第1章 冒険者未満

冒険者登録できない?

 四方を城壁で囲まれているアドヴェントの町には城門が3ヵ所ある。いずれも厚い城壁をくり抜いたかのような通路を通らないといけない。


 そのうちの南門からユウは外に出た。城壁は周囲を水堀に囲まれているので跳ね橋を渡る。すぐそこには検問所があり、町の中へ入ろうと列をなす人々と検問する兵士がいた。


 元雇い主から餞別代わりにもらった灰色のチュニックと白麻のズボンを身につけたユウは、立ち止まって目の前の風景を眺める。目の前の西端の街道はそのまま南へと続いて50レテム先で東側に道が分岐していた。


 その分岐した道よりも北側には原っぱが広がっているのみだ。一方、南側には平屋の建物が密集している。


「出ちゃった」


 白い雲に覆われた空の下でユウはつぶやいた。入場料が支払えないためもう戻れない。初めて町にやって来たとき以来、実に2年ぶりの町の外である。


 そよ風で黒髪をなびかせたユウは1ど大きく呼吸してから検問所に近づいた。槍を地面に立てて検問中の商人を見ている兵士の1人に声をかける。


「あの、町の外にある冒険者ギルドってどこにあるか知ってますか?」


「城外支所のことか? だったらすぐ目の前にあるだろう。あのでっかい建物だ」


 兵士が槍で指し示したのは道の分岐点の西側にあった。石材を要所に使った木造の古めかしい建物である。


 礼を述べたユウはその建物を目指して歩き始めた。そしてこのとき、町の外について何も知らないことに気付く。


 それでも近づくにつれて、初めてやって来たときの感覚を思い出した。町の中とはまた違った生臭さ、すえた臭い、糞尿の臭いなどが混じった不快な臭いが強くなる。町の中よりも薄く感じるのは風通しが良いからかもしれない。


 次いで喧噪が耳に入ってくる。話し声、笑い声、呼び声、泣き声、それに怒声に悲鳴。他にも馬のいななき、荷車のきしむ音、木槌で何かを叩く音、金属のこすれる音もだ。町の中も騒がしいが外の方が乱雑である。


「ここか。本当に大きいな」


 道の分岐点までやって来たユウは目を見開いた。ぱっと見で50レテム四方くらいの広さがある。この点だけなら町の中の中央広場周辺にある重要施設に匹敵していた。


 出入りする人の数も多い。いくつかある開け放たれたままの出入り口はひっきりなしに往来する人々で賑わっている。大半が粗末な服を着た男たちだ。たまに軽武装した男たちも混じっている。


 少しの間その様子を眺めていたユウは建物内へと踏み込んだ。中には数多くの人々がいてかなり騒々しい。ときおり怒号や悲鳴も聞こえる。


 往来が激し出入り口の脇に移ったユウは周囲へと目を向けた。室内は東側の壁から20レテムほどの場所に受付カウンターが南北に延びており、その西側に受付係の職員が並んでいる。


「空いている受付がいいなぁ」


 カウンターの奥にいる何人もの受付係をユウは順番に見ていった。それが男であれ女であれ、どの受付係もある程度以上の年齢に見える。応対の仕方は色々で、厳しい口調の職員がいる一方で淡々とこなす職員もいた。


 その中からできるだけ人が並んでいない受付係をユウは探す。頬杖をついてあくびをしている中年の職員を見つけた。見える範囲で唯一待つ必要がない。


 少し緊張した面持ちでユウは頬杖をついている中年の男に近づいた。目の前に立つと声をかける。


「あの、冒険者の登録をしたいんですけど」


「帰れ」


 わずかに目を向けただけの男は頬杖をついたまま気のない返事をした。そのまま目をつむる。


 いきなり拒絶されたユウはその黒い瞳を丸くした。予想外の対応をされて二の句が継げない。しばらく受付カウンターの前で立ち尽くした。


 少し間を空けてからユウは再び問いかける。


「ここって冒険者ギルドですよね。なのにどうして登録しようとすると帰れなんて言うんですか?」


「冒険者登録できるのは夜明けの森に行く連中だけだからだ。獣の森に行く連中は代表者だけこっちに名前を伝えりゃいい」


「そ、そうなんですか。でも、そんな管理のやり方だと、獣の森に誰が入っているかなんてわからないんじゃないですか?」


「ちっ、うるせーな。獣の森に入るヤツは数が多すぎる上に入れ替わりが激しいから管理しきれねーんだよ。だからあっちの森の場合は最大6人までの集団単位で登録するんだ」


「なるほど」


「ちなみに、丸腰のヤツは夜明けの森へ入るのは禁止されてるからな。稼ぎがいいのは確かだが、欲に釣られて行くと魔物に襲われて死んじまうぞ」


 面倒そうに受付係の中年男はユウに説明した。相変わらず頬杖をしたままである。


 夜明けの森や獣の森の名前くらいは聞いたことのあるユウだったが、それ以外の冒険者ギルドの話については初めて知る内容だった。


 呆然と立ったままのユウを見た受付係の中年男は顔をしかめる。


「初めて見る顔だと思ったら、やっぱり何も知らねーのか」


「はい。今日町の外に出てきたばかりですから」


「最近多いんだよなぁ。おとなしく町の中で働いてりゃいいものを」


「それがうまくいかなくてここに来たんです」


「わーってる。嫌味にいちいちマジメに答えるな。ったく、しょーがねーな。おい、銅貨1枚くらいは持ってるよな?」


「え? はい」


「だったら初心者講習を受けろ。本当になーんにも知らねーヤツにも懇切丁寧に教えてくれるありがたい講習だ。お前みたいなヤツは受けねーと死ぬぞ」


 受付係の中年男は面倒そうだが冗談で言っているようには見えない態度で説明した。そして、ようやく頬杖をやめる。


「待て、カネは俺に払うんじゃねぇ。あの隅っこにブサイク顔がいるだろう。あいつが初心者講習の講師だ。ソイツに払え」


「わかりました。ありがとうございます」


「聞いたことはきっちり頭に叩き込んでおけよ。毎年利権侵害で罰せられたり獣や魔物に殺されたりする連中が後を絶たねーんだ」


「はい。あの、名前はなんていうんですか?」


「レセップだ。受付の名前なんぞ知りたがるなんぞ物好きだな」


 質問に答えたレセップは犬猫を追い払うように手を振ると、あくびをして再び頬杖をついた。


 レセップが指さした先にはブサイク顔の初心者講習の講師が立っている。背は高くないが体格の良い。その周りに6人の青年や少年が同じく立っていた。


 途中から講師に睨まれていたユウは困惑する。相手の機嫌を損ねるようなことは何もしていない。近づいて声をかける。


「レセップさんから初心者講習を受けるように言われて来ました。銅貨1枚を支払えばいいんですよね?」


「講習は外でする。もうしばらくここで待っとけ」


 銅貨を受け取りながらブサイク顔の講師は最低限の情報を伝えて黙った。


 居心地の悪さを感じながらもユウは時間になるまで講師のそばに立つ。しかし、以後は誰も来なかった。




 ある程度待つとブサイク顔の講師は講習者を促して北側の出入り口から外に出た。そうして冒険者ギルド城外支所の建物と水堀の中間辺りまで歩く。


 雲の色が次第に濃くなる天気の下、講師は立ち止まって7人の受講者へと振り向いた。その顔は怒っているようにも見える。


「俺の名はレクト、この初心者講習を担当する講師だ。よくこの初心者講習を受ける気になったな。その点は褒めてやろう。お前たちは他の連中よりもましなバカだ!」


 いきなりの罵声に受講者全員が目を見開いた。あまりにも唐突なので言葉が出ない。


 そんなユウたちを無視してレクトは続ける。


「いきなりバカにされて驚いたか? しかし、何も闇雲にバカにしているわけじゃない。冒険者ギルドには年中いろんなヤツが転がり込んでくるが、みんな決まってカネがない。だから焦ってすぐに稼ごうとする。ところがこれが間違いだ。魔物がいる夜明けの森に丸腰で突っ込んで殺され、貴族様の権利でがっちり固められている獣の森で許可なく獲物をかすめ取って罰せられる。そういう間抜けな連中が実に多い!」


 睨むような顔つきでレクトが叫んだ。最初は不機嫌そうだった受講者の顔に困惑の色が浮かぶ。


「貧民の連中は横のつながりがあるからその辺のことは結構知っている。しかし、町からあぶれた今のお前たちにそういったことを教えてくれるヤツはいないだろう。それを俺が今から教えてやろうってわけだ。銅貨1枚以上の価値があるとすぐに理解させてやる」


 レクトの指摘にユウは周囲へとこっそり目を向けた。そういえば着ている服はそれほど汚れていない。


「いいか、これから言うことをきっちりと覚えて必ず実践しろよ。そして、しっかりと稼げ。それが俺たち冒険者ギルドのためになるし、何よりお前たちのためになる」


 そこで言葉を句切るとレクトは受講者たちを一瞥した。友好的な感じが一切ない。


 わずかに息苦しさを感じたユウは少し眉をひそめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る