夕焼けの涙
「ねぇ、今日はもう、帰ってくれない?」
私は、諒日にそう言った。少し、冷たかったかも知れない。
「…良いけど…明日、カフェ辞めてる…何て事、ねぇえよな?」
「そんな事しないよ。私がそんなに諒日に振り回されるような女に見える?」
「へっ…、言うね。やっぱ、きぃつぇな…。翡翠は…」
そう言って、やっと、諒日は笑った。
「それと、俺の事、諒日って呼んだって事は…俺と付き合ってくれるの?」
「……」
私は、沈黙した。少し、諒日の顔が曇ったのが分かった。
「付き合うってより…一緒にいて」
「え?…何が…違うの?」
「都合の良い求め方かも知れないけど…付き合い…たくは…ないの…」
「どういう意味?俺じゃ、駄目って事?」
少し、諒日が怒ったのが分かった。
「だって!求めたくはないの!手を繋いだら、腕を組みたくなる。腕を組んだら、キスをしたくなる。キスをしたら、抱き合いたくなる。…それが、どんな意味を持つか、諒日に分かる!?そんな事を重ねたら、失うのが怖くなるじゃない!!自分が消えるのが…辛くなるじゃない!!そんな事も分からない方が…どうにかしてるよ!!」
諒日は、目を丸くして驚いた。カーテンが、窓も開けていないのに、なぜか揺れた。外から、射していたいた陽は、すっかり堕ちて、夕焼けが広がっていた。何とも奇麗な夕焼けだった。まるで、この世の終末を朱く血で染めるように…。
その夕焼けで、翡翠の顔が朱く染まる。その顔を、見つめる諒日は、どうしたって翡翠の言葉が胸に刺さる。
翡翠が…死ぬ気でいる…。それを、まざまざと見せつけられた気がした。翡翠の言葉、翡翠の表情、翡翠の瞳、翡翠の…涙…。
翡翠は、ポタポタ…ポタポタ…大粒の涙を流し、諒日を睨んでいる。その瞳は、諒日を憎んでいる。諒日を恨んでいる。自分の運命を呪っている。自分の運命を恐れている。
そして………諒日を…愛している………。
それが、どれも、痛いほど、諒日の胸を傷めつけた。分かったから。翡翠の心が、何処までも遠く、何処までも激しく、何処までも深く、何処までも痛々しく、傷ついているのが、分かってしまったから…。
それでも、諒日は、どうしても翡翠にきつい言葉を投げかけてしまう。
「なんでだよ!たった1人で地球の運命救うとか無茶だろ!そんな事する必要ないし、そんな事抱える必要ないし、そんな事守る必要も無いだろう!?捨てちまえば良いじゃねぇか!!どっちにしろ、どの命も消えるなら、1人で死ぬ必要ねぇだろう!!」
その言葉に、翡翠も、熱くなる。
「じゃあ、街で通りすがる小さな女の子を見ても、貴方は同じ事を言えるの!?まだまだ、これから自由に人生を謳歌していこうとする若者が、後少ししか生きていられないけど、それでも、最後の最後まで生きようって病人が、後は『お父さんが迎えに来るのを、静かに待っていよう』っておばあちゃんが、この世には…そんな人たちが、この世には死ぬほどいるんだよ!?その人達全員、見捨てろって言うの!?」
その言葉に、何も言い返せない諒日。
その諒日を見て、そっと、柔らかな声になって、翡翠は言った。
「大丈夫よ…。こんな格好良い事、滅多に出来るものじゃない。誇らしく…死んでみせるよ…。だから、お願い。諒日、その日まで、傍にいて。ただ、傍にいて。付き合うとか、付き合わないとか、そんなんじゃなくて、只、傍にいて欲しい…、それじゃ、駄目かな?」
穏やかな顔をして、そんな事を言われて、諒日は、どんな顔して、どんな言葉をかければ良いのか、また、見失った―――…。
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