初心者講習

 鉛色の雲が一面に広がる空の下、初心者講習の講師であるレクトは威圧的な態度を崩さない。ユウたち受講者が黙ったままなのを見ると再び口を開く。


「最初に、お前たちが一番勘違いしていることを正してやる。冒険者としてギルドで登録できるのは、きちんと武装して夜明けの森に入れる者だけだ。あそこの森は魔物が出る。獣なんかよりはるかに恐ろしくて凶暴なヤツらがな。そんな連中とまともにやり合える者だけが冒険者として認められることを覚えておけ」


「受付で丸腰で入ったら一発で殺されるって聞いたがホントなのか? 逃げまくったら何とかなるんじゃないの?」


「ろくな武器を持たずに夜明けの森に入るバカは毎年後を絶たない。しかし、ほとんどが戻って来なかった。そりゃ10人中1人や2人は帰ってくる。けどな、調子に乗ってまた森に入って戻って来たヤツはいない。だからギルドは冒険者登録をした者以外は夜明けの森に入るのを禁止しているんだ」


「ホントかよ?」


「事実だ。価値の高い植物なんかがあるから、ギルドとしてはもっと夜明けの森に人を送り込みたいのが本音だ。しかし、帰ってこなければ行かせる意味がないからな」


 真剣な表情で話すレクトを見る受講者の表情は様々だ。問いかけた青年のように微妙な表情をする者、胡散臭そうに見る者、薄笑いを浮かべる者などである。


 その中でユウは真剣な表情で聞いていた。


 受講者の思惑などお構いなしにレクトは言葉を続ける。


「では、お前たちはどこで稼げばいいのか? もちろん稼げる場所はある。夜明けの森がダメでも、獣の森に行けばいい」


「オレ聞いたことがあるぜ。獣がわんさか出てくる森だろ?」


「確かに普通の森よりも獣が多数出てくる。が、さすがに大群で襲いかかってくることはない。それでも油断できんが」


「まずはそこで稼げってことか」


「その通りだ。しかし、いくつか注意点がある。その中でも最も意識しなければならないことは、絶対に1人では行かないということだ」


 真顔のレクトが薄ら笑いを浮かべた受講者の質問に答えた。その受講者は困惑の表情を浮かべる。


「魔物の方が危険だからといって獣が安全だというわけじゃない。獣は獣で危険なんだ。狩りをする場合はもちろん、薬草を採取するときも背後から襲われることなんてザラだからな。普通の森とは違って人間に攻撃的だから見つかったら即戦闘だと思え」


「はっ、魔物みてーだな」


「そう考えておいた方がいい。ちなみに、獣の森に行くヤツらは最大6名までのグループを作ることができる。そして、その代表者の名前だけをギルドに登録すればいい。この代表者のことを俺たち職員は所属者と呼んでいる。冒険者ではないがギルドに所属しているという意味でな。ちなみに、代表者以外は付属者と呼んでいる」


「なんで全員登録しねーんだよ?」


「獣の森には貧民の連中もよく入っていてな、数が多い上に入れ替わりが激しいから管理できないんだ」


「なんだそれ、好き放題できんじゃねーか」


「最初はみんなそう考える。が、世の中そんなに甘くない。森番という見張りが森の中で密かに監視している上に他のグループの密告もある。何度も不正をしていると必ずバレるぞ」


「ちっ」


 舌打ちした受講者はつまらなさそうにつばを吐いた。他の受講者の表情もうんざりとしたものになり始める。真面目な態度なのはユウだけだ。


 そんな目の前の受講者の態度など気することもなくレクトはしゃべり続ける。


「で、首尾良く薬草を採取したり獣を狩ったりできたとする。それらは必ずこの冒険者ギルド城外支所で換金することだ。いいか、絶対にだぞ」


「なんでそんなこと決められなきゃいけねーんだよ。一番高いところで売った方がいいだろう」


「その気持ちはわかる。しかしな、獣の森全体がトレジャー辺境伯爵の所有地で、この地でその森を管理しているのがアドヴェントの町なんだ。そして、冒険者ギルドはその管理を代行しているから利用料を回収しないといけないんだよ」


「ちぇっ、つまんねーな」


「ちなみに、町の中はもちろん、外の市場や貧民街でも取り引きはできないと思え。冒険者ギルドは貧民街近辺の管理を町から委託されているからな。あの辺の治安維持や税金回収なんか全部だ。この意味はわかるな?」


 悪態をついていた受講者が顔をしかめた。町の中と同じく、外にも貴族やギルドの支配が及んでいるということだ。先程の森番や密告の話も含めると森の中も例外ではない。


 不機嫌な受講者など気にすることなくレクトは尚も説明を続ける。


「肝心の獣の森の利用料だが、薬草採取は1人1日につき銅貨5枚だ。狩猟は1人1日につき最も良い獲物を1頭差し出す。獲物がないときや獲物が小さすぎるときは銅貨5枚を支払う」


「待てよ、いくら何でも高すぎるだろ!」


「だから特例として、冒険者ギルドに所属した者は最大6名までを1人として扱うことが許されている。しかも、狩猟に関しては獲物がなければ利用料を支払わなくてもいいことになっている。このように、群れるということは単に危険を防ぐためだけじゃない。利益を大きくするためでもあるんだ。そして、その利用料を換金のときにさっ引くんだよ」


 話を聞いていた受講者の顔つきが少し真面目なものになった。規則は義務として強制されるだけでなく、利益を得られるようにもなっていることに気付いたからだ。


 そんな受講者たちを見ていたレクトが今日初めて顔に笑みを浮かべる。


「さて、必要なことは大体言ったが、最後に解体場で1つ珍しいものを見せてやろう。初心者講習でいつも見せられるわけじゃないからお前らは幸運だぞ。ついてこい」


 言い終わるとレクトは受講者の脇を通って冒険者ギルド城外支所の建物へと向かった。いや、正確にはその建物の西側へと歩いている。


 向かう先には汚らしい倉庫群が立ち並んでいたが特徴的なのはそこではなかった。まず、近づくにつれて血を始めとした生き物の死の臭いが強烈になっていく。次いで、何かを叩いている音も聞こえてきた。


 倉庫群の中へとレクトは平然と入って行く。やがて扉が開けっぱなしの倉庫にたどり着いた。出入り口の両脇には武装した男2人が立っている。


 受講者全員が顔を引きつらせていることなど構わずにレクトは中に入った。あまり大きくないその中には、縛られて転がされている薄汚れた青年3人が床に転がっており、その周囲を3人の武装した男が囲んでいる。


「見学者を連れてきたから準備を始めてくれ」


 武装した男たちに声をかけ終えたレクトが受講者たちに振り向いた。また先程の真剣な表情に戻っている。


「これから、獣の森で採取した薬草を冒険者ギルド以外で売り払おうとした者と狩った獲物をごまかした者の処罰が行われる。獣に襲われた怪我人はこれからいくらでも見ることになるだろうが、罪人の処罰を間近で見学することは珍しいからな。よく見ておけよ」


 倉庫内の脇に寄せられていた荒い木の机を武装した男2人が室内の中央へと寄せてきた。腰くらいの高さで人1人が横になれるくらいの広さがある。


 もう1人の武装した男は倉庫の外に出てかと思うとすぐに戻って来た。新たに3人の男が増え、そのうちの1人がどす黒い血糊が付いた鉈を手にしている。


 ここまで見ていたユウを含めた受講者全員は呆然としていた。その間にも準備は進む。


 1人目が机の上に乗せられて4人がかりで押さえつけられたまま縄をほどかれた。その上で右腕を無理矢理突き出させられる。


「いやだ、やめてくれ!」


 押さえつけられた青年は叫ぶが武装した男たちは無視した。そして、黒い血糊の付いた鉈を持った男が青年の右手首を切り落とす。その瞬間、倉庫内に絶叫が響いた。


 悶絶する青年を床に下ろして武装した男1人が見張ると、続いて2人目が机の上に引き上げられた。そうして1人目と同じく刑が執行される。長い絶叫が続いた。


 3人目も終わると、レクトは受講者たちを解体場から連れ出して元の場所へと戻る。着いてからも受講者から声は上がらない。


 しばらく黙っていたレクトが口を開く。


「森の中には常に危険があふれている。その危険とは魔物や獣はもちろん、別のグループとの争いや規則違反への誘惑など様々だ。稼ぎたいという気持ちが強くなるのは仕方のないことだが、常に危険と隣り合わせだということは自覚しておけ。そして、決して一線は越えるなよ。お互い不幸にしかならないからな。以上、質問がなければ講習は終わりだ」


 先程見た光景の衝撃が覚めやらない受講者たちは呆然としたままだった。ユウも黙ったままである。


 そんな7人をじっと見つめていたレクトだったが、やがて冒険者ギルド城外支所の建物へと去って行った。

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