はじき出した金額

 今後もテリーたちと活動することが決まったユウは昼食後も一緒に薬草採取に励んだ。


 何度か場所を変えて薬草を採取した後に一行は獣の森を出る。空を見てユウは少し目を見開いた。相変わらずの曇天だがまだそんなに暗くない。


「テリー、もっと薬草を採る時間があったんじゃないですか?」


「森の中は暗くなるのが早いから早めに出た方がいいんだ。明るいうちに帰らないとね」


「そーだぜ。暗くなると獣の動きが活発になるからな。何でも早めに行動するのさ」


 背後からダニーが得意げに語りかけてきた。


 一行は獣の森に入った場所の近くから外に出ると、西端の街道を北上する。距離は1オリックもないためすぐに冒険者ギルド城外支所の南端にたどり着いた。


 その近辺にはユウが出かけるときよりも多くの人々が往来している。多くが着ている服や手足を土などで汚し、膨らんだ麻袋を手にしたり死んだ獣を担いだりしていた。


 その中に混じったテリーたちは建物に沿って西へと向かう。近づくにつれて血を始めとした生き物の死の臭いが強烈になってきた。同時に、何かを叩いている音も聞こえてくる。目指す場所が解体場と知ったユウは顔を強ばらせた。


 城外支所の建物が途切れた更に西側には、壁をくり抜いて受付カウンターにしたかのような木製の掘っ立て小屋がいくつも並んでいる。


「あれ? 北側は倉庫ばかりだったのに」


「解体場の南側は獣の森で採取した薬草と狩った獣を換金する場所なんだ。ちなみに西側は夜明けの森で採った薬草と狩った魔物を換金するんだよ」


「なるほど、分かれてるんですね」


「どこの買取カウンターに並んでも一緒だから、列の短いところに並ぼう」


 ユウの質問に答えながらテリーが西寄りにある建物の行列に並んだ。列には買取カウンターにいるグループ以外に2グループが待っている。


 買取カウンターのある建物はお世辞にも立派とは言えない代物だった。木製の掘っ立て小屋、しかもかなり年季の入った建物である。カウンターの東側で薬草を換金し、西側で狩った獣を換金するという仕組みになっている。


 2つ前のグループがカウンターで換金を始めた。東側で薬草を袋から取り出す3人と西側で狩った小ぶりな鹿と猪を台の上に置く3人に分かれる。


 特にやることもなかったユウは薬草の換金風景を眺めた。種類ごとに分けられた薬草を1株ごと数えて金額を算出していく。


「あれ?」


 買取金額を聞いたユウは首をかしげた。自分の暗算と買取担当者の計算が合わない。最初は暗算を間違えたかと思ったユウだったが、次のグループの金額計算もやはりずれていた。


 その様子を見たユウは2年前の自分を思い出す。商店の使いで買い物に出かけたときに、自分が子供でろくに計算できない考えた店主や店員とのやりとりだ。


 もうすぐ自分たちの番が回ってきそうなときにユウがテリーへと声をかける。


「テリー、薬草の換金を僕に任せてくれませんか? 先日まで商店で働いていましたから、こういうのは得意なんです」


「ユウに? そういえば読み書きと算術ができたんだったな。わかった。ビリー、ダニー、薬草の入った袋をユウに全部渡してくれ」


「コイツに任せて大丈夫なのかよ?」


「俺やお前よりはましなのは確実だ。ほら、早く」


「ちぇっ。ちょろまかされるなよ?」


「ありがとう。ビリーは僕の隣にいて。薬草の種類はまだ完全に覚えきれていないから」


「いいよ」


 薬草の袋をユウが受け取ったところで自分たちの番になった。やる気のなさそうな買取担当者が顔を向けてくる。


 促されるままにユウはビリーと一緒に麻袋から薬草を種類ごとに分けて取り出した。そうして1株ずつ買取担当者の目の前で数えていく。


 薬草の状態と数で合意に達すると、次に買取担当者が買取金額鉄貨562枚を提示してきた。その内訳は以下の通りである。


・ラフリン草1株鉄貨4枚×47株=鉄貨167枚

・ クレナ草1株鉄貨3枚×48株=鉄貨128枚

・ディシン草1株鉄貨6枚×24株=鉄貨124枚

・ベスティ草1株鉄貨2枚×48株=鉄貨 88枚

・ハラシュ草1株鉄貨1枚×55株=鉄貨 55枚


 それを聞いたユウは首を横に振った。そして自分の計算結果を買取担当者に返す。


・ラフリン草1株鉄貨4枚×47株=鉄貨188枚

・ クレナ草1株鉄貨3枚×48株=鉄貨144枚

・ディシン草1株鉄貨6枚×24株=鉄貨144枚

・ベスティ草1株鉄貨2枚×48株=鉄貨 96枚

・ハラシュ草1株鉄貨1枚×55株=鉄貨 55枚


「ということで、合計鉄貨627枚になるはずです」


「俺の計算が間違ってると言いたいのか?」


「はい。僕は先月まで町の中の商店で働いていたので、こういう計算はよくしたんです」


「ちっ、最近多いんだよな、お前みたいなヤツ」


「間違いは誰にでもありますよ。だからお互いに計算してその結果を突き合わせる習慣があるんですから」


「あーもーわかったよ。なんで貧民とツルんでんだか」


 顔をしかめた買取担当者が大きなため息をついた。そして、一旦奥へと向かい、鉄貨を持って戻って来る。


 その鉄貨の山をユウはビリーと一緒に数えた。利用料を差し引いた分だけ確かにある。


 不機嫌な顔の買取担当者の前でユウはビリーと笑顔を向け合った。そのまま背後のテリーに目を向ける。


「換金終わりました」


「すごいな! 算術ができるとここまで金額が違うものなんだ! ユウが俺たちの仲間に入ってくれて本当に良かったよ!」


 戻って来たユウの背中をテリーが何度も叩いた。その隣でビリーがずっと笑顔を向けてくる。無表情なケントでさえ目を見開いていた。


 続いてダニーが驚きつつも怒ったかのような表情をユウに向ける。


「ふん、ちったぁやるじゃねぇか。けど、森の中での動きはまだまだだから、そっち側はこれから鍛えてやるぜ」


「何言ってんだ、ダニー。薬草の採取よりよっぽど重要じゃないか。これでこれから換金のときにごまかされることがなくなるんだぞ? 前からなんとなくおかしいとは思ってたんだよな。そうか、やっぱりあいつらごまかしてたんだな」


 喜びつつもニックは難しい顔をしていた。今までの5人は算術ができなかったために買取担当者の言い値で換金するしかなかったのだ。その金額を思うと顔も渋くなろう。


 空は曇ったまま徐々に暗くなってきた。今日1日のことを振り返ったユウはその劇的な変化に目をむく。商店を解雇され、就職活動ができず、町の外へ出て、冒険者ギルドに所属し、その苛烈な側面をいきなり見せられ、仲間に誘われ、獣の森で働き、今に至る。


 どうやって食べていけばいいのか不安だったがその問題も解決した。予想以上に歓迎されてグループに入れたのも幸先が良い。明日からも毎日働ける。


 思った以上にうまく事が運んで浮かれていたユウだったが、解体場から街道まで戻って来たところで大切なことを思い出した。


 目を見開いたユウがつぶやく。


「そうだ、泊まるところを探さなきゃいけないんだった」


 働き口を得たユウだったが、それだけでは足りないことを思い出した。そうなると早く探さないといけない。とは言っても、町の外のことはほとんど何も知らなかった。


 幸いこの辺りに詳しそうな仲間がいるのでユウは尋ねてみることにする。


「みんな、僕はこれから今晩泊まるところを探さないといけないんだけど、どこかいいところを知ってる?」


 ユウの問いかけに5人が顔を見合わせた。しばらくしてテリーが返答する。


「何を言ってるんだ? 俺たちのところへ来たらいいじゃないか」


「構わないんですか?」


「ユウなら大歓迎さ。今から一緒に帰るところだったんだよ。それに、毎朝仕事の度に合流するより一緒に生活していた方が何かと便利だしね」


「そうだぜ! 水くせぇこと言うなよ! そりゃちったぁ狭いけど、お前1人くらいなら余裕で入れるって。だから来いよ!」


 当然のようにダニーが誘うとニックやビリーもうなずいた。


 その様子を見てユウは笑みを浮かべる。


「ありがとう! 正直今晩どうしようか困っていたんだ。泊めてくれるのならその誘いに乗るよ」


「おうよ! ただし、働かざる者食うべからずだからな! 共同生活では色々とやらなきゃいけないことがあるんだぞ」


「なんでお前がそんな偉そうに言うんだよ」


 胸を反り返して鼻息荒くしゃべるダニーに対して、ニックが呆れた目を向けた。テリーも苦笑いしている。無表情のケントもわずかにため息をついた。


 いつのまにか立ち止まって話をしていると、ビリーが他の仲間に声をかける。


「早く帰りましょう。他のみんなにも紹介しないと」


「そうだな。きっと驚くぞ」


 帰宅に賛成したテリーが大きくうなずいた。そして、みんなを促して歩き出す。


 当面の問題が解決したユウも笑顔でその後について行った。

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