獣の森での薬草採取(後)
獣の森に入ってユウが最初にしたことは木登りだった。獣がよく襲ってくる森の中で戦えない者ができることは逃げることだけである。その腕前を確認しなければならない。
背の高い木々が生い茂って昼間でも暗い森の中をしばらく歩くとテリーが立ち止まる。
「それじゃ、この木に登ってくれないか」
指定された木はやや太めの木だった。見上げても樹木の先は枝葉に隠れて見えない。
うなずいたユウは木の前に立つとその表面を触った。硬くざらつく樹皮の感触は一般的なものと変わりない。
何度か意識して呼吸を繰り返したユウは樹木に飛びついた。そして、手足を使って登っていく。数年ぶりとあって最初は手間取っていたが徐々に慣れていった。
半ばまで登ったところでユウは下に顔を向ける。
「どこまで登ればいいですか?」
「そこまででいい。降りてきてくれ」
若干ぎこちないがユウは滑るように降りると地面に足をつけた。手のひらと膝の内側が少しひりつく。
5人の表情は様々だった。テリーはわずかに微笑んでおり、ニックは考え込んでいるようで、ケントは無表情、ダニーは少し渋い顔をしていて、ビリーは微妙な表情である。
間を空けてからテリーが声をかける。
「一応登れるようだね。もっと速く登れるかい?」
「久しぶりだったんで、何度か繰り返したらいけると思います」
「ならいいかな。獣が来たときは真っ先に木に登ってくれ。採取した薬草は気にせずね」
「はい」
「よし、それじゃ薬草採取をしに行こう。出発!」
木登りの結果を評価したテリーは全員に号令をかけた。それを合図に6人は歩き出す。
とりあえず及第点をもらえたユウは肩の力を抜いた。先頭を歩くテリーのすぐ後ろを歩いていると背後からダニーとビリーの声が聞こえてくる。
「しっかしユウのヤツ、もっと速く登れりゃ悪臭玉を渡してやれたのによ。残念だよなぁ」
「とりあえず木に登れるのがわかったんだから良かったじゃない」
「いやまぁそーなんだけどよ。どーにも危なっかしくてさ」
「これからうまくなればいいと思うよ。僕なんて最初は全然登れなかったし」
「その点オレは最初から登れたぜ!」
「でも初めて登ったときは降りられなかったって聞いたことあるよ?」
「誰だそんなこと言ったヤツぁ!? いてぇ!?」
「でかい声を出すな」
目をむいたダニーがビリーに問いただした。そして、ニックに拳骨を落とされる。ケントは我関せずと無表情だった。
そんな背中でのやり取りを聞きながらユウはテリーに尋ねてみる。
「テリー、悪臭玉って何ですか?」
「襲ってきた獣の鼻面に投げつけて悶絶させるための薬玉だよ。かなり強烈だから獣はまずひるんでくれる。人間もあれを喰らったら、しばらくは息をするごとに地獄を見るね」
「うわぁ」
「だから扱いには注意しないといけないんだ。今のユウだと獣に襲われたら投げてる暇はなさそうだから渡していないんだ」
逃走時の対抗手段があることを知ってユウは感心した。単に逃げるだけではないと知って心強くなる。
話をしながらも6人は森の中を進んだ。ユウはすっかりどこを歩いているのかわからなくなっていたが、他の5人に不安な様子はない。
頭上からはたまに鳥の鳴き声が聞こえてくる。しかし、獣が襲ってくる様子はなかった。それでもユウは森の暗さに不安な表情を浮かべる。
やがてわずかに光の差す場所に出くわした。ここでテリーが立ち止まる。
「ビリー、この辺りを調べてみてくれ」
「わかったよ」
呼ばれたビリーが前に出て来た。そのまま周囲より少し明るい場所近辺を歩き回る。ときおり屈んで草を手で触っていた。
ぐるりと1周してきたビリーがテリーの顔を見る。
「ちょっと少ないけどいいんじゃないかな。ユウを試すならここで充分だよ」
「わかった。それじゃ薬草を採ってくれ。ユウ、ビリーのところへ行くんだ」
「よろしく、ビリー」
「任せてくれ。ちゃんと教えてあげるから。ついて来て」
ビリーに手招きされたユウはその後を追った。着いた場所は日が直接下草に当たっている。しゃがんだビリーへ顔を向けると小さな赤い花に細長い葉が特徴の草が目に入った。
その草を手にしたビリーがユウに顔を向ける。
「これはディシン草って言うんだ。傷薬の元になる薬草で、小さくて赤い花に細長い葉が特徴なんだよ。数は多くないけどこの森では高く売れる薬草だね。これの根元をスコップで丁寧に掘り起こして、できるだけきれいに取り出すんだ」
腰に吊していた小さな木製のスコップでビリーはディシン草周りの土を掘り返した。そして、すぐに根に着いた土をきれいに取り除いてユウに見せる。
しゃがんだユウはそれを手に取った。感触は他の草とかわらない。これが換金できると知って不思議な気持ちになった。
木製のスコップをビリーがユウに差し出す。
「やり方は簡単だろう? 後は丁寧に掘り返すだけなんだ。根を傷つけてしまうと引き取りの値段が下がってしまう」
「わかった。やってみる」
受け取った木製のスコップを片手にユウが片膝をついた。そのまま掘り返された場所の隣に生えているディシン草に手をかける。
最初は少し遠くから土を掘り返した。しかし遠すぎたらしく、掘った先には相変わらず地面しか見えない。とりあえず何度か繰り返してみると根っこらしきものが現れた。
次いで周囲を掘っていく。ビリーが掘り返した場所に繋がるが構わず木製のスコップを振るった。ディシン草の周囲の地面を掘り返したところで手が止まる。
その様子をビリーがじっと見ていた。しかし、ある程度待つと声をかけてくる。
「それくらいで横はもういいよ。真下にスコップを入れて引き抜いたら採れるから」
「根っこを切ったらまずいんじゃなかったっけ?」
「細い根なら構わないよ。このくらいだったら充分だからやってみて」
うなずいたユウは木製のスコップの先をディシン草の下に突き入れた。それからスコップで掘り返すようにして薬草を取り出す。周りの土ごときれいに取り出せた。
うまくいった様子を見てユウが声を上げる。
「やった、うまく採れた! これってちゃんと採れているんだよね?」
「そうだね、きれいに採れてると思う。初めての割にはうまく採れたじゃない」
「なら、この調子で他の薬草も採っていけばいいんだ」
「まずは目の前のディシン草を採ってしまおう。他のはその次だね」
こうしてユウはビリーの指導の下で薬草を採取していった。根から土を取り除いた各種薬草は種類別に分けられて麻袋に収められていく。
やり方がわかってくると後は数をこなして慣れるだけだ。周囲の薬草を採り尽くした頃にはユウの手つきも危なげないものになっていた。
昼休憩をテリーが宣言すると全員が集まって日の当たる場所に座る。曇り空で光量が少なくても日陰よりもずっとましだ。
そのときになってユウは自分が何も持ってきていないことに改めて気付いた。
困っているユウに対してビリーが干し肉と革の水袋を差し出してくれる。
「テリーから新人が来たときに備えるようにって言われて用意したんだ」
「ありがとう。何も用意していなかったから助かったよ」
水袋の口を開けて飲むとユウは微妙な表情を浮かべた。エールの味がするもののかなり薄い。傷んではなさそうなので気を取り直して干し肉にかぶりつく。かなり硬かった。
干し肉と格闘しているユウをよそにテリーがビリーに顔を向ける。
「ユウはどうだった?」
「問題ないよ。最初は丁寧すぎるくらい慎重にやってたけど、慣れてくるといい感じになってきたしね。薬草の状態も完璧だよ。後は種類を覚えてもらえば任せられるかな」
「そりゃいいな。となると、ビリーはユウを仲間に入れるのは賛成か」
「そうだね。2人で一緒にやっている分には今でも立派な戦力だよ」
諸手を挙げて賛成するビリーにうなずいたテリーが他の仲間に顔を向けた。それにダニーが反応する。
「オレぁちゃんと逃げられるのかが心配だなぁ」
「そこは慣れるまで俺たちが守ってやればいいだろう。悪臭玉を使えば最悪何とかなるだろうし。そこまで心配することもないと思うけどな」
「それじゃニックは賛成なのかよ?」
「ああ。お前は反対なのか?」
「いやそーゆーわけじゃねぇけどよぉ。ちょっと心配しただけさ」
「ケント、お前は?」
「問題ない」
若干口を尖らせたダニーの隣で干し肉を噛んでいたケントがうなずいた。
全員が賛成したことに笑顔を浮かべたテリーがユウに話しかける。
「と、いうことだ。俺たちはユウは仲間に入ってもいいと思う。そっちはどうする?」
「よろしくお願いします!」
「なら決まりだ!」
テリーの宣言に全員が沸いた。
その様子を見ていたユウも笑顔を浮かべる。これでとりあえず生活していけることに安心した。
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