの見る方へと顔を向けた。しかし、特に変わった様子はない。


 真剣な表情になったテリーがニックに声をかける。


「どうした?」


「何か来る。たぶんこれは人だな。何人か連れ立っているから別の薬草採取のグループかもしれん」


「そうか。通り過ぎてくれるといいんだけどな」


 予想を聞いたテリーがため息をついた。そして、すぐにニック共々立ち上がる。


 その面倒そうな様子を見たユウがビリーに目を向けた。ケントとダニーに続いて立ち上がって干し肉を巾着袋にしまっている。


「みんなどうしたの? ビリー?」


「とりあえず食べるのを止めて立って。干し肉もしまうんだ。あと、いつでもナイフを抜けるようにね」


「他の薬草採取の人たちがくるだけなんでしょ? なんでそんなに警戒しているの?」


「だけ、じゃないかもしれないからだよ。こじれると本当に面倒なんだよね」


「ちょっとでも油断すると、こっちの場所を取り上げようとするバカがいるんだよ。特に今は何も知らねー新入りグループが増える時期だからな。めんどくせぇ」


 頭を掻きながらダニーが近寄ってきた。話を聞いたユウはよくあることなんだと知る。


 前には狩猟組であるテリー、ニック、ケントが立っているが、その更に前方の森の陰から複数人の人が姿を現した。多少汚れてはいるものの貧民である仲間よりも良いチュニックにズボンを穿いている。むしろユウの方が近い。


 ぱっと見ではともかく、よく見ると必要な道具を持っていなさそうなことにユウは気付いた。腰には巾着袋や水袋をぶら下げているものの、ナイフもスコップも持っていない。両手には先端に土のついた木の棒と少し膨らんだ麻袋を掴んでいる。


 他にも気になることはあった。テリーたちのように獣対策としての武装を誰もしていない。野犬に襲われたばかりのユウにはそれが異様に思えて仕方なかった。


 こちらに気付いたそのグループにテリーが声をかける。


「やぁ。あんたらも薬草を採ってるのかい?」


「誰だ、お前たちは?」


「この森で薬草を採取しているしがない者だよ。今昼飯を食べていたところでね、森の奥から音が聞こえたから獣が来たかもしれないって警戒していたんだ」


「だったらムダだったな。俺たちは町民だ。ところで、この辺に薬草がたくさん採れそうなところは知らないか?」


「どうして俺たちが教えてやらないといけないんだ。自分で探せばいいだろう?」


「ちっ、貧民のくせに生意気な。俺たちは町民なんだぞ」


「だからどうしたんだ? ここは森の中だよ。町なんて関係ない。そんなに町が好きなら帰ればいいじゃないか」


 テリーと話をしている相手の男を見ていたユウはその顔に見覚えがあった。昨日冒険者ギルド城外支所で声をかけた多少くたびれた感じのする青年だ。


 そのユウには気付いていない青年はテリーを睨む。


「ふん、だったら好きにするさ。おいみんな、この辺りで探そうぜ」


「待てよ。この辺りは俺たちが先に見つけたんだ。薬草を採るなら別の場所にしろ」


「は? なんで俺たちがお前ら貧民の言うことなんて聞かなきゃいけないんだ?」


「知らないのか? この森で薬草を採取するとき習慣で、先にその場所を見つけたグループに優先権があるんだ。これは冒険者ギルドも認めているし、後ろ盾の貴族様だってそうだ。町の権威を振りかざすお前たちが、町の権威に楯突くのか?」


 青年だけでなく、町の住民で固まったグループ全員がテリーの言葉に目をむいた。


 その表情を見たユウたちは本当に知らなかったのだと理解する。ただ、だからといって引き下がるわけにはいかない。生活がかかっているのだ。


 怒りの目をテリーに向ける青年が反論する。


「貧民の意見よりも町民の意見の方が優先されるっていうことをお前は知らないのか? 俺たちが冒険者ギルドに森で貧民に不当な理由で襲われたって訴えたら、お前たちなんてたちまち牢獄行きなんだぞ!」


「冒険者ギルドは確かに獣の森も管理しているが、それはあくまで町の権利が侵害されないようにするためだよ。俺たちのようなグループ同士の争いなんて気にしちゃいない。嘘だと思うんなら訴えたらいい。適当にあしらわれておしまいだろうね」


「こいつ、貧民のくせに!」


「その貧民と同じところまで転がり落ちたことに早く気づくべきだよ。いくら町の権威を持ち出したって、今のあんたらじゃ意味がないんだ」


 真正面から拠り所を否定された青年たちは口元を震わせて黙った。全員が怒りに満ちた目をテリーたちに向ける。


 しばらく黙ってどちらも睨んでいた。ここからどうするのかユウは仲間の様子をちら見しながら探る。やがてテリーとケントが剣を抜き、続いてニック、ダニー、ビリーもナイフを手にした。


 目を丸くしながら見守るユウの前でテリーが宣言する。


「どうしてもそちらの我を押し通すっていうのなら、こっちは正当防衛するまでだ」


「くそ、覚えてろ!」


 木の棒しか持っていない青年たちでは、武装しているテリーたちを目の前に顔を更にゆがめた。結局、捨て台詞を吐いて森の奥へと消えていく。


 完全にその姿が見えなくなるとユウは全身から力を抜いた。そのときになって自分がナイフを抜いていないことに気付く。そして、なんとなくばつが悪い思いをした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る