決意

 必死で、フーフーと紅茶を息で冷ましながら飲もうと奮闘する諒日を見ながら、私は、何とか、平常心を取り戻しかけていた。


 諒日の初恋が誰であろうと、本当は私じゃないとしても、今、私は、確かに、目の前の諒日の事が好きだ。こんな気持ちになったのは、私の方が初めてだ。思えば、好きでもない男としか、付き合っていない。したのも、余り、初めてが、歳をとってからだと恥ずかしいかな?と言う、余りに安易で、今思えば、逆に、勿体ない事をしたな…と思っている。


 諒日の何処に、惹かれているのか、自分でもよく分からない。でも、これしか、言いようがない。


『運命の人』だから。


 きっと、他の人に地球滅亡の話をすれば、馬鹿にされるし、滅多なことを言うもんじゃないと怒られるかも知れないし、そんな事を信じるなんて、どっかの宗教の勧誘にでも騙されたんでしょ?と窘められるかもしれない。


 それなのに、諒日は、なんの疑いもなく、この話を信じてくれた。その上、一緒に死ねばいい、そう言ってくれた。


 でも、その時、私の中で、が生まれた。


『この地球を…諒日を…救おう』


 と言う、決意だ。諒日にそんなこと言えば、さっきみたいに怒られるだろう。繋がってもいない、大事でも、特別でもない、そんな奴らの為に死ぬな、って。


『でもね、諒日、私は、もう、諒日と繋がったんだよ。大事なんだよ。特別なんだよ』


 そう、フーフー言ってる諒日を目の前に、私は、心の中で、呟いた。


「そんな、焦って飲む事ないよ?諒日。どうせ、諒日のせいで、私今日病欠だし」


「あ…あぁ…うん。じゃあ、ゆっくり、飲ませていただきます…」


「?なんで敬語?」


 あんなに勢いよく、私を罵倒し、説得し、説教こいといて、いきなり敬語になるから、私は、思わず突っ込んだ。


「あ…や…熱く…なりすぎたな…って。反省してる…」


「だね。反省して」


「でも、翡翠、あれ、マジなの?」


「…やっぱり、信じてないんだ。諒日も。そりゃそうだよね。私だって、信じてないし…信じたくないよ。自分の命が、後25日しかないなんて…。それも、自分の命を捨てなきゃ、地球が滅亡しちゃうなんて…、頭、おかしくなりそう」


 私は、精一杯、笑って応えた。それに、敏感と言うより他ないが、諒日が真面目な顔をして、言った。


「無理すんなよ…。怖いって…泣いてたじゃん…」


「…………ですね………」


 今度は、私が敬語だ。


「でも、なんで、本当だって信じてるの?」


 完全に、紅茶を後回しにして、諒日が聞いてきた。


「…体が…動かなくなったのよ…。その占い師の…力…みたいなので…」


「全然?」


「うん。全然。それに、凄く、占いが、具体的だったんだよね…。『運命の人』に逢うって…」


「『運命の人』?もしかして、翡翠、それを俺だと思ってるの?」


「…悪い?」


 私は、フイッと顔を背けた。(恥ずかしくて…)


「俺の為に死ぬとか…やめろよ…マジで…」


 諒日が視線を落とし、エレベーターの前では我慢していたのか、プルプルと、チワワのように震えだした。


 そして、ぽとりと、紅茶の中に、涙を一滴、零した―――…。

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