諒日は、翡翠と呼びたい。

「遠慮なしついでに聞いて良いですか?」


 ジャムパンを頬張りながら、榎本君が聞いてきた。


「何?あんまり変な事聞かないでよ?」


 と、釘を刺したのに…。


「緒方さんて、彼氏いるの?」


「…本当に遠慮ないね。なんでそんな事聞くの?仕事に関係ある?」


「個人的興味」


「じゃあ、答える必要ないね。そもそも、そんな事聞いてどうするの?」


「別に。言ったじゃん。興味だって。教えてくれなくても良いけど…」


「うん。教えない」


「嘘。聞きたい」


「…へ?」


 いきなり、榎本君の目が変わったのが分かった。少しきつくて、真っ直ぐで、強くて、なんか、ビームでも出そうな勢いだった。


「な…なんでよ…。別に私に恋人がいようといまいと、榎本君には関係ないでしょ?」


 私は、私らしくもなく動揺した。


「緒方さんみたいな気の強い女を好む奴がいるのかな?って」


 そう言って、榎本君は笑った。


「からかったの!?もう、やっぱり榎本君性格悪いね!」


 私は、また、怒る羽目になった。この男は、人を怒らせる天才だ、と私は思った。それなのに、本気で怒る気になれない、その人懐っこい笑顔に、私は、『ずるい』と思った。


「緒方さんこそ、からかいがいがあるな。そこまでほっぺ赤くされると…」


 そう言うと、榎本君は、また、意地悪く笑うのだった。私は、自分の顔が赤くなっている事になんて全く気付いていなかった。それがまた恥ずかしくて、その後、榎本君が何を話しかけて来ても、私は無視を貫き通した。


 そして、休憩が終わる時、榎本君は、とうとう、とんでもない事を私に言ってきたのだ。


「翡翠って呼んで良い?てか、好きになって良い?」


「は!?」


「この場合、答え、思いつくの、3つだと思うんだよね。『YES』か『NO』か『考えさせて』。どれ?」


「…どれ?って…言われても…そんな急に…」


 私は、日頃、滅多に動揺しないが、榎本君の前では、何だか取り乱してしまう。自分を守れない、って言うか、榎本君みたいな人に、免疫がないって言うか…。しどろもどろしていると、榎本君は、一歩、私の方へ歩み寄った。


「どれ?」


 そう、強く、また、ビームを飛ばしてきた。


『この人、本気だ…』


 それだけは、私にも分かった。色々休憩中意地悪言われたりしたけど、これが本気の告白か、只、からかっているだけなのか、それくらい、目を見れば、恋愛経験のほぼない私にも分かる。


 私の中で、無限の時間が流れる。


「どれ?」


「か、考えさせて…」


 やっと、声が出た。のに、なんの躊躇もなく、榎本君はこう続けた。


「どのくらい待てばいい?」


「え?」


「一生待たせる気?翡翠は放っといたら、そう言う事しそうだから」


「ひ!翡翠って!まだ、その呼び方は赦してないよ!?」


 私は、きっと、真っ赤な顔をしている。


「そんな事、どうでも良いでしょ?どのくらい待てばいいの?」


「…い…1…週間…?」


「長い」


「3日!!」


 私は、半ば怒鳴るように、言った。


「じゃあ、3日後、もし、O.Kなら、俺の事、諒日って呼んで。それで、誰にも説明せずに付き合いはじめられる」


「え?職場の人にバラすの!?」


「…何気に…O.Kな感じ?」


「!」




 私は、何だか、とてつもなく、厄介な事になりそうな気がしていた―――…。

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