猫舌
「…どうすれば…信じてくれるの?」
重い沈黙が、何分続いたことだろう?エレベーターの前で、ただひたすら、時間が過ぎて行く。誰か来ないか…そんな事に注意を払っている余裕すらない。
「…どうすれば…良いんだろうね…。思い浮かばない…。諒日の…初恋が私だなんて…信じろって方が無理あるでしょ?」
「なんで?」
「だって、諒日は格好良いし、モテるだろうし、こんな、どっから見ても普通の女に…しかも、出逢い最悪な私に、恋なんてする?それ、信じろって言うの?」
「あの時、翡翠が、あんな風に言い返してこなきゃ、好きになんてなってなかっただろうな…」
「…どういう意味?」
「俺、母親いないんだ。だから、小さい時から親父からは、すんごい甘やかされて…、一応、親父、社長でさ、金くれって言えばくれたし、これが欲しいって言えば買ってくれたし、怒られるって事、知らずに育ったんだよな…俺…。しかも、女は俺の見た目だけで俺のイメージ勝手に作って告白してきて、ちょっと冷たくフッたら、学校中に言いふらされて、最低だとか、冷たいとか、散々言われて…、女って、こんなもんか…って、思ってた」
「なら、私なんて、1番苦手なタイプじゃ…」
「真っ直ぐに叱ってくれる人なんて…、いなかったんだよ。自分が悪いんだ、って思わせてくれる人が…、いなかったんだよ。それなのに、翡翠は、思いっきり俺が悪いって、謝れって、叱ってくれたろ?だから、自然と、惹かれたんだと思う…」
「でも、だからって、初日に告白しなくても…私の事、叱ってくれた人、としか思ってなかったんでしょ?」
「…そう言うのに、時間って必要なの?早く大事にしたいから、早く隣にいて欲しいから、早く好きになって欲しいから、…早く、俺の事、意識して欲しかったから、言っただけだよ。それ以外に理由はないし、それ以上の理由って、必要?」
諒日は真剣な顔で、そう言った。その時、エレベーターの動き出す音がした。私は、慌てて、涙を拭いて、とりあえず、仕方がないから、諒日を家に入れた。
「汚いけど…入って」
スリッパを出すと、リビングに諒日を通した。そして、カーテンを開けて、陽を入れた。良く晴れた日だ。地球が滅亡する日は、この太陽は、どうなっているのだろう?…なんて、私は、1人、考えていた。
「お邪魔します…」
諒日は、遠慮がちに、スリッパを履くと、そっとテーブルに座った。私は、取り乱した事も、諒日の告白も、まるでなかったかのように、紅茶を2人分テーブルに置くと、1人、すすり始めた。それを見て、諒日も、そっとカップに口を付けた…が、
「ぶっ!!」
と、いきなり吹き出した。
「な、何!?」
私は、驚いた。
「…ごめん。俺、猫舌で…」
諒日が、顔を真っ赤にして、舌も真っ赤にして、あっかんべーみたいに舌を出して、恥ずかしそうに、紅茶のカップを置いた。
「ふ…」
「…やっとだ…」
諒日が、そう言った。
「…ん?何が?」
「翡翠が…笑ったの…。今日、初めてだ…。俺…猫舌で良かった…」
「………ふふ…何よ、それ…」
私は、ようやく、落ち着きを取り戻した。笑顔が、出るくらいに―――…。
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