宇宙を震わせろ

 それからの、2日は、あっという間だった。昼間は2人で仕事をして、それ以外の時間は、会うどころか、電話すらしなかった。それもこれも、全て、翡翠の希望だった。



 それでも、悲しく、辛く、苦しく、痛く、寂しく、は来てしまった。



 ポーン…。



 翡翠の部屋のインターフォンが鳴った。カチャカチャとチェーンロックを外す音、ガチャリと、鍵の開く音、キィ…と、静かに扉が開く音…。


 久々の、翡翠の部屋だった。諒日は、少し遠慮がちに、顔の前にレジ袋を提げて、恥じらった。


「何?お酒でも買ってきたの?諒日」


「…なんか、してないと、気がおかしくなりそうでさ…」


「だね…ありがとう。私も、少しだけど、お料理したから、晩御飯、食べよう。飲みながら」


「ん。お邪魔します」


 そう言うと、諒日は、翡翠の部屋に上がった。やっぱり、遠慮がちに、スリッパを履いて。



 翡翠の作った料理は、ハンバーグカレーだった。ハンバーグは、豆腐ハンバーグ。翡翠なりに、若くて、1人暮らしの諒日の体に気を使ったつもりだった。


「俺は、メタボのオヤジかよ…」


「食べたくなかったら、食べなくて結構」


「あー嘘!嘘!いただきます…」


 そう言うと、諒日は、ハンバーグを口に運んだ。何気に…美味しい。翡翠は、料理が上手いのだと、諒日は、この1か月一緒にいて、初めて知った。これからも…食べたかった…と、少し、泣きそうになった。


「お味は?」


 翡翠が、笑いかける。


「うん…。美味い…」


「そ。良かった…」


 翡翠は、少し寂しそうに笑った。しばらく、無言のまま、食事を続けた。そして、とうとう、諒日が我慢できなくなった。


「なぁ、翡翠、本当に、死ぬ気なのかよ」


「だから、諒日を呼んだんだよ。占い師が言ってたでしょ?その運命の日は、2人、一緒に過ごしてください、って。だから、諒日を、今夜、私の部屋に招いたんだよ」


「でも…」


「もう良いの。見て。あの夜空…」


 シャー…とカーテンを開けると、ベランダに出て、空を指さした。その空は、もう星はほとんどない。その代わりに、黒く大きな影が空を覆っている。


「私1人の命で、全ての地球の人を救えるなら、私は、凄く格好良いじゃない!」


「…無理して笑うなよ…」


「…無理…してないよ?本当に、そう思ってる」


「なら、翡翠は変人だ。そんな奴…好きになんてならなきゃ良かった!」


 諒日は、思わず叫んだ。


「ごめんね…、諒日…。私は、確かに貴方にとっては最低かも知れない。でも、この宇宙を震わせることが出来るのは…私しかいなんだよ…」


「宇宙を…震わせる…?」


「…そう。私の命を使って、宇宙を震わせるの。ブラックホールを塞ぐために。この命、名一杯使って、宇宙全体を震わせて、地球を…星々を救うの」





 そんな話を、話を欠いては話をして、話を欠いては話をして、少しずつ、時間は過ぎて行った。


 そして、


 ―午後11時56分―


「そろそろだね…」


「だな…」


 2人は、翡翠の部屋を跡にし、マンションの屋上に場所を移していた。


「暗いなー…。本当に…呑み込まれそう…。って、呑み込まれるのか…。ははは」


「…また…そんな風に笑うなよ…。強がんなよ…。怖がって良いんだよ…。宇宙じゃなくて、自分が震えて良いんだよ!」


 そう言って、諒日は、翡翠を初めて、腕の中へ抱き締めた。そして、しばらく、こわばっている翡翠の体を感じながら、そっと、腕の力を緩めた。


 そして、そっと見つめ合うと、最後の最後に、キスを―――…。





 させなかった。翡翠は、させなかった。


「駄目だよ、諒日。貴方は、私が初恋だって言ったよね?だから、そのキスは、本当の初恋の人に、取って置いて。私には…勿体ない。気持ちだけ、受け取って置くよ…」



 ―午後11時59分―


「あ…」


「え?」


 翡翠が、不意に声を上げた。


「来る…」


「な、何が?」


「宇宙を、震わせる…瞬間…」


 慌てて、諒日は、腕時計を見た。後、19秒。


「言って!私の名前!お願い!諒日!!」


「翡翠!!翡翠!!翡翠――――!!!」




 ………。



 ―午前0時01分―


「…ん…なんだ?俺…なんでこんなところにいるんだ?」


 諒日は、頭に少し痛みが残ったような状態で、目が覚めた。そして、なんの躊躇いもなく、空を見上げた。


「わー…すげー…。こんなに奇麗な星空…久しぶりに見た…」


 その眼前に広がっていたのは、瞬く星々だった。いつもにも増して、綺麗に見える。





「宇宙が…震えてるみたいだ―――…」


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