仲間にする条件
雨が降りそうな空の下でユウは呆然と立っていた。ウール製のチュニックと白麻のズボンがそよ風に揺られている。
他の受講者は立ち直った者から1人また1人とその場を離れて既に誰もいない。
かなり時間が経ってから大きく深呼吸したユウはつぶやく。
「規則を破らなきゃいい。だから僕には関係ないことなんだ」
言葉にして無理矢理自分を納得させたユウはこれからのことを考え始めた。あの倉庫の出来事は衝撃的だが囚われすぎては前に進めない。
まず、冒険者登録は夜明けの森で稼げる人しかできないことがわかった。獣の森で稼ぐ場合は最大6人までのグループを結成して代表者だけ登録すれば良い。薬草採取と狩猟の利用料は1グループにつき1人分だけ支払えば良い。
ただし、薬草や獲物はすべて冒険者ギルドで換金しなければいけなかった。違反すると恐ろしい刑罰が待っている。
「色々言ってたけど要はこれだけか」
自然と腕組みをしたユウが感想を漏らした。覚えるべき規則は多くない。
そうなると今後どうするかだが、どこかのグループに入るか自分で作るかのどちらかだ。
一番良いのは似たもの同士で集まってグループを結成することだろう。その中に獣の森で稼いだことがある人物がいれば理想的だ。しかし、実際にそんな都合のよい同業志望の者たちを集めるのは難しい。自分が望む人材は他のグループも求めるからだ。
そうなると、次点としてどこかのグループに入るのが望ましくなる。
「うーん、仲間探し、というよりかはグループ探しかなぁ。あ、そういえばどこで探せばいいんだろう?」
割と重要なことを教えてもらっていないことにユウは気付いた。仕方がないので一旦冒険者ギルド城外支所の建物に戻る。受付カウンターへと目を向けると頬杖をついている男の前にだけは誰も並んでいない。
近づいたユウはレセップに声をかける。
「レセップさん、獣の森で一緒に稼ぐ仲間ってどこで探せばいいですか?」
「さっきのガキか。それならあっちの南の壁へ行け。欠員を補充したがってるグループの代表とどこかのグループに入りたがっている連中が何人もいる。ほら、あそこで周りのヤツを見てる連中がいるだろう」
面倒そうに指さされた先にユウが顔を向けると、壁によりかかるなどして往来する人々に目を向けている数人の男たちがいた。壮年や青年、それに少年までいる。
レセップに礼を述べてからユウは近くの壁に寄ってしばらく観察してみた。壮年の男が近づいて来た中年の男と話し始める。薄汚れた少年が通り過ぎようとした別の少年に声をかけられてあしらわれた。
グループに入れる方も入れてもらう方も好きに声をかければ良いことをユウは理解する。そうなると後は行動あるのみだ。
拳を握ったユウは南の壁に近づく。最初に目星をつけたのは壁によりかかっている青年だ。他の人々よりも身なりが比較的こぎれいなので印象が良い。
「あの、僕は獣の森で仕事をする仲間を探しているんですけど、あなたはそのグループの代表者ですか?」
「そうだが、お前は誰だ?」
「ユウって言います。昨日まで町の中の商店で働いていました」
「辞めたばかりか。なんで町の中で働き口を探そうとしなかったんだ?」
「ギルドホールで探そうとしたんですけどお金が足りなかったんです」
「なるほどな。ところで、お前は町民か?」
「いえ、違います。でも身元を確認す」
「なら駄目だ。他を当たれ」
「え、どうして?」
「信用できないからだよ。俺たちのグループは全員が町民の元使用人だ。危険な森の中で作業する仲間を信用するためにも、似たような身元の奴を探しているんだ」
言い終わったこぎれいな青年は犬猫を追い払うように右手を動かした。そうしてまた往来する人々に目を向ける。
町民とはアドヴェントの町の居住権を持つ人々のことだ。移住するには身元、人格、能力などが審査され、更に町に献金をしてようやく認められる。これらの審査を通った者、あるいはその子孫を町民と呼ぶのだ。
まさか町の外で身分を理由に断られるとは思っていなかったユウは呆然とした。解体場での出来事とは別の意味で衝撃を受ける。
少し後退したユウは立ち直ると顔を左右に向けた。いつまでもぼんやりとはしていられない。何としても食い扶持にありつかなければならないのだ。
次いでユウは今の青年よりも少しくたびれた服装した人物に近づく。
「あの、あなたは獣の森で仕事をグループの代表者ですか?」
「そうだ。お前は?」
「ユウって言います。昨日まで町の中の商店で働いていました。獣の森で稼ぎたいんで入れてもらえるグループを探しています」
「ふ~ん。お前はダメだな」
「え? どうしてですか」
「俺たちは体が大きくてしっかりとした奴を探しているからだ。お前はまだガキだろう? お断りだね」
先程の青年以上に取り付く島もないことにユウは目を見開いた。条件がまったく合っていなかったので仕方がないとはいえ、2回連続で完全に出鼻をくじかれてしまう。
肩を落としたユウは壁際に立ってぼんやりと周りを眺めた。中年の男と話していた壮年の男は既にいない。あの薄汚れた少年は他の少年と屋外に出て行こうとしている。もしかしたら今日中に決まらないのではと不安に思い始めていた。
そんなユウは横から声をかけられる。
金色めいた茶髪に日焼けした精悍な顔つきのやや細身な体の青年だ。汚れているがありふれたチュニックとズボンを着ており、革のブーツを履いている。革のベルトには、巾着袋、縄、水袋などがぶら下がっており、何より剣が目立つ。
「ちょっといいかな。俺はテリー、獣の森で働いているグループで代表をしてるんだ」
「え? あ、僕はユウです。今日町の外に出てきてさっき初心者講習を受けたばっかりなんです」
突然のテリーの自己紹介にユウも反射的に答えた。その背後には、明るめの茶髪に少し幼い顔立ちの小柄な体つきな少年が立っている。剣はないが革のベルトにテリーと似たものをぶら下げていた。
お互いに名乗り合うとテリーがすぐに話しかけてくる。
「さっき2人の男と話をしているのを見かけたんだけど、もしかしてきみも獣の森で働きたいクチかな?」
「そうなんです。生活するためにも稼がないといけないんですが、どうにもうまくいかなくて」
「条件が合わなかったんだね」
「はい。テリーさんはグループの代表と言ってましたけど、どうして僕に声をかけてくれたんですか?」
「先日1人グループから抜けたから代わりの誰かを探してるんだ。こっちはビリー、同じグループの仲間で薬草の採取を担当している」
話し終えたテリーが1歩脇へ逸れると、ビリーと呼ばれた少年が前に出てきた。ユウをわずかに見上げて誘ってくる。
「僕はビリー、薬草の採取をしてるんだ。僕たちのグループに入って一緒に働かない?」
「いいんですか?」
「うん。あんまり無茶なことを言わなさそうな人だからいいかなって思ったんだ。ただし、僕たちは貧民のグループだけど大丈夫?」
伺うように問いかけてきたビリーをユウは改めて見た。言われてみると確かにテリーもビリーも着ている服は薄汚い。自己紹介のときに町の中からやって来たと伝えたので心配していることはすぐに気付いた。
どうするべきかユウは迷う。このまま仲間探しを続けて首尾良くグループに潜り込める可能性は正直なところ低そうだった。それにどんな点に気をつけてグループ探しをすれば良いのか知らないことに気付く。
ただし、自分が貧民とうまくやっていけるのかユウはわからなかった。町民ではないものの貧民でもないという中途半端な身分だが、それでも貧民とは違う。階級差からくる意識の違いは間違いなくあるはずだった。
考え込んでいるユウにテリーが提案してくる。
「大丈夫かどうかは実際に一緒に働いてみたらわかるんじゃないかな。だから、1度俺たちのグループに入ってみないか? 合わなければ出て行けばいい」
「そうですね。でも、商店で働いていましたから多少の肉体労働には慣れていますよ」
「ということは、もしかして字の読み書きや算術もできるのかな?」
「はい、できますよ」
「それはいい! ぜひうちに来てくれ!」
読み書きと算術ができると聞いたテリーが喜んだ。突然の食いつきっぷりにユウが一歩退く。
「それじゃ、いつお試しで働くんです?」
「実はギルドの外に仲間を待たせているんだ。来てくれ。すぐに紹介して出発しよう」
「かなりいきなりですね」
「生活のためにも毎日できるだけ稼いでおきたいんだ。それじゃ来てくれ」
先の例とは異なってあっさりと話がまとまったことにユウは驚いた。うまくいかないときとの落差が激しい。
ともかく、ユウはテリーとビリーに案内されて屋外へと出た。
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