空に消える

「え…?」


 突然の言葉に、私と諒日は顔を見合わせた。


「私が、緒方さんと榎本さんを優先して予約を承ったのは、時間がないからです。緒方さん、もう、榎本さんには占いの事は話されたのですか?」


「あ…はい…。一応…」


「ならば、話は早いです。どうか、榎本さん、緒方さんの心を、放ってあげてください。私が占った事は、事実です」


「それ、どうやって信じれば良いんですか?」


 諒日は、少し生意気な口調で、占い師に聞き返した。


「貴方がたが出会った事で、空が少し、暗くなったのに、気付いてはいませんか?」


「え?そんな事…」


 翡翠はつい、そんな言葉が零れた。


「ブラックホールが、大きくなりつつあるのです。空はそのうち、星が呑み込まれ、空は真っ暗になるでしょう。それまで、後、18日です。それまでに、貴方がたが出会ってくださり、希望が見えました」


 確かに、この12日間で、空が薄暗くなってきたような気もする。…と、2人は何故か納得してしまう所があった。


「で、でも…たまたま、空が薄暗い日が続いただけかも…」


「そんな事はありません。夜、空を2人で見上げてみてください。恐らく、貴方がた2人だけには、見えるはずです。大きさを増したブラックホールが…」


「「そ…そんな…」」


 2人の声が重なった。






 その日の夜、2人は、翡翠の部屋にいた。そして、良い天気だった今日の夜空は、きっと晴れだ。…ではなくとも、あの占い師がいう事が本当なら、雨だろうと、雪だろうと、雷が鳴ろうと、占いが本当なら、見えるはずだ。


 大きくなった、ブラックホールとやらが…。



 ―午後8時―


 2人は、翡翠のマンションのベランダに出て、空を見上げた。すると―――…。




 大空には、星々が輝く一方、黒々として、何だか、本当に星々が呑み込まれそうだった。


「これ…ブラックホールかな…?」


 翡翠から恐る恐るそんな言葉を口にした。


「…なのかな?だったら…これから、どんどん、この空の星が消えて行って、この空は…真っ暗になるってのか…?」


 諒日は、占いを、信じざるを得なくなっていた。確かに、日に日に、夜空は暗く、地球まで呑み込みそうな勢いだった。




「これは…本当だね…」


 翡翠は言った。


「私は…死なないといけないみたい…。ふふふ…」


 翡翠の不気味…な笑いに、諒日は、何処か許せない感情が湧いてきた。


「…なんで…なんで笑うんだよ…。死ぬんだぞ…?お前1人が…死ぬんだぞ!?」


 そんな風に諒日は、声を荒げた。


「…笑う他…何が出来る?ワーワー言って、泣き叫べば、ブラックホールは小さくなるの?星は吸い込まれなくなる?…地球は…救われるの…?」


「それは…」


「ありがとう。諒日。後、18日、一緒にいてくれる?そうすれば…私はもう…何も怖くない…」


「…また、そんな強がって…。俺にくらい、弱み見せろって。傍に居るって、約束したんだから」


「不思議だね…今は…本当に怖くないの。…逆に、喜ばしいくらいよ」


「喜ばしい?」


 諒日は、怪訝な顔をする。当たり前だ。自分の死を近くに置き、なんの罪も犯していないのに、誰かの…地球の、犠牲にならなければならない。そんな不条理、何処にもない。あっちゃいけない。諒日は、そう考えていた。


「だって、私1人が死ぬだけで、60億を超える人たちを救えるのよ?すごい事だよ。映画みたい。まるで、アルマ〇ドンみたい。でも…私の為に泣いてくれる人は…1人で良いや…」


「…誰?」


「決まってるでしょ?諒日だよ…」




 静かに、部屋に戻ると、翡翠は言った。


「あの占い師は、私が星になると、みんなの記憶からも私は消えるって…。でも、お願い。空に消える、その一瞬だけ…、諒日だけは…私を…憶えていて…」


 そう言って、諒日に背を向けていた体をひょいと諒日に向けると、泣いている翡翠がそこにいた―――…。

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